カミュレの諧謔
今回は三人称視点の話です。
「ようやく見つけた……随分と手こずらせてくれたじゃないか」
屋敷の庭での邂逅から数時間、カミュレはついにミラの姿を捉えた。
対するミラは長時間の緊張状態から心身ともにかなり疲弊し、息を切らしている。
「逃げ切れると思っていたのか?実におろかだね」
なおも逃走を図るミラに対し、カミュレは一瞬で正面へと回り込んだ。
その口ぶりは苛立ちを隠しきれずに刺々しくなっている。
カミュレは素早く右腕を伸ばし、ミラの喉元を掴むと腕に力を込めて首を締め上げる。
その力は老体とは思えないほどに強く、少女の力では到底振りほどけるものではなかった。
ミラの身体は簡単に地面を離れて浮き上がってしまっている。
「ぐっ……!?かはっ……」
息ができないほどに締め上げられ、ミラの口から嗚咽の声が漏れる。
「どうだ苦しいだろう。お前は特別に時間をかけてじっくりといたぶってやる」
諧謔嗜好に満ちた宣告を浴びせながらカミュレは邪悪な笑みを満面に浮かべた。
ミラの視界は次第に朧な闇に閉ざされ、そして意識も同時に消えていった。
意識を取り戻したミラが目を覚ますと、目の前には汚れた風景が広がっていた。
元々古ぼけた屋敷ではあったがとても人間の住むところとは思えない場所だ。
「……あれ?」
ミラはあることに気が付いた。
手足が動かせない。
身体が宙に拘束されている。
それも物理的なものではない、魔法による一種の呪い的な拘束だ。
ミラがそれを理解した次の瞬間、今度は鼻が曲がりそうなほどの強烈な刺激臭が彼女を襲った。
「うえっ……!」
初めて体験するそれにミラは吐きそうになった。
生臭さを最大までエスカレートさせたような腐乱臭が鼻を通り、喉を抉るように刺激してくる。
拘束に邪魔されて匂いから遠ざかることができず、初めて経験するそれに対して理解が追い付かない。
「ッ!?」
周囲を見渡し、ミラはその臭いの正体を知ることとなった。
屍だ、屍が無雑作に床に投げ捨てられている。
壁や床に広がっていた謎のシミが生前の屍から飛び出た血液であることも理解できた。
「ふん、ようやくお目覚めか」
ミラから遠く離れた正面の扉を開き、カミュレが現れた。
その手には無数の小道具が握られ、ジャラジャラと音を鳴らしている。
「何をするつもりなの……?」
ミラはカミュレに対して答えの分かりきった問を投げた。
「知れたことを……本当はわかってるんだろう?」
そう呟くとカミュレは手にしていた小道具をすべてその場へと置いた。
そして丸腰でゆっくりとミラに近寄ってくる。
予想外の行動にミラは思わず息を飲んだ。
カミュレはミラの目の前で足を止めると、彼女の髪に手を触れた。
その手を滑らせるように動かし、ミラの顔に、腕に、そして足に触れていく。
ミラにはその意図が分からなかった。
ただ、形容しがたい不気味さと不快感を募っていく。
「いいねぇ……お前はただの小娘じゃない。この綺麗な肌、整った髪……心ゆくまで味わいたい」
カミュレは不気味な笑みを浮かべながら舌なめずりをするとミラの服をはぎ取った。
「ひゃっ!?い、いやっ……!」
下着を残して露わになった柔肌を貪るように舐めまわしはじめた。
常軌を逸脱したその行動にミラは唖然とし、肌の上を滑る舌の感触に悶えて身を捩らせた。
同じ人間のすることとは思えない異常性を感じ取り、全身を悪寒が駆け抜ける。
生温かく、そして生臭い唾液に塗れてミラの全身はベトベトにされた。
足先から唾液が伝い、滴り落ちて不快な音を立てる。
「うぅ……」
あまりの不快感にミラはたまらず拒絶の感情を示した。
ミラは満足げにその様子を眺めているカミュレを睨みつけるがカミュレはむしろその表情を見せたことを喜んでいる。
「いい顔だ、その生きのよさをもっと見せておくれよ」
ミラはここでカミュレの行為の意味を理解した。
彼女は自分に向けられる拒絶の感情を糧にしているのだ。
散々にミラの全身を舐めまわしたカミュレは次に持参した小道具の中から細長い何かを取り出した。
冷たい輝きを放つそれは……
「さて。その綺麗な身体を存分に味わったし、次はその『中身』だ」
恍惚とした表情を浮かべながらカミュレは手にした『それ』を何のためらいもなくミラの脇腹へと突き刺した。
突然の激痛にミラは一瞬感情を失った。
「……ッ!?うああああああ!!」
感情を失った後、激痛とそれに伴う苦しみがミラを襲った。
カミュレはニヤニヤとしながらミラの脇腹に突き刺したそれをゆっくりと引き抜いた。
「うっ……!うぐ……!」
ミラの脇腹から引き抜かれた『それ』は鋭利な短剣だった。
刃は血に塗れ、本来のそれではない鈍い輝きを放つ。
「いい悲鳴だ……いい声で鳴き、綺麗な身体に……」
カミュレは恍惚とした表情で脇腹から流れる血を吸うように舌に乗せた。
それはさながら飢えた獣の如くであった。
「いい味だ。上質な魔法使いの血を引いているね?」
カミュレの人外じみた技能にミラは心底驚愕させられた。
気が遠のきそうな痛みが伴うものの、どういうわけか失神しない。
「特別に失神しないように魔法をかけてやった。だからその痛みを死ぬまで味わって、もっといい声を聞かせておくれよ!」
カミュレはそう言い放つと今度は反対側の脇腹に短剣を抉りこむように突き刺した。
ミラは腹部を再び襲う激痛に悶絶し、拘束を振りほどこうと身を捩る。
「痛い……なんでこんなにひどいことするの……?」
失神できずに意識が壊れそうになる中、ミラは激痛を堪えながら言葉をひねり出した。
「決まってるじゃないか。楽しいからだよ!」
ミラの脇腹にナイフを突き立てながらカミュレはギラリと歯をのぞかせて笑う。
「命を消していくのは、本当に楽しい!」
もはや人格など完全にぶっ飛んでしまったカミュレは己の欲望の求めるままに諧謔の限りを尽くす。
しかし、その言葉がミラの怒りの琴線に触れた。
こうやっていくつもの命を奪ってきたのだと考えるとその怒りはさらに昂っていく。
「ッ……!」
「ほう、まだそんな気力が残っていたか」
己に向けられた怒りの眼差しをカミュレは嘲笑した。
しかしその一方、頑なに悲鳴を上げず、歯をくいしばって耐えるミラに対して苛立ちを感じていた。
「なぜだ。なぜ悲鳴を上げん!」
さらなる苦痛を与えようとカミュレが刃をミラの胸に突き立てようとしたその時だった。
カミュレの腕は何かに阻まれ、握られた刃はミラの胸に突き立てられる寸前で制止させられた。
「何ィ……!?なぜだ、なぜ腕が進まん!」
どれだけ力を入れようともその腕はまったく進められない。
その抑圧は屈強な何者かに押さえつけられているかのようにすら思えた。
そしてその身体を見てカミュレはさらに驚かされた。
あれほどに刃を突き立て、貫き、抉り、切り裂いたはずの身体の傷が完全に塞がっている。
それどころか傷跡一つ残っていない、綺麗な柔肌に完全に修復されていた。
「まさかまだ魔法を使うだけの力があったとでもいうのか……」
信じられなかった。
今まで虐げてきた魔法使いの子供はここまで追い詰められれば魔法なんてとっくに使えなくなっているはずなのだ。
けれどもミラは違う。
想定外の事態にカミュレは戦慄した。
「許さない……お前だけは……絶対に!!」
ミラは顔を上げ、目尻に涙を溜めこみながらカミュレを睨みつけた。
ギチギチと音が鳴るほどに力強く歯ぎしりし、拘束された両手は強く拳を握り締めている。
その時、ミラの中に初めて『明確な殺意』の感情が芽生えた。




