誕生の時
早く、一刻も早くオズの元に戻らねば。
その一心で俺は全速力で家へと駆け戻る。
「オズ!」
家へと戻ると二階からオズの苦しそうなうめき声が聞こえてきた。
マズい、もうすでに始まってるじゃねえか!
「旦那様!すぐにご協力をお願いします!」
助産婦さんの指示に従い、俺は出産の手助けをすることになった。
すぐにミラとヴィヴィアンさんも戻ってくるはずだ。
それまでなんとか繋がなければ。
助産婦さんの手によってオズの下半身の衣服が脱がされ、彼女はベッドの上に寝かされた。
すでにベッドのシーツが何かでびしょ濡れになっている。
これはアレだ、男の俺が見たらいろいろとヤバいやつだ。
できるだけ直視は避けよう。
「痛みは来ていますか?」
助産婦さんの問いに対してオズは言葉にならないようなうめき声を上げながら首を縦に振った。
返答を確認した助産婦さんはすぐにオズの股の方を確認する。
「まだ力を入れてはいけませんよ。できるだけ呼吸で逃してください」
助産婦さんの助言を受け、オズは苦しみつつも呼吸を少しずつ整えて力を逃し始めた。
男の俺にはわからない痛みだろうけれどとてつもないものであることは理解できる。
そんな中でも自分の意識を保てるのってすげえなあ。
というよりはこの呼吸法は知っているぞ。
所謂ラマーズ法って奴だな。
それから数分後、一時的に痛みが引いたのかオズは俺の方を見るとゆっくりと手を伸ばした。
きっと手を取ってほしいのだろう。
俺はオズの手をしっかりと握ってアイコンタクトを送った。
「ありがと……こうしてもらえば安心できる気がするから……」
「少しでも気が楽になるならそれでいい。なにかしてほしいことがあったら言ってくれよ」
「ずっとこうしてくれればいいわ……それだけで十分よ」
正直なところ、オズが苦痛に喘ぐのを見ているのは俺もかなり精神的に来るものがある。
だが自分の最愛の妻がこうして目の前で頑張っているのに俺が応援できなくてどうする。
無理やり自分を奮い立たせて俺はオズの手を握った。
「うっ……!ふうう……ッ!!」
また陣痛が来たようだ。
それとほぼ同時に玄関の方から大袈裟な足音が響いてきた。
きっとミラとヴィヴィアンさんだ。
「お姉ちゃん!」
「クラリスさん!」
二人は大慌てで階段を駆け上がり、俺たちのところへとやってきた。
ちゃんとした病院での出産ではないけれども、親しい人物が一堂に会して出産に立ち会うというのはいいところか。
「その調子です。子宮が開いてきてますよ」
助産婦さんが経過を伝える。
ミラがすぐに助産婦さんの傍に回ってその様子を観察しに行く。
きっと同じ女の子だからこそできることなのだろう。
「ふうう……!うあぁ……ッ!!」
いきみを必死に抑えながら力を逃すオズの姿が見るに堪えなくてたまらず目を閉じてしまった。
ミラやヴィヴィアンさん、そして助産婦さんからの励ましを受けながらオズは懸命に出産に臨んでいる。
「お姉ちゃん頑張って!」
「お水は必要ですか?必要ならいつでも言ってくださいね」
ミラは真剣にオズのことを応援している。
ヴィヴィアンさんもサポートに尽力してくれてありがたい限りだ。
それからというもの、オズの陣痛が引いてから再発するまでのサイクルがどんどん短くなっていく。
痛みを堪えるために俺の手を握る力もどんどん強くなっていく。
今だけは俺以上の握力を発揮しているんじゃないかと思えるぐらいだ。
「子宮が開ききりましたよ。さあ、ゆっくりと力を込めてください!」
助産婦さんからのメッセージでいよいよ出産が佳境に入ったことが知らされた。
逆を言えばここまではまだ下準備だったということだ。
頑張れ、俺がずっとそばについているからな。
そう念じながら俺は頑なに閉じていた目を少しだけ開いた。
「ううううッ!!んううあああ!!」
オズの声が最大クラスに大きくなった。
ずっと口は開きっぱなし、季節は秋であるにも関わらずオズは大量の汗をかいている。
なるほど、水分が必要なわけだ。
「ミラ、水とタオルを持ってきてください」
「わかった!」
ヴィヴィアンさんの指示でミラが飛び出していった。
一度出産を経験しているからこそ必要なものがわかるという強みが生きている。
おかげで助産婦さんはオズに助言と送って状況を報告することに集中できていていい循環ができていた。
「持ってきたよ!」
「ありがとうございます。ミラはタオルでクラリスさんの汗を拭いてあげてください、水はこちらで回収します」
水とタオル、そして水を注ぐカップを持って戻ってきたミラから水とカップを回収するとヴィヴィアンさんはミラにオズの汗を拭くことを命じた。
自身はカップに水を注ぎ、水分補給の準備を整える。
「お姉ちゃん、頑張って!」
ミラはタオルでそっとオズの顔の汗を拭きとりながら激励を続けた。
汗を拭きとるとミラと入れ替わるようにヴィヴィアンさんが傍につき、ゆっくりとオズの頭を持ち上げて上体をほんの少し起こした。
「お水です。無理をなさらずにゆっくりと飲んでくださいね」
そう言いながらヴィヴィアンさんはカップをオズの口につけ、非常にゆっくりと水を注ぎだした。
普通に飲むよりもかなり遅いが勢い謝って咽てしまわないようにするための配慮だろう。
俺じゃそんなところまで気を回せない。
「頭が見えてきましたよ!その調子です!」
助産婦さんがついに我が子の頭が見えたのを確認した。
もう一息だ、頑張れ。
ミラが汗を拭きながら励ましの声をかけ続け、ヴィヴィアンさんが頃合いを見計らっては水分を補給する。
助産婦さんは事の経過を見ながらそれを報告したり指示をくれたりしてくれる。
一方で俺はオズの手を握りながら励ましの言葉をかけ続けているだけだ。
もう何時間も握り続けたその手は汗が滲んでいて滑りそうになる。
それでも俺は手を取り続けた。
それがオズの心の支えになっているのだろうし、なにより彼女が望んだことだから。
「ううぅ……!!」
「頭が出てきましたよ!最後の一息です!」
おお!とうとう頭が出てきたか!
それを聞いたミラが好奇心のままに助産婦さんの隣まで移動していった。
「赤ちゃんってこうやって出てくるんだ……」
俺が直視できない光景をミラはまじまじと見つめていた。
やっぱり女の子ってすげえんだなぁ。
「うううううう……!!」
オズは最後の力を振り絞るようにいきんだ。
呼吸も止めているからか血が上って一気に顔が赤くなっている。
「頑張れ!あと少しだからな!」
最後のひと踏ん張りから十数秒後のことだ。
「肩まで出ましたよ!最後は私が引き出します!」
そういうと助産婦さんは赤ちゃんの両脇を抱えてゆっくりと引き出した。
長時間の格闘の末、ついに俺とオズの子がその身体を見せてくれた。
そして、助産婦さんの腕に抱かれながら我が子は元気な産声を上げた。
生まれて初めての泣き声が誕生を祝福するように我が家中に響き渡る。
「あぁ……はぁ……はぁ……」
出産を終え、痛みから解放されたオズは力なく息を切らした。
俺もなんとか失神したりせずに済んだぞ……
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」
そうか、この子は女の子か。
助産婦さんはその腕に抱きかかえられた子の姿をオズにしっかりと確認させた。
初めての我が子の顔を見たオズは目元に歓喜の涙を伝わらせた。
「お母さん、何かお子さんに一言かけてあげてください」
そういうと助産婦さんはオズに赤ちゃんを受け渡した。
オズは初めてとは思えないほどに優しく繊細な手つきで赤ちゃんを抱え、そっと抱きしめる。
「ありがとう……ありがとう……!」
息が落ち着いてきたオズはあふれ出す感情のままに赤ちゃんに感謝の言葉を贈り続けた。
その光景を見ていたヴィヴィアンさんはどこからか取り出した手布で目元を拭っている。
ミラは生まれたての赤ちゃんの姿をじっと眺め続けている。
どうやら彼女にとっての興味はそちらに注がれているようだ。
「ありがとうオズ。ずっと頑張ってくれたな」
俺からはこれしか言葉を贈ることができない。
「アンタがずっと傍にいてくれたから頑張れたのよ……こっちこそありがとう」
秋の二十六日。
これまでにいろいろとイレギュラーこそ発生したが、オズは母親に、俺は父親になった。
赤ちゃんも五体満足でなによりだ。
異世界で始まった俺の新しい人生。
これからも誰にも先がわからない道を歩み続ける。
最愛の妻と義理の娘、そして血の繋がった娘と共に。




