霊術師
俺たちはギルドへ日用品の買い出しに来ていた。
どんな状態であろうと生活は続けないといけない。
「うわぁ……」
「だから言ったろ?これじゃ仕事にもならねえよ」
ギルドの様子を見たオズは絶句した。
以前のスノウ・ベル事件とはまた違った形でギルドの機能が停止してしまっている状態だ。
街中子供だらけ、これではできる仕事もできないってものだ。
「これ全部アタシが受けた呪いと同じなのよね」
「まあそうだろうな」
「学校もお休みになって全員自習になっちゃった」
ミラも呪いを直接受けてはいないが学校の先生が大人数を相手に授業をすることができなくなってしまったらしい。
間接的に被害を受けているといえるだろう。
「そういえばアンタ、この前幽霊を見たって言ってたわね」
「おう」
仕事中に出会い、その上コンタクトまで取っている。
幽霊が出たのは確実にこのギルドだ。
それがどうかしたのだろう。
「案外この近くに呪いの元凶がいたりするんじゃない?」
おいおい、さすがにそれは発想が単純すぎるだろう。
……と言いたいところだが意外とそうだったりするから否定はできない。
ギルドをぐるっと見てみる限り、肉体労働系や職人たちはそのほとんどが仕事を休止しているが金勘定を主としている物売りの人たちは普通に仕事をしている。
日用品をこれまで通りに買えるのは不幸中の幸いといったところか。
そんな中、俺の目には初めて映る人物が一人。
「あれは……」
独特な衣装を身に纏った黒毛の狐の獣人が一人。
間違いない、イズナ君のお父さんだ。
何をしているかさっぱりわからないがどうやら仕事をしているように見える。
「間違いないわ。『霊術師』よ」
そうか、あれが霊術師か。
話には聞いていたが実際に目にするのは初めてだ。
どうしよう、せっかく出会ったんだし挨拶ぐらいしておいてもいいのかな。
でも仕事の邪魔になったりしないかな。
「こんにちはー!」
そんな俺の心配はどこへやら。
ミラが先に声をかけに行っていた。
「こんにちは。どうしたのかな?」
「おじさんって霊術師の人?」
「その通り、よくわかったね」
想像していたよりも物腰の穏やかな人だったようでよかった。
俺も少し話を聞いてみよう。
「どうもすみません。仕事の邪魔になったりしてませんか?」
「いいえ別に。むしろ家族以外の生きている人と会話するのはいい保養になります」
なんとも反応しにくいコメントだ。
一種の職業病って奴だろうか。
「すごーい!本物の霊術師さん初めて見た!」
確か霊術師はこの人を含めて世界に六人しかいないんだっけ。
この手の人脈が広そうなマーリン家の生まれであるミラですら見たことがなかったということは相当にレアなのだろう。
「あの、お名前を聞かせてもらってもいいですか?俺はタカノって言います」
「僕はトーラ・カプリス。霊術師の一人ですよ」
やはりカプリス家の人だったか。
ミラの顔を眺めながらトーラさんは何か考え事をしているようだ。
「その銀色の髪、空色の瞳、うちの子から聞いているのと同じ特徴をしているね。たしか名前は……」
「トーラさんはミラのこと知ってるの?」
「そうだ思い出した!ミラちゃんだね。イズナからよく話を聞いているよ」
前にあまり家には帰ってこないっていう話をイズナ君から聞いたような気がする。
帰ってくるたびにミラの話を聞いているんだろうか。
「イズナによく勉強を教えてくれるんだって?助かるよ」
「どういたしまして」
「そうだ。イズナも近くにいるし、せっかくだから会ってくるのはどうかな?」
「わかった!探してみるね」
トーラさんは流れるようにミラの興味を別のことへと逸らせた。
本当は仕事の邪魔になっていたのをやんわりとあしらったのかもしれない。
「じゃあちょっと見てくる!」
「気が済んだらこの辺に戻って来いよ」
「わかった!」
とりあえず俺たちはこの付近で待機していることにしよう。
いろいろと観察ができそうだ。
一見しているとトーラさんはギルドの中の人々を細かく観察している。
確かタマモさんやイズナ君も似たようなことをしていたなぁ。
人を観察するのはあの一家の共通の得意技なのかもしれない。
「見つけた」
静かにそう呟くとトーラさんは何かに狙いを定めて歩み寄って行った。
「君、人間ではないね」
言葉遣いこそ変わらないものの、さっきまでと違う厳かな口調でトーラさんは少女の一人に語り掛けた。
あれが仕事をするときのトーラさんの姿か。
まるで雰囲気が違う。
「なんのこと?」
少女はとぼけた様子でトーラさんに聞き返した。
俺たちもあの子が幽霊だとは信じられない。
「あくまで白を切るんだね。それなら君が幽霊であることをここで証明してあげよう」
そう言いながらトーラさんは札を取り出した。
タマモさんが魔法を使う時に使っていた奴に似ている。
霊術師が仕事をしているのを一目見ようと人々がトーラさんを囲んで押し寄せてきた。
俺とオズは召喚魔法で建物の屋根の上に移動し、そこから様子を見ることにした。
少女の前に札をかざすと、そこには文字が浮かび上がってきた。
距離が離れていてほとんど見えないが少女に関する情報だろうか。
「五百十八年、春の四十六日。この日付に覚えはあるね」
札に浮かび上がったそれを読み上げられて少女の表情が一気に険しくなった。
五百十八年っていうのは西暦的な奴か。
そういえば俺はこの世界の暦を知らない。
「今年って何年?」
「五百二十四年ね」
俺は異世界生活四年目にして初めて西暦的なものの存在を知ることになった。
っていうか意外と歴史が浅いんだな、この世界。
「言いたまえ、この日付は君にとってなんの日だ」
「……」
少女はトーラさんから目を逸らして何も答えない。
「答えたくないなら僕が代弁してあげよう。君はこの日に餓死しているね」
マジか。
そう言われてみれば確かに恰好がみすぼらしいような気がする。
貧困に苦しみながら死んでいったのか、かわいそうに。
「飢えを満たすために君は幽霊となってこの世界に留まっている。そうだね?」
トーラさんからの問いに少女は黙って頷いた。
幽霊は叶えられなかった欲望を満たすために行動するって言ってたな。
あの子の場合は自分の飢えを満たすためか。
「もし飢えを満たすことができたのなら、君はここから去ってくれるね?」
「……うん」
少女の霊の欲求を満たすべく、トーラさんは札になにかを念じ始めた。
「さあ、この札をじっと見てごらん。君の求める物が見えてくる」
「……!本当だ、美味しそうなご飯がいっぱいある!」
「行くといい、君の望みは満たされるだろう」
「うん!ありがとう!」
少女の霊は満面の笑みを見せ、ゆっくりと俺たちの前から姿を消していった。
「悪いけど僕の仕事は見世物ではないんだ。観衆は帰ってくれないかな」
トーラさんは強めに言い放つと人だかりを一瞬で追い払った。
普段は温厚だけど仕事の前後は結構気難しくなるようだ。
所謂オンとオフの差が激しいタイプの人だ。
「あの、もしよければお話を聞かせてもらってもいいですか?」
貴重な霊術師が目の前にいるんだ。
聞いてみたいことがいろいろとある。
「構わないよ。ここじゃ話しにくいこともあるだろうし、場所を変えようか」
トーラさんはこちらの対談に快く応じてくれた。
今ギルドで起こっている事件。
それについて何かわかることがあればいいんだが……




