母が来た
秋の十三日。
俺たちは大急ぎで周辺の整理に勤しんでいた。
理由はただ一つ、十五日を目途にヴィヴィアンさんがこちらに訪れるという連絡を受けたからだ。
「ミラ、ちゃんと自分の部屋は片づけたか?」
「大丈夫。本は全部本棚に戻したから」
ミラは日頃からゴミを出さないから机の上に山積みにされた本を元に戻すだけで済んだようだ。
なんとも感心だ。
さて、問題は……
「衣類はちゃんと片づけたんだけど他がね……」
オズの方だ。
以前からそうなんだが彼女は部屋を片付けるのがかなり苦手だ。
衣類を収納するぐらいは自力でやったらしいんだがそれ以上は負担が大きそうだな。
仕方がない、手伝うことにしよう。
「ゴミをまとめるのはいいけど定期的に捨てに行かないとなぁ」
「本当今になって痛感するわね……」
この世界にはビニール袋やポリ袋なんて便利なものは存在しない、あるのは紙袋か麻袋ぐらいだ。
そしてその麻袋がオズの部屋の隅に無数に陳列されている。
幸いなことにも生ゴミはないらしく、悪臭などは発生していない。
それにしても一つ一つがそこそこ重いな。
これはオズに任せるべきじゃないだろうな、ミラに手伝ってもらおう。
「ミラ、オズの部屋のゴミを外に出すのを手伝ってくれ!」
「わかった!」
元気な声と同時にミラが階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。
「わりと重いから一つずつ持ってけよ、階段から落ちたりしたら大変だからな」
「大丈夫大丈夫」
俺は二つずつ持って行っても何の問題もないがミラは俺に比べれば全然力はないし身体も小さい。
一つずつ持って行かせた方がいいだろう。
「悪いわね、いろいろ手伝わせちゃって」
「困ったときはお互いさまって奴だ。それにお前もできることは自分でやってるから負い目なんて感じることはねえよ」
何度も言っているが俺たちはこれまで何度もオズに助けられている。
時には命に関わる危機からも護ってくれたんだし、この程度で恩を返せるなら安すぎるぐらいだ。
「外に出しておいたよー!」
玄関の方からミラの声が聞こえてきた。
どうやら一つずつなら問題ないようだ。
もう一度だけ手伝ってもらうか。
さて、家は片付いたし、もてなしの準備もできた。
これでヴィヴィアンさんがいつやって来ても大丈夫だ。
ここで一つ俺はある疑問が頭に浮かんだ。
ヴィヴィアンさんはこちらのギルドの街並みを知っているのだろうか。
もし知らなければかなり厄介なことになる。
俺たちはあのギルドに入り浸って生活しているから街のつくりを大方理解しているが初めて訪れる人が商店街以外を歩くのは少々危険だ。
なんせ商店街の外の治安は決していいとは言えないし。
「俺ちょっとギルドまで行ってくるわ」
「ミラも一緒に行くよ」
ミラの表情はどこか不安そうだ。
もしかして俺と同じことを考えているのだろうか。
「もしかして……」
「トモユキもお母さんが心配なの?」
やはりそうだったか。
こうなれば行動あるのみだ。
ギルドまでヴィヴィアンさんを迎えに行こう。
というわけで俺たち三人は揃ってギルドへとやってきた。
目的が人探しというのもあって久々に仕事をしている気分だ。
確かヴィヴィアンさんって銀髪で緑色の瞳をしている人だったよな。
顔を合わせた回数が少ないこともあってそれぐらいしか覚えていない。
仕方がない、それを手掛かりに探そう。
「おっ?」
なんだかそれっぽい人が街中を歩いている。
あれってもしかしてヴィヴィアンさんなんじゃないか?
ちょうどいいや、声をかけて合流しよう。
「こんにちは!」
俺に声をかけられたヴィヴィアンさんらしき人は静かにこちらへ振り向いた。
「お久しぶりですね、タカノさん」
ああ間違いない。
この冷たい感じの声はヴィヴィアンさんだ。
「お母さん。ひ、久しぶり……」
いつの間にか俺の足元に隠れたミラが恐る恐る再会の挨拶をかけた。
一応形式的に和解したとはいっても自分にトラウマを植え付けた張本人でもあるわけだし、緊張してるのか。
「ミラ!会いに来てくれたのですね!?」
ミラの声に反応して視線を下げたヴィヴィアンさんは以前の姿からは想像もできないほどに表情を崩してミラのそばに歩み寄った。
本人の意向でこれまで対面するのは避けられてきたけどやはり肉親、顔を合わせて喜びを抑えきれないようだ。
当のミラはというといい意味で以前から大きく変わった母の姿に驚きを隠せないといった具合に目を丸くしている。
そりゃあそうだよな、俺だってびっくりしてるんだもん。
「ヴィヴィアンさんってあんな性格だったっけ?」
「いや、俺に聞かれても困るんだが」
オズに小声で耳打ちされたがそんなことは俺が知ったことではない。
「お母さんってここに来るの初めてだよね?迷わなかった?」
「心配はご無用です。初めて訪れた街並みをこの目で見て回るのも思いの外楽しいものですから」
ヴィヴィアンさんはニコニコしながらミラに語った。
これがヴィヴィアンさんの本来の姿なのかな。
今まで冷酷非情な人だと思っていたけど本当の彼女は茶目っ気のある性格をしているのかもしれない。
「よければこの街を案内しますよ。ミラと一緒に」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきますね」
「クラリスさん、そのお腹は……?」
道中、オズのお腹を見たヴィヴィアンさんがオズへと尋ねかけた。
「実は子供を授かったんです。今は出産に向けてコイツと一緒にいろいろ頑張ってます」
敬語を使うオズは何度見ても新鮮だ。
相手が相手なだけにそうなるのは無理ないけれども。
「では、クラリスさんも近いうちに『お母さん』になるのですね」
「はい!」
二人がなんだかよさげな雰囲気を作っている。
オズは前にヴィヴィアンさんが苦手だって言ってたし、こっちの関係も修復できそうか。
こうして、ミラの母ヴィヴィアンさんの来訪は順調な滑り出しを迎えた。
ここから悪い展開にならずにこのイベントが過ぎるといいなぁ。




