カミュレのこと
あれから二日経過したが、ミラは一歩も外に出て行こうとはしていない。
庭でクロと戯れるぐらいならよさそうとも思うんだが彼女自身の意思でそうしているのだから無理に外に出そうとするのもよくないか。
オズと一緒にアリスの面倒を見てくれているからなんともありがたいんだがアリスの世話をすることか読書をすることぐらいしか退屈を紛らわすことができないのもかわいそうだ。
早く気軽に外に出歩けるようになればいいんだが。
というわけで、今日はレオナルドさんから情報を引き出すべく図書館へとやってきた。
レオナルドさんなら昔カミュレが起こした事件のことも知っているはずだ。
「カミュレ事件かい?あれは嫌な事件だったよ」
そうか、レオナルドさんは事件が起きた当時の記憶があるのか。
より具体的な話が聞けそうだ。
「当時のカミュレ事件ってそんなにヤバかったんですか?」
「ああ、かなりひどかったよ。アミュレが捕まってからもしばらくの間は私たち魔法使いが周囲から敬遠されていたぐらいだったからね」
完全に風評被害って奴だな。
「生前のカミュレってどんな人だったんですか?」
俺からの質問に対してレオナルドさんはこれまた訝しむような表情を見せた。
過去にカミュレという人物と何か因縁でもあるのだろうか。
「そうだねぇ……魔法を『芸術』に仕立て上げた風変わりな魔法使いだったかな」
芸術?
それはどういう意味だ。
「芸術って?」
「カミュレの操る魔法はどれも見るものを惹きつける不思議な力があったんだ」
なるほど、視覚的に綺麗だと思わせるようなものだったって感じか。
「事件を起こす前のカミュレは『美しい魔法を操る魔法使い』として有名だったよ。それこそ彼女に師事しようとする魔法使いもいたぐらいにね」
彼女……ってことはカミュレ本人は女か。
聞く分には最初からトチ狂っていたわけではなさそうだ。
「そんな人がどうして凶悪な事件を起こしたんですか?」
一定の地位も名誉もある人物がそんな奇行に走った理由がわからない。
これがわかれば今回の犯人の行動パターンも掴めそうなものだが。
「理由は分からない。でもあることを引き金に彼女は大きく変わったよ」
「あることって?」
「『戦争』だよ」
いつか前にミラが教えてくれたっけか。
ミラが生まれる前にも一度大きな戦争があったって。
「カミュレには一人の幼い娘がいたんだ、だがその子は戦禍に巻き込まれて亡くなった」
戦争で子供を失ったのか。
狂気の引き金としては何もおかしくない。
レオナルドさんは語り続ける。
「それから彼女は豹変してしまった。彼女は出会った子供が魔法使いの子だと分かれば手当たり次第に殺していくようになった」
なぜ子供ばかりを狙うのだろう。
単純な復讐なら大人であっても関係ないはずだが。
「きっと子供の命を奪うことが『魔法使いの血を絶やす』ことへの一番の近道だと考えたんだろうね」
ヤバい思考をしてる上に頭もキレるのか。
当時まだレオナルドさんも幼かったわけだし、
「誰がそんなヤバい奴を止めたんですか?」
「ラルド・オズ。クラリスちゃんの父親だよ」
オズのお父さんがカミュレの悪事を止めたのか。
道理でオズが当時のことを知っているわけだ。
待てよ。
もし模倣犯だとしたら犯人はオズ家のことを強く恨んでいるんじゃ……
「カミュレの模倣犯がオズを狙ってくる可能性は……」
「高いだろうね」
淡々と他人事のようにレオナルドさんは断言した。
オズの力があれば返り討ちにするぐらいはできるだろう。
だが今はそういうわけにはいかない。
今はアリスの傍に付きっ切りだ。
ましてや犯人にアリスの存在を知られたら……
こうしちゃいられない!
「すぐに戻ります!」
レオナルドさんと別れ、俺は大急ぎで家へと戻るために走った。
「オズ!アリス!」
俺はなりふり構わず玄関を派手に叩きつけるように開いて二人の安否を尋ねた。
大丈夫だと信じたいがどうしても気になる。
オズからの返事はない。
だがアリスの泣き声が聞こえる。
ということはアリスは大丈夫か。
……待て。
ミラはどうした?
まったく声が聞こえないんだが。
「ミラ?」
恐る恐るミラの部屋を覗いてみた。
しかし彼女の姿はない。
おかしい。
ミラは今日は外出していないし、することも止めていたはずなのに。
「オズ……?」
オズの部屋を覗き、様子を伺ってみるとオズは部屋の隅でうずくまっていた。
抱えきれないショックを受けた彼女はどうもこうする傾向があるみたいだ。
「ミラは……ミラはどうしたんだ?」
「攫われた!!」
どういうことだ。
「どうしてそうなったんだ!?説明してくれよ!!」
「そんなのアタシが知りたいわよ!あの子は外に出てないし、自分の部屋にいたはずだった!でも気付いたらいなくなってたのよ!」
信じられない。
どうしてオズが付いていながらミラが攫われなければならないんだ。
やはり俺がついていないといけなかったのか。
それともいたところでこうなってしまっていたのだろうか……
「そもそもアンタがここにいればこんなことにならずに済んだんじゃないの?」
……なんだと?
妻といえども言っていいことと悪いことがあるぞ。
「俺は闇雲に出歩けないお前たちの代わりに体張って外まわってたんだぞ!なのにお前はその言い分か!?」
「それはアンタの自己満足じゃないの!?アタシはそんなこと頼んだ覚えはないし!」
どうにもならない感情がぶつかり合って俺たちの口論はどんどん激化していく。
「……やっぱりやめよう。こんなこと言い争っていても仕方がない」
あることに気づいた俺はふと冷静さを取り戻した。
恐らく同じことをオズも感じ取ったのだろう、俺たちは次第に口論を止めた。
アリスが泣いている。
彼女が頼れるのは俺たち夫婦だけなのに、それがバラバラになっちゃダメじゃないか。
落ち着け、冷静さを取り戻すんだ。
確かにミラはここからいなくなってしまったがまだ攫われたと決まったわけではない。
ありうる範囲で前向きに考えよう。
「オズ、絶対にミラを助け出すぞ」
「……ええ」
俺たちの意思はただ一つ、ミラを誘拐犯の魔の手から取り戻すことだ。
絶対に、命を落とさせずにな。




