エピローグ 誰かの記憶の片隅に
あの幽霊がこの世界から消滅して数日が経った。
大人たちは元の姿と心を取り戻し、再びギルドに平穏が訪れた。
今日は久々の仕事だ。
ほんの数日とはいえ、かなり長いように感じたな。
「それにしても子供に戻されたときは驚いたぞ」
「結局、あれは何が原因だったんだろうな」
グレイさんとアレンは顔を合わせ、首をひねりながら考察している。
その答えを知っているのは俺とトーラさんだけだが教えなくてもいいだろう。
俺はアルと二人で巡回警備をしていた。
ギルドの大人たちは普段と変わらない様子でそれぞれの仕事に打ち込んでいる。
どうやら心まで子供に戻されたときのことは覚えていないようだ。
「アル、ちょっと寄って行きたい場所があるんだがいいか?」
「別に構わないぞ」
ほんの少しだけ、やっておきたいことがある。
アルを連れ、俺は花屋へとやってきた。
白いユリのような花を十本程度購入し、その場で花束にしてもらった。
「オッサン、花束なんか買ってどうするんだ?誰かにプレゼントでもするのか?」
「まあ、似たようなもんだな」
「ふーん。それはそうとそれをウチに近づけんなよな、ウチら猫の獣人はその花の匂いが苦手なんだ」
あー、確か猫ってユリがダメなんだっけ。
アルに注意されて俺は一歩分距離を開けた。
さらに歩くこと約十分。
俺はあのミドラス君と最後に会った路地裏へと足を運んだ。
路地裏の隅に花束を添え、軽く手を合わせて彼のことを偲んだ。
「なにしてんだ?」
「こうやって幽霊を供養してるんだよ。俺が生まれた国ではこうやって死んだ人のことを忘れないようにしてるんだ」
「面白い文化だな。ウチもやってみる」
アルは俺の隣で片膝をついて軽く手を合わせた。
どういう理由でそうするのかわかっていないとはいえ、形から入ってくれるのは彼女のいいところだ。
「俺の故郷じゃ『人が死ぬのは誰かに完全に忘れられた時』っていわれててな、たとえその人がこの世界からいなくなっても心の中で生きているなんて言葉もあるんだよ」
「『心の中で生きている』ねぇ」
人と人との心の繋がりをより重要視する世界ならではの言い回しだ。
誰かがその人のことを覚えている限り、それはその人の中でずっと生き続ける。
「こうしていれば、関心を持ってくれた誰かがその人のことを覚えてくれて、その人からまた別の人へとその存在が語り継がれていく。そうすれば人はずっと生き続けられるんだ」
「やっぱり面白いな、その考え」
さて、いつまでも道草を食っている場合ではない。
俺たちは立ち上がり、また仕事へと戻っていった。
巡回の途中、俺たちはトーラさんの姿を見かけた。
隣にはイズナ君とタマモさん、あと小さい女の子も一緒だ。
彼女はイズナ君の妹かな?
「やあ、タカノ君」
「こんにちは」
「お久しぶりですわね」
タマモさんに会うのは本当に久しぶりだ。
最後に会ったのは一年半ほど前だろうか。
「お久しぶりです。今日はどうされましたか?」
「久々に家族が四人揃っての休日だからどこかに出かけようと思ってね」
イズナ君曰く滅多に家族全員が揃わないんだっけ。
全員が揃っているのを見るのは初めてだ。
「タカノ君のおかげであの幽霊を除霊することができた。感謝するよ」
「いやいや、ただ自分のやれることをやっただけですから」
この前の一件でトーラさんから感謝された。
俺は自分がやるべきだと思ったことをしただけだからイマイチ実感がない。
もしかしてこのギルドを救っちゃった感じだろうか。
「幽霊に関する事件があったら気軽に相談してほしい。イズナを通してくれればすぐに駆け付けるよ」
「私からも、なにか知りたい情報があればお声かけくださいませ」
「今後とも我が家をごひいきにお願いします」
「じゃあねー!」
簡素な与太話をして狐の家族は俺たちとは別方向へ向かっていった。
幽霊に関することなら声をかけるだろうけどタマモさんに関してはできるだけお世話にはなりたくはないかな。
いや、彼女の力を借りるような事件にはできるだけ巻き込まれたくはないといった方が正しいか。
「オッサン、なにかあの狐から感謝されるようなことでもしたのか?」
「あー、まあな」
結果的にはトーラさんを助けたことになったのかな?
「オッサンってすげーよな。なんにでも首突っ込んで最後にはそれを解決しちゃうんだからさ」
その言い方だと俺がまるでさすらいのヒーローみたいだな。
さすがに美化しすぎだろう。
「好きで首突っ込んでるわけじゃねえよ。それに解決するのは俺じゃねえし」
周囲で起こった事件に俺が関わることはあってもそれを解決するのは俺じゃない。
それに、スーパーヒーローのような役目は俺には似つかわしくない。
あの幽霊、ミドラス君のことを覚えているのはギルドの中には俺とトーラさんしかいない。
最後に果たせなかった約束を果たすことができたし、百年越しに彼のことを記憶している人間ができた。
少しは過去の不幸も報われたんじゃないだろうか。
「ただいまー」
いつもと変わらぬように仕事を終え、俺は家へと帰ってきた。
「おかえりー!」
ミラが迎えてくれた。
オズの姿は見当たらない。
「オズはどうした?」
「自分の部屋で寝てるよ。調子がよくないんだって」
あのオズが体調不良ねぇ……
珍しいこともあるもんだ。
今朝は普通にしてたし、なにがあったんだろう。
心配だし様子を見に行ってみよう。
オズの部屋のドアをノックした。
うめくような声が返って来たので起きているっぽいな。
「俺だ。入るぞ」
返事を待たずにオズの部屋へと入った。
オズはベッドの上で横になっている。
「あー、おかえり……」
オズの声に元気がない。
現在進行形で体調がよくないようだ。
「ただいま。ミラから聞いたぞ。具合が悪いんだって?」
「あー、お腹が重い感じがしてね……」
なにか昼に変なものでも食べたのだろうか。
他に思い当たるようなものは……
ん、待てよ。
お腹の辺りに『重い』感覚があるってことは……
「オズ、もしかしてそれって……」
もしかすると、もしかするかもしれない。




