母である者、母になる者
今回は冒頭以降三人称視点の話です。
ヴィヴィアンさんを招いて夕食を終えた後、ヴィヴィアンさんは何やら落ち着かない様子で俺の動向を追っていた。
「どうかしました?」
「いや、あの……人の家で何をすればよいものなのかわからなくて……」
なるほど、今までそういうことをしたことがないのか。
やっぱり極端に不器用な人なんだな。
「せっかく我が家まで足を運んでくれたんですし、ミラたちの様子を覗いてみるのはどうですか?普段俺たちがどういう風に生活しているかもわかりますよ」
「なるほど、ではそうさせていただきましょう」
そういうとヴィヴィアンさんはどこかへ向かおうと足を進めた。
残念ながら貴方が行こうとしている先にあるものは風呂場です。
「ミラたちの部屋は二階ですよ」
「失礼しました。お恥ずかしい……」
不器用なうえに天然なのかな?
どうやら本人は自覚ないみたいだし。
――――――――
タカノ家の階段を上り、ヴィヴィアンが最初に訪れた場所はミラの部屋だった。
「ここはミラの部屋ですか?綺麗にまとまっていますね」
突然の来訪者に驚くミラを余所目にヴィヴィアンは初めて見るミラの自室に関心を寄せていた。
ミラが自分の元を離れてからというもの、その居住空間を知る由もなかった彼女にとっては目に映るもの全てが興味の的だ。
そんな中、壁に掛けられた学校の制服をヴィヴィアンはまじまじと眺めた。
「どうしたの?」
かつての自分の中のイメージと全く異なる行動をとるヴィヴィアンを不思議がったミラは声をかけた。
「この服は何に用いる礼服ですか?」
「学校の制服だよ。学校に行くときに着ていくの」
「なるほど、ミラは学校に通っているのですね」
「うん。もうすぐ中等部への進学試験があるんだ」
ヴィヴィアンは自分が見ていない場所で娘がしっかりと成長しているのを実感し、感動する一方でどこか寂しさを感じずにはいられなかった。
「学校は、どうですか」
「すっごく楽しいよ!毎日いろんなことが勉強できるし、お友達とも一緒にいられるんだよ!」
己の問いに対して目を輝かせながら答えるミラに対してヴィヴィアンは罪悪感を覚えた。
自分が誤った教育を施さなければ、彼女にあんな思いをさせずに済んだのかもしれない。
そう考えると罪の意識でたちまち胸中が埋め尽くされそうになる。
「ミラ。貴方が幼い頃には随分と辛い思いをさせてしまいましたね」
そういうとミラは何も言わずにじっとヴィヴィアンの目を見つめた。
彼女は今も自分の過ちを怒っているのだろうか。
緊張と罪悪感で心臓の鼓動が強くなる。
「もういいんだよ」
「……今、なんと」
「もういいの。確かに家出をしたときはお母さんのことをすごく恨んでたし、お母さんがミラにしたことはずっと忘れられないと思うよ。でもこうして今ここでトモユキたちと一緒に暮らすのはすごく楽しいし、お母さんも反省してくれたみたいだからそれでいいの」
娘の精神的な成長を前にヴィヴィアンは感動を禁じ得なかった。
子供の前で涙を見せまいとする僅かな自尊心を支えに踏みとどまり、嗚咽を堪える。
「ミラ、これはタカノさんから伺ったのですが自分の名前の意味を知りたいそうですね」
ヴィヴィアンは新たに話題を切り出した。
ここを訪れる以前、タカノからの手紙に書かれていたことだ。
「うん。お姉ちゃんの名前には世界最初の魔女のように偉大な魔法使いになるようにっていう意味があるみたいだけどミラの名前にはどんな意味があるのかわからなくて……」
「では名付け親である私が教えてあげましょう。ミラの名前に込められた意味、それは……」
言葉を溜めるヴィヴィアンにミラは息を飲んだ。
自分の名前にどんな意味があるのか、彼女の中で期待が高まっていく。
「キャメロット王国の王家の伝承に語られる博愛、慈悲の化身ミラの名を取って優しく、万物を愛する子に育ってほしいという願いを込めたのです」
ミラといえども王家に関することは人物名ぐらいしか知らず、その多くは民衆にとって謎に包まれている。
彼女はここで初めて自分の名前に込められた意味を知ることになった。
「どうですか?これで疑問は解決できましたか?」
「うん。いい名前を付けてくれてありがとう、お母さん」
いつ言われたかもわからない、もしかすれば今初めて言われたかもしれない娘からの感謝の言葉を受けたヴィヴィアンは咄嗟にミラを抱き寄せた。
彼女は自分の込めた願い通り、立派な博愛、慈悲の精神を育んでいる。
「お母さん?」
「いい子に、育っていますね」
「えへへ……そうかな?」
ミラは照れながらもまんざらでもない様子だ。
以前からは想像もできなかったであろう親子の姿が確かにそこにはあった。
「クラリスさん、何か私に聞いてみたいことはありますか?」
相手を変え、ヴィヴィアンはクラリスと一対一で話をしていた。
どうにもタカノたち一家の力になりたいようだ。
「その、一つ聞いてみたいことがあって」
「なんでしょう」
ヴィヴィアンに対し、クラリスはしどろもどろな様子で質問を切り出した。
「あの……やっぱり産むときって痛いんですか?」
予想外に素朴な質問にヴィヴィアンは不意を突かれたがすぐに我に返り、クスリと笑みを零した。
「痛いですよ、ものすごく」
ヴィヴィアンは冗談めかして答えた。
対するクラリスは困惑を隠せない。
「ですが案ずることはありません。その痛みは子供と出会うための通過儀礼だと思えばいいのです」
「通過儀礼……ですか」
「そうです。そしてそれは愛する者と一緒であれば必ず乗り越えることができます。私がミラを生んだ時にもレオナルドさんが傍にいてくれたんですよ」
「嘘!?あのレオナルドが!?」
「ええ、ミラが生まれた直後にはあの人は失神していたんですけどね」
クラリスの不安を払うようにヴィヴィアンは小話を挟みながら説いた。
「一つ具体的な助言もしておきましょう。出産をする直前から強い痛みが生じるようになります。ですが無理に耐えたり力を入れて抗ったりする必要はありません、むしろ力を入れて抗うと貴女自身への負担が大きくなってしまいます」
「なるほど……」
ヴィヴィアンの助言にクラリスは熱心に聞き入っていた。
これから自分が体験することを先に経験した者の言葉には重みがある。
「強い痛みが生じると同時にお腹に特殊な力がかかります。例えるなら、息を止めてお腹にのみ力を加えるようなものです。ここで力を加えてしまうと子供がお腹から出る時に支障が生じてしまうこともあります」
「じゃあ、力を抑える方法ってあるんですか?」
「もちろん。私が実践した方法を教えましょう」
こうしてヴィヴィアンとミラ、両者の凍り付いていた関係は雪解けを迎え、さらにこれまで接触の少なかったクラリスとも一夜にして打ち解け合うこととなった。
夜明けはもう近い。




