黒竜対白竜
全滅寸前に陥っていた水晶の森はミラが発動させた大魔法で完全復活を果たした。
枯れた水晶の樹が蘇り、森で暮らすエルフ族たちは水晶の輝きによって本来の力を取り戻した。
エルフ族の人たちは武器を手に取り、森を荒らしている元凶である害獣ゴブリンを討伐するべく森の奥へと分け入った。
それを追い、オズもクロに騎乗して上空へと飛翔する。
さて、目標が達成されたわけだし俺たちはここにいる理由はなくなったわけだが…
「俺たちはこれからどうします?」
「どうしようか。ミラはどうしたい?」
「お姉ちゃんたちが心配だから様子を見に行きたい」
えぇー、俺から言わせてもらえばミラの方がよっぽど心配なんだよなぁ。
本人は大丈夫だと言ってるけど仮にも魔力を大量に使った後だし、俺やレオナルドさんが付いているにしても凶暴な害獣ことゴブリンがうろついている里の外に不用意に出歩いてほしくはない。
「そうか、なら私たちと一緒に見回りに行こうか」
そうだった、レオナルドさんがすごいアクティブな状態になってるんだった。
今はこの人に頼っちゃいけない、俺が状況を判断しなければ……
結局二人に押し切られてついていくことになった。
とりあえず護衛はレオナルドさんに頼もう。
いや、いざとなったら俺が身体を張るぐらいの覚悟はしておくか。
「グオオオオオオオオオ!!」
ドラゴンの咆哮が聞こえた。
その先にはクロがいる。
「行ってみましょう」
「うん」
向かう価値は大いにある。
きっとそこに行けばオズもいるはずだ。
俺たちが向かった場所にはクロともう一体『別のドラゴン』がいた。
クロとほぼ同じ体格の白い鱗のドラゴン、同じフェアリードラゴンだろうか。
その近くではオズが二体のドラゴンの睨みあう様子をただ呆然と眺めていた。
何があったのか聞いてみよう。
「おい、なんなんだよこれ」
「わかんない。でもアイツを見つけた途端にクロの気が荒くなって……」
普段はオズに命じられたりしない限り無闇に動物を攻撃したりしないはずのクロが自ら攻撃を仕掛けるということはあの白竜にはよほどの何かがあるに違いない。
「どうしよう……」
「とりあえず不用意に近付くな、ケガするぞ」
この様子じゃ間違いなく争いになる。
小動物同士の喧嘩ならまだしも人間を遥かに超える体躯のドラゴン同士の戦いに巻き込まれれば俺たちもただでは済まないとはっきりわかる。
「グルルルルルル……!」
「グオオオオオオ……!」
クロと白竜は互いに威嚇するように翼を大きく広げ、低く唸り声をあげる。
間違いない、もうすぐ戦いになる。
「下がれ!巻き込まれるぞ!」
俺が警告した次の瞬間、二体のドラゴンが咆哮と共に正面からぶつかり合った。
両者は噛みつき、爪での攻撃、低空からの強烈な蹴りを駆使して激しく争う。
蹴りの一撃で大地が抉れ、その巨体が樹木にぶつかればその勢いで木は薙ぎ倒されていった。
ゴブリンなどとは比較にならないほどの圧倒的な迫力に俺たちは何も手が出せない。
木の陰に隠れ、その様子を見ることにした。
ドラゴン同士の戦いということもあって普段なら攻撃を寄せ付けない鱗の堅牢な守りも意味をなさず、死闘の最中で黒と白の鱗がそれぞれの身体から剥がれ落ちていく。
傷ついた互いの肌が露わになっていてとても痛々しい。
牙が食い込み、爪が身体を引き裂く度に真っ赤な血が飛び散る。
そんな状態でも二体のドラゴンは一歩も譲らず、一進一退の攻防を繰り広げ続けた。
その様子をレオナルドさんは真剣に観察していた。
「ドラゴンの習性をこんなに間近で見られるとは……」
そういえばドラゴンの生態ってまだわからない部分が多いんだっけか。
それはそれとしてクロがヤバくなったら助けてくれるんでしょうね?
戦いの中で感情が昂ったクロは白いドラゴンを蹴り飛ばし、大きく息を吸い込んだ。
きっと特大の咆哮が飛んでくる。
俺は咄嗟にミラの耳を塞いだ。
オズは何かをひらめいたのか杖を構え、クロの口元に狙いを定める。
「グオオオオオオオオン!!」
吸い込んだ息をすべて吐き出すようにクロはすさまじい声量の咆哮を繰り出した。
周囲の木々の枝が揺れ、足元の草木が地面ごと抉れて吹き飛ばされていく。
そして何よりも目を疑ったのが白竜の身体に黒い焦げ跡がついていたことだ。
ふと目が合ったオズがこちらにサムズアップを送ってきた。
たぶん魔法でクロが吠える瞬間に炎を送って擬似的に火を吐かせたのだろう。
炎を受けた白竜は突然の大ダメージで戦意を喪失したのか、はたまた火炎に驚いたのか、クロから背を向けて逃げるように飛び去って行った。
逃げるのを見たクロも深追いをしようとはしなかった。
ドラゴン同士の戦いはひとまずこれで終わりだ。
何かを言いながらミラが傷ついたクロに駆け寄っていった。
クロの咆哮で耳を潰されていて俺にはその言葉を聞き取れない。
というか周囲の音が何も聞き取れない。
クロが戦いで付けられた傷は深かった。
噛みつきや爪での攻撃で身体中から出血しているし、爪や牙、翼の膜もボロボロだ。
「あーあーあー、大丈夫?」
しばらくしてようやくオズの声が耳に入ってきた。
大丈夫だ、聴力が戻ればそれ以外は問題ない。
「それにしても随分と派手にやったわねぇ」
ため息交じりにオズが周囲を見渡した。
確かに一部の木々がなぎ倒されているし地面も豪快に抉れている。
でも動物がやったことだし、たぶん大丈夫だろう。
「お前、戦いは止められなかったのか?」
「そりゃ止めようとしたわよ。でもクロは闘志むき出しでアタシの言うこと聞かなかったのよね」
マジか。
今まで同族と出会わなかったからわからなかっただけでフェアリードラゴンってかなり闘争本能の強い動物なのだろうか。
傷ついたクロはさっきまでの闘志むき出しの表情から一転して我が家にいるときのような穏やかな表情に戻っていた。
せっかくミラに治してもらった傷がより悪化しているけれどそれは仕方がない、角が折れていないだけラッキーだったと考えよう。
「よしよし。クロはお姉ちゃんたちを守ってくれたんだよね?」
ミラは首を下げてきたクロの頭を撫でながら宥めている。
もしかしてクロは野生のフェアリードラゴンからオズを守るために戦いに興じたのだろうか。
真相はわからないけれども、もしそうだとしたらオズの言うことを無視したんじゃなくて身を挺して忠誠を示したのかもしれない。
「クラリスちゃん。この子の手当てを手伝ってくれるかな」
「はいはい。じゃあクロを大人しくさせといて」
「俺も手伝います」
こうして全員でクロの傷の手当てをした後、俺たちはオズに馬車ごとギルドまで送り返してもらった。
オズはクロの介抱のためにもう少し森に滞在するそうだ。
「ミラ、今日はどうだった?」
「枯れた森を元に戻せてよかった!」
家に帰って今日の出来事を尋ねるとミラは目を輝かせて答えた。
そうだな、枯れかけていた水晶の森を復活させたのは他でもなくミラだ。
「あの力、ミラの奥にある本来の魔力なんだってさ」
「本当!?いつかは剣の力に頼らなくてもあの魔法が使えるようになるのかな?」
「かもしれないな」
「そっか。じゃあ今よりもーっと魔法の勉強しないとね」
「そうだな。応援してるぞ」
ミラが魔力を自力で最大まで引き出せるのか、あの大魔法の負担に身体が耐えられるようになるのかはわからない。
もしそれが剣を使わずにできるようになる日が来るとしたら、それはミラの夢が叶う日だ。




