急転した事態
ミラが攫われた。
オズ曰く『ミラは外出はしていなかった』という。
アリスが無事だったのは不幸中の幸いと考えるべきか。
今はとにかくミラを取り戻すことを考えよう。
そもそも犯人はどうやってこの家にいるミラを攫っていったんだ。
「一刻も早くレオナルドさんにも知らせよう」
「アタシも一緒に行くわ」
帰って来て早々だが再び図書館に行かなければならない理由ができた。
血縁者であるレオナルドさんにもこのことを知らせねば。
俺はアリスを腕に抱き、オズと共に再びレオナルドさんの元へと向かった。
「ミラが……カミュレに攫われた……?」
俺たちからの突然の報告によってレオナルドさんの顔からこれまでの感情をすべて失ったかのように表情が消えた。
元々感情の起伏が少ない人だけど今回ばかりはすべての思考を失っている状態だと断言できる。
「そんな……まさか……」
「悲観に暮れてる時間なんてないわよ。アタシたちはミラを助けに行く、アンタも力を貸しなさい」
レオナルドさんの言葉を押しのけるようにオズは力強く話を切り出した。
俺にはできない強引な手法は今は本当に頼りになる。
「……」
レオナルドさんは閉口している。
オズの提案を否定しているからではなく、なにかに対して怯えているかのようだ。
「レオナルド。まさかアンタ、カミュレにビビってるんじゃないでしょうね?」
オズの言葉に図星を突かれたかのようにレオナルドさんは目を見開いた。
その様子を見たオズはレオナルドさんの胸倉を掴み、顔を限界まで近づけて睨みを利かせる。
「アンタはミラの父親でしょ?子供が危機にさらされてるのにアンタは何もしないつもりなの!?」
ここが図書館であるということを忘れ、オズはレオナルドさんに揺さぶりをかけた。
かなり感情的だが言っていることはもっともだ。
「アタシのお父様は……自分が死ぬと分かっていてもアタシを護ってくれたのに……なのにアンタは……」
感情が昂っていたオズは次第に息を切らし、涙を流し始めた。
そうか、自分の過去のことがあるから親であればそうするべきだと考えてるのか。
俺は腕の中で泣き続けるアリスをあやしつつもレオナルドさんの方を見た。
いろいろな感情の入り混じった複雑な表情をしている。
「お願いだから……力を貸してよ……」
オズはとうとう泣き出してしまった。
自分の妻が泣いているのを見るのはどうにも辛い。
「私だってミラを助けたい。だが居場所もわからない上に手の内もわからない相手にどうやって立ち向かうつもりなんだ」
「アタシだってわかんない……」
私情に傾かず現状を分析できているレオナルドさんは冷静すら通り越して狂気的にすら見える。
でもそれは今の俺たちにとっては……
「レオナルドさんが今やってることは自分の度胸がないのを理屈を並べて正当化しているだけじゃないですか」
この状態はとてもじゃないが黙って見ていられない。
俺は意を決して口を開き、レオナルドさんに意見した。
「相手がどんな奴かわからないのは俺たちだって一緒です。それに、俺たちはミラの本当の親じゃないけれど、こうしてどうにか助けようと必死になってるんです。なのに本当の父親である貴方が黙って見てるだけなんておかしくないですか?」
今の俺たちを動かしているのは損得勘定なんて一切考えない感情だ。
細かい理屈なんて抜きで無鉄砲なのも承知の上だ。
「俺からもお願いです。レオナルドさん、俺たちと一緒に戦ってください。ミラを取り戻すために……」
俺はここからさらに一言続けることにした。
精神論みたいで本当は言いたくなかったけれど、今のレオナルドさんを焚きつけるためにはこの言葉が一番効くはずだ。
「父親なら、父親らしいところを見せてください」
ミラはレオナルドさんの娘であり、俺にとっても娘のような存在だ。
それを奪われたくはない。
必ず取り戻したい、俺たちの思いはそれだけだ。
「私はどうやら臆病風に吹かれていたらしい。理屈抜きに行動するなんて私らしくもないが……ミラのためならば」
ようやくレオナルドさんがその重い腰を上げてくれた。
かなり荒っぽくなってしまったが説得をした甲斐があった。
覚悟を決めたレオナルドさんは彼の礼装であるフード付きの白いローブを身に纏い、杖を握り締めた。
その腰元には選定の剣が携えられている。
「ようやく決心がついた。感謝するよ」
「アンタは動くのがいつも遅すぎ」
レオナルドさんに対してオズは悪態づいた。
「クラリスちゃん。君の召喚魔法でミラを呼び寄せられないか試してくれないか?」
そうか、まだその手を試していなかった。
オズの召喚魔法ならミラがどこにいようと呼び寄せることができるはずだ。
レオナルドさんに提案されたオズは金色の魔法陣を展開し、その中に腕を突っ込んだ。
いつもなら簡単に呼び寄せるはずだがオズは難しい表情をしている。
「チッ……弾かれた。誰かが結界張って魔法での干渉を拒否してる」
オズは舌打ちと共に魔法陣から腕を引き上げた。
召喚魔法での奪還はダメか。
「こうなれば残る手法はただ一つ」
魔法陣を閉じたオズはそう口走った。
奇遇だな、俺も同じことを考えていた。
「「結界をぶち破って力尽くで取り戻す!!」」
一点突破だ。
誘拐犯をぶっ飛ばし、ミラを取り返す。
「潜伏先もわからないのにどこに行くというんだ?」
レオナルドさんの問いに対してオズは不敵な笑みを浮かべた。
こういう時のオズがなんと言うか予想はつく。
「そんなの決まってるじゃない。思い当たるところを手当たり次第に漁るのよ」
そういうとオズは召喚魔法を再び発動させ、陣の中から俺たちにとってなじみ深い黒竜が姿を現した。
我が家のペットにして最強の番竜、クロだ。
「クロをどうするつもりだ?」
「アリスを守らせるのよ。信頼してないわけじゃないけどアンタだけじゃどうにも不安だし」
言ってくれるじゃねえか。
だが同感だ。
「カミュレの模倣犯ならカミュレの屋敷に潜伏してるかもね。行くわよ」
カミュレの屋敷、まだ残ってたのか。
犯人がそこにいるという確たる証拠や根拠はないが俺たちに迷っている暇はない。
俺とオズ、アリスにクロ、そしてレオナルドさんは魔法陣の中へと飛び込んだ。
行先はカミュレの屋敷、目的はただ一つ。
待ってろミラ。
必ず迎えに行くからな。




