一度目の接触
今回の事件の元凶と思われし少年の幽霊とトーラさんがついに対峙することとなった。
「四百四年、夏の九日。この日に覚えはあるかな?」
四百四年!?
今が五百二十年だから百年以上も前の幽霊じゃねえか!
「忘れもしない。友達と遊ぶ約束をした日だから」
やっぱりそうだったか。
「幼体化の呪いを振りまいたのは君か?」
「そうだよ。だってこうでもしないと遊んでくれないだろうし」
そうか。
それで当時約束をした人を判別できるように大人たちを子供の姿に変えてしまったんだ。
「君がそこまでして約束を果たそうとするのには理由があるはず。それはなにかな」
「あの日約束をした友達は、僕にとってはじめてできた友達だから。友達との約束は絶対に守らなきゃ」
初めてできた友達との約束か。
それを果たす前に死んでしまったとなればそりゃあ未練も強いだろうな。
「その約束は君だけの力では果たせない」
トーラさんから残酷な事実を告げられた幽霊の少年の顔が怒りで一気に歪んだ。
その表情は空想の産物だと思い込んでいたまさに『悪霊』のそれだ。
「どうして、ねえどうして?百年以上も力を溜めてあのころと変わらない姿に戻せたのに!ようやく遊べると思ったのに!」
「時間が経ちすぎたんだ。『人』は百年以上も生きられない」
トーラさんの言うことはもっともだ。
俺のいた世界では医学がこちらよりはるかに進んでいるがそれでも百歳以上生きられる人間は稀だ。
ましてやこちらの世界で人が百年も生きられるとは到底思えない。
「信じない!僕は信じないぞ!」
時の流れというのはとても残酷だ。
こんな小さな子供相手ですら容赦なく現実を突き付けてくるのだから。
「では、君はその約束をした友人に出会うことができたのかな?」
トーラさんは容赦なく幽霊に現実を突きつける。
その徹底ぶりは思わず幽霊側に同情してしまいそうになるほどだ。
「それは……」
「できなかったんだよね。それは君の友人たちが長い時の中を生き、その中でこの世界を去ってしまったからに他ならない」
直接的に『死んだ』ということを避けてはいるものの少年の幽霊が受けたショックはとてつもなく大きい。
現実を受け入れられず、ついには混乱し始めた。
「君だけの力では約束は果たせない」
「……嫌だ」
とうとう吹っ切れた少年の幽霊は逆上してトーラさんを激しい憎悪に満ちた目で睨みつけた。
対するトーラさんは動じない。
まるで『こうなるのを待っていた』かのようだ。
「嫌だ!約束を果たせずに死んでッ!再開できる日を信じて力を溜め続けてッ!やっとその日が来るんだと思ってたら今度は誰もこの世界に残っていないなんてッ!そんなの信じるもんかッ!!」
少年の幽霊は感情の昂るままに己の胸中をぶちまけた。
約束を果たせる時を信じ、ギルド中に影響を与えられるほどの呪いを身に着けてこの世界に戻ってきて、その結果が空回りに終わったとなれば怒りに満ちるのも当然だろうな。
「信じられなくてもこれが現実なんだ。時が流れ、人が変わったという現実を君は受け入れなければならない」
「嫌だッ!僕はエルザ君と絶対に一緒に遊ぶんだッ!」
幽霊はボロボロと涙を流しながら癇癪を起こした。
『エルザ』、それがあの幽霊の友達の名前か。
「厄介なことになったなぁ。ここはひとまず撤退しよう」
予想外の事態に陥ったと言わんばかりにトーラさんは首を傾げると魔法で姿を消し、その場から離脱してしまった。
俺たちを置いて行かないでくれよ!
「リリーちゃん!ここは逃げるぞ!」
我に返った俺は呆然とその状況を眺めていたリリーちゃんを脇に抱えて再び全速力で撤退した。
あんな幽霊は俺たちの手に負えるはずがない、ここはなんとしても逃げなけば。
「ウアアアアアアアアアアア!!」
癇癪が収まらない少年の幽霊の雄叫びが路地裏から響いてきた。
建物と建物の隙間から不気味な色をした光が漏れ出ている。
「オッサン!どうしたんだこれは!?」
雄叫びを耳にして駆け付けていたアルと合流した。
その傍らにはルイ君がいる。
「トーラさんが幽霊と接触して、その最中に幽霊が癇癪起こしやがってな」
「なんて迷惑な」
まったくだ。
おかげでこのギルドが恐怖の街になってしまった。
「リリー!大丈夫だったか!?」
アルは俺の腕からリリーちゃんを引き取ると安心させるように抱き寄せた。
「お姉ちゃん!」
対するリリーちゃんは心を寄せられるアルに泣きついている。
本当なら俺よりも足が速いはずだけど意識が上の空になっていて足が震えている。
「ルイ、ひとまず全速力で逃げる!先に行ってろ!」
「わかった!リリーをお願い!」
ルイ君は踵を返して建物の屋根と屋根の間を飛び移って行った。
アルもリリーちゃんを抱えながらその後を追いかける。
アイツ、自分の妹抱えても全く速さが落ちないんだな。
俺もとにかくこの場から離れねえと……
ここはアルたちを追っていくか。
呪いの元凶である少年の幽霊。
満たすことのできない欲望を抱え、その力は増すばかりだ。
おまけにまだ幼いが故に善悪の判断もついていないという厄介極まりない状態だ。
トーラさんの動向も気になるがそれ以上にあの幽霊の暴走が心配だ。
果たしてあれをどうにかすることはできるのだろうか。




