四年目のドラゴン 中編
ついにやってきたドラゴン迎撃戦の当日。
オズは魔法使いの礼装を、ミラはエルフ族から貰った水晶樹の杖を、そして俺は少し重めの防具を装備して砦へとやってきた。
ミラは初めて杖を外へと持ち出してワクワクしているようだ。
これまでも彼女に間接的に手助けしてもらったことはあるのだが直接参加するのは初めてだ。
羽目を外さなければいいのだが……
すでに到着していたレオナルドさんの元にはマーリン派の、そしてオズの元にはオズ派の魔法使いたちが集結した。
年に一度の行事を前に一同の緊張が高まる。
「今回は我々マーリン派がオズ派に代わって前線に出る。相応の危険は伴うが油断しなければ問題ないはずだ。各々全力を尽くしてほしい」
普段と違うレオナルドさんの口調が緊張感をより高めた。
今年は事情が事情なだけに特殊だということはその場にいる全員が理解しているだけになおさらだ。
「大人たちは前線へ、ミラは後方で皆の支援に回るんだ」
「わかった!」
レオナルドさんからの指示にミラは右手に水晶樹の杖を握り締め、左手を挙げて返事をした。
初めてドラゴン迎撃戦に参加するからか、その表情はこわばっているように見える。
「アタシたちオズ派も遅れを取らずにどんどん前に出て。場慣れしてるアンタたちが戦いを先導するのよ」
具体的な指示を出すレオナルドさんに対してオズはそれを補佐するように指示を出した。
確かに学者気質の人物が多いマーリン派よりもオズ派の魔法使いたちの方が戦場慣れしているから的確な判断だろう。
「さあ、そろそろ来るわね」
帽子の鍔を持ち上げ、オズが見据えた先には上空を覆いつくさんばかりのワイバーンの群れが縦横無尽に飛び回っている。
そしてその奥には、とてつもなく巨大なドラゴンが足音を立てながらゆっくりとこちらへ接近してきている。
「先手必勝!突っ込めー!」
血の気溢れるオズの号令と同時にオズ派の魔法使いたちは一斉に前へと飛び出していった。
さながら突撃兵の如くだ。
「オズ派の魔法使いたちに続いて我々も前へ、錬成魔法でゴーレムを錬成して護身に回してくれ」
レオナルドさんからの指示を受け、錬成魔法で地面からゴーレムを錬成したマーリン派の魔法使いたちはオズ派の魔法使いの後を追って前線へと繰り出していった。
「アタシの背中は預けたわよ」
「任せとけ。指一本触れさせはしない」
今の俺はオズを守る盾だ。
命に代えてでも守り抜いて見せる。
「大砲、用意!!」
クルセイダーたちも動き出した。
大砲に弾を詰め、狙いをドラゴンに定めて近づくのを待つ。
「魔法使いたちだけに前線を任せるな!俺たちも前に出るぞ!」
聞き覚えのある声での指令が発せられ、獣人のクルセイダーたちが砦から飛び降りて前線へと駆り出されていく。
ということは大砲の撃ち手は人間に決まったのか。
「さて、アタシもそろそろ動きましょうか」
オズは肩を回すと杖を構え、それを上空へとかざした。
空模様が一瞬で切り替わり、暗雲が立ち込める。
あの色の雲を呼び起こしたということは……
視界を遮る眩い閃光が迸った刹那、無数のワイバーンが意識を失って次々と墜落を起こす。
閃光からわずかに遅れて爆音が轟き、大地を揺らす。
「まさかお前、本気出したんじゃないだろうな?」
「まっさかー。ワイバーンごときにそんな力だすわけないじゃん」
オズの魔法がどこまで手抜きなのかマジでわからない。
彼女が嘘をつくときの癖を知っているから今回は嘘ではないとわかったが知らなければ信じられなかっただろう。
落雷が引き起こされた上空の周辺を飛び回っていたワイバーンが撃墜され、空が少し明るくなった。
こうしている間にもドラゴンにつられて新たなワイバーンが発生してくる。
魔法使いやハンターたちが躍起になってドラゴンと交戦を開始した。
新造の大砲もまだ距離が開きすぎていて命中させるのは難しそうだ。
もう少し技術が進歩すればもっと早期に火力を出せるだろうに惜しい。
俺たち人間が魔法使いたちと肩を並べてドラゴンと戦えるのはもう少し先か。
「タカノ君、そろそろワイバーンの先陣がこちらに迫ってくるよ」
レオナルドさんに警告され、俺は武器を構えてオズの前に立った。
意中を察し、オズは身を隠すように一歩身を引く。
「さあ、私がクラリスちゃんの代わりにドラゴンの進撃を食い止めよう」
レオナルドさんは静かにそう呟くと選定の剣を鞘から抜き出した。
透き通った輝きを放つその刃が顔を覗かせる。
「我が求めしは氷獄の具現、竜を墜とし永劫の眠りへと導かん」
呪いを解く魔法以来のレオナルドさんの詠唱だ。
オズやレオナルドさんクラスにもなると詠唱をするのはよほど高位の魔法だということだが果たして……
「……ッ!?」
寒気が走った。
気のせいではない、間違いなく周囲一帯の空気が冷えている。
その寒気は瞬く間に拡散し、周囲一帯の地面に霜柱を発生させた。
「寒……レオナルド、アンタ何したのよ」
「周囲一帯を丸ごと寒冷化させた。私の仮説が正しければドラゴンに多大な効果をもたらすはずだ」
「仮説?」
オズからの問にレオナルドさんは淡々と返した。
『仮説』とはどんなものなのだろう。
「研究の結果、ドラゴンが移動をするのは『苦手な冬の寒さを避けるため』ではないかという仮説にたどり着いてね。これで効果を得られればこの仮説が立証される」
ドラゴンがこの時期に移動をする理由が『寒さを回避するため』か。
同じドラゴンでもクロは冬も活動できるが種族による違いだろうか。
「グルルルルルル……」
遠方のドラゴンが唸り声をあげている。
クロと同じだ、この声は苦悶の感情を示している。
「確かに随分と寒さを嫌がってるみたいね」
オズも俺と同じことを感じ取ったようだ。
もしかすると本当に仮設通り、ドラゴンは寒さに弱いのかもしれない。
「お姉ちゃん寒そう……大丈夫?」
ミラが心配そうにオズの元に歩み寄ってきた。
比較的重装備の俺やクルセイダーの面々やフードとローブを着用しているレオナルドさんはともかく、肌の露出が多いオズにこの寒さはかなり厳しいのでは。
「これしきの寒さ、気合でどうにかなるわよ」
魔法使いが精神論を持ち出すのか……
すでに息が切れかかっているのが心配でならないんだが。
寒さで動きが鈍るのはワイバーンも同じらしい。
さっきに比べて明らかに出現ペースが落ちている。
そこを見計らい、オズが雷撃を放って駆逐していくおかげで砦までワイバーンが接近してこない。
「うっ……やっぱりちょっとヤバいかも……」
オズは何度目かの雷撃を放つとその場に力なくへたり込んでしまった。。
レオナルドさんの魔法は確かなダメージを与えているがその代償に味方を巻き込んでしまっている。
「お願い。アタシの代わりに前に出てるやつらに冷気で攻撃するように伝えて」
「わかった。任せとけ」
オズに代わり、俺は声を張り上げて魔法使いたちに伝令した。
「みんなよく聞いてくれ!ドラゴンは寒さに弱い!冷気系の魔法で体温を奪うことに集中するんだ!」
長年効果音の大きな職場で働いてきた甲斐があった。
こういう時にしっかりと声を張り上げられる。
十数秒後、魔法使いたちの繰り出す魔法が徐々に切り替わりだした。
俺の声は確かに魔法使いたちの耳に届いたようだ。
「お父さん、お姉ちゃんを回復させてあげないと!それにこのままだとみんなが凍えちゃう!」
オズの状態を見かねたミラがこちらの陣営にもダメージが及んでいることをレオナルドさんに訴えた。
いくらドラゴンに低温が有効であろうとそれはこちらも同じこと。
このままだと元の体力の差からあちらが力尽きるより先にこちらが全滅してしまいかねない。
「……」
レオナルドさんはミラの方に目をやり、それから周囲を見渡した。
夏には似つかわしくない白い吐息が方々に見え、寒さに体力を奪われてかなり早い段階で疲労が蓄積している。
「確かにそのようだね。あとは前線の彼らに任せよう」
状況を理解したレオナルドさんは魔法を解いた。
剣の刃から輝きが消え、周囲を覆いつくしていた凍てつく空気が徐々に温まっていく。
今年のドラゴン迎撃戦、新しく導入された要素やイレギュラーが重なって波乱が続いている。
寒気が和らいで足が止まっていたドラゴンが再び進行の足を速めだした。
オズは普段よりも激しく消耗しているようでこれ以上は迂闊に力を振るえそうにない。
果たして俺はこの状況下でオズを守りぬくことができるだろうか。




