少女の大魔法
「ミラ、剣の力を使えば君が君でなくなってしまうかもしれない。その覚悟はあるかな?」
レオナルドさんの厳格な問いにミラの表情が凍り付いた。
今、彼女は実の父によって自分自身の覚悟を試されている。
「……それでもいいよ」
数十秒にも及ぶ沈黙の末、ミラは静かに答えた。
「自分を失うのが怖くないのかい?」
「怖いよ。ミラが自分を失って、みんなのことを忘れちゃうかもしれないのはすごく怖い。でも大丈夫、ミラはお父さんと血の繋がった親子だもん」
「ミラ……」
「それにもしミラが自分をなくしちゃっても、その時はきっとトモユキやお父さんたちが取り戻してくれるよね?」
そうだ、ミラが自分を失ってしまったら俺たちが元に戻せばいい。
どれぐらいの時間がかかるかわからない、どれだけの苦労を伴うかはわからない。
もし取り戻せなくても、よりよい彼女にしていけばいい。
「ミラは俺たちのことを強く信じているんです。俺たちもミラの想いに応えてあげましょう」
ミラの覚悟は決して俺たちの存在ありきで成り立っているわけではない。
俺たちの手がなかったとしても彼女は同じ選択をしていただろう。
「ミラの意思、確かに見させてもらったよ」
「ならば私もミラの気持ちに応えよう」
ミラの意思はレオナルドさんに確かに伝わったようだ。
「行先は水晶の森だったね。すぐに向かおう」
「待って、明日は学校があるから……」
「一刻を争う事態を前に学校を優先している場合ではないんじゃないかな」
「えーっと……」
あー、一回スイッチの入ったレオナルドさんってものすごく強引になるんだな。
一日中研究に没頭しているのも納得できる。
「じゃあ一日時間を置こう。私もいろいろと準備をしたい」
それでも一日しか時間くれないんだ……
そして来る日、レオナルドさんは早朝から俺たちを迎えにやってきた。
どうやら水晶の森までは移動に結構な時間がかかるらしい。
これまではオズの召喚魔法で直接転移して訪れていたからまったく実感がわかない。
レオナルドさんが一度重い腰を上げるとまさかここまで活動的になるとは。
ミラが活動的なのはこういう一面を受け継いだからなのだろうか。
久々に馬車に揺られること数時間。
慣れない早朝からの起床が辛かったのかミラは俺の膝の上で寝ている。
そのせいで俺はかなり膝が痛い。
ミラは朝の八時より早く起きるのがかなり苦手だ。
今朝レオナルドさんが迎えに来たのは早朝五時、ミラがこうなるのも無理はない。
「さあ、もうすぐ水晶の森だ」
気が付けばすっかり日が高く昇っていた。
レオナルドさんは挨拶をしたきり何もしゃべっていない。
その手には鞘に納められた剣が握られている。
恐らくこれが選定の剣だ。
昼下がり頃、俺たちは水晶の森へと到着した。
ミラは寝ぼけ眼を擦っている。
「これはひどい……」
森の様子を見たレオナルドさんは悲観的に呟いた。
綺麗な輝きを湛えていた水晶の樹はそのほとんどが枯れてしまい、エルフ族の里がある付近の樹が辛うじて生き残っている程度、それもオズ派の魔法使いたちの力によって枯れるのをギリギリで防いでいる状態だ。
「とりあえずエルフ族のところへ行きましょう。オズたちもそこにいるはずです」
「そうだね。私たちも急ごう」
俺たちは水晶の森へと立ち入った。
幻想的な風景はどこへやら、枯れた樹が立ち並ぶだけの殺風景になってしまっている。
「ここら辺にはゴブリンがうろついてるらしいんで気を付けてくださいね」
そもそもこの森が枯れてしまったのもゴブリンの群れが襲撃してきたからだ。
しかもグレイさん曰く単体でもそこそこ手強いらしい、要警戒だ。
「グギギギギギィ!!」
獣の声が近づいてくる。
間違いない、ゴブリンだ。
気が付けばゴブリンが俺の眼前まで迫ってきていた。
ヤバい、想像してたよりもずっと凶悪な面構えしてるんですけど!?
しかもなんか武器持ってるしデカいし屈強だし!
俺はミラを抱きかかえ、庇う体制に入る。
「うわああああ!!」
あっ、死んだなこれ。
ゴブリンの凶刃が俺を切りつけようとした瞬間、ゴブリンは感電したかのように痙攣を起こし、その場に倒れた。
後ろを見るとレオナルドさんが杖を構えている。
咄嗟に魔法で助けてくれたらしい。
「あ、ありがとうございます……」
レオナルドさんがいなければ即死だった。
「どうやらゴブリンが森を荒らしているというのは本当のようだね。幻術を使って身を隠そう。ゴブリンは動く動物を襲う習性があるが姿が見えなけば襲われることはない」
流石はレオナルドさん、ゴブリンのことをよく知っている。
俺たちはレオナルドさんの幻術で身を隠し、エルフ族の里まで一気に駆け抜けた。
道中でオズ派の魔法使いたちがゴブリンと交戦しているところを横目にしたが今は彼らに気を取られている場合じゃない。
「着いた、ここがエルフ族の里だ」
「はぁ……はぁ……速すぎるよタカノ君……」
レオナルドさんは激しい息切れを起こしている。
ものすごく頼りになるんだけどフィジカルがもう少し強ければなぁ。
エルフ族の里だけはなんとか普通の状態を維持できているようだった。
水晶の樹の近くでないと著しく衰弱してしまうエルフ族たちがすべて集合している関係で前に見た時よりも窮屈に思える。
しかしエルフ族たちはみな弱っていて人の多さに対して活気はない。
「レオナルドさん」
「お父さん」
「ああ、わかっているとも」
レオナルドさんは鞘に納められた長剣をミラに託した。
「この剣を鞘から抜くんだ」
レオナルドさんに導かれ、ミラはゆっくりと選定の剣を抜いた。
外された鞘をレオナルドさんが回収し、ミラの後ろに立って展開を見守る。
両刃の剣は水晶の輝きを受け、透き通った光を放つ。
それは武器というよりはむしろ芸術品のような美しさだ。
「ミラ、剣に自分の意思を伝えるんだ。その想いを剣は具現化してくれる」
ミラは静かに頷き、その刃を見つめた。
「選定の剣よ、ミラの想いは……」
ミラはゆっくりと目を閉じ、剣の柄を両手で握り締めて詠唱を始めた。
本当に大丈夫だろうか、見ている俺もドキドキしている。
「枯れた水晶の森とそこに住む人たちを、すべてこの手で治してあげたい!」
枯れてしまった水晶の樹、そして森に住むエルフ族たち。
そのすべてを蘇らせることこそがミラが剣の力を使ってでも成し遂げたかったことだ。
彼女の願いに呼応し、剣は眩い光を迸らせる。
「うおっ!?」
その輝きの眩しさのあまり俺は目を伏せた。
レオナルドさんはフードを深く被り、目元を覆い隠してながらミラを見守り続ける。
極限まで高まり、行き場を失った魔力が青白い光になってミラの全身から放出される。
その余波で突風が起こり、ミラの銀色の髪が激しく逆巻く。
「あれが剣の魔力ですか?」
「いや、あれはミラがもともと持っていた魔力だよ。剣は持ち手の潜在的な魔力を限界まで解放させる」
ということはミラは将来的に自力であんなことをできるようになるんだろうか。
「じゃあ、ミラが魔力切れを起こしかけたのは……」
「魔力による消耗に身体が追い付かなかったんだろうね」
それだとミラの身体が壊れてしまうんじゃ……
「心配はいらない、本来身体へかかる負担はすべて剣が肩代わりしてくれる」
剣の力というのは剣そのものに魔力があるのではなく、持ち手が魔力を負担なく無制限に使用できるようにすることだったのか。
そしてそれを扱えるのは自分自身の力に溺れない魔法使いのみ。
ミラの身体を伝い、青い光が地上を駆け巡る。
枯れた色の大地が温かい輝きに照らされ、水晶の光とは違う幻想的な空間を作り出す。
「おお……!」
奇跡だ、奇跡が起こっている。
光が走った後の地面には新たな緑が芽吹いている。
枯れかけていた水晶の樹が次々と立ち直り、水晶の輝きが強まり始めた。
「これは……?」
「奇跡じゃ……!奇跡が起こったのじゃ!」
「うおおおおおおお!!」
復活した水晶の光を受け、衰弱していたエルフ族たちが一斉に息を吹き返した。
歓喜の声を上げ、各々が再び立ち上がる。
「力が漲ってくる!」
「これなら我々も戦える!さあ、今こそゴブリンへ反撃の時だ!」
本来の力を取り戻したエルフ族たちは活力が漲らせ、以前とは違う士気を昂らせた。
彼らはもうオズをはじめとした魔法使いたちに守られてばかりの弱い存在ではない。
俺も身体の疲労感が消え去り、不思議と力が漲ってくる。
これがミラの思い描く『治す』ということなのだろうか。
何かが空から俺たちの元へ降りてきた。
黒い巨影と女の人影一つ、クロとオズだ。
「急に枯れた森が元通りになったの!?クロの傷も完全に回復してるしどういうこと!?」
ミラの魔法はクロにも影響しているらしい。
確認すると確かにクロの身体に付いていた生傷が完全に消滅している。
「ミラがすごい魔法を発動させたんだ」
「ミラが!?」
オズはすぐに光の差す方を見た。
あまりの輝きに目を伏せつつもその正体がミラであることを知り、愕然とする。
「もう十分だろう。クラリスちゃん、ミラを止めてあげてくれるかな」
「止めるってどうやって?」
「あれは選定の剣の力によるもの、原初の光を使えば停止させることができる」
原初の光、三つ存在する魔装の内の一つだ。
それを使えば魔装の力を鎮めることができる。
「相変わらず人使いが荒いんだから」
どの口が言うんだか。
オズは召喚魔法を発動して原初の光を手元に呼び寄せるとその力を起動し、上空へと設置した。
ミラが手にしていた選定の剣は光を弱め、次第にその力を発動させなくなった。
「あれ?」
剣の力が停止したことにミラは首を傾げた。
「ミラ、もう十分だ。周りを見て確かめてみろ」
俺に言われるがままにミラは周囲を見渡した。
そこに広がるかつて以上の輝きを放つ水晶の森にミラも負けじと目を輝かせる。
「これ、本当にミラがやったの!?」
「そう。選定の剣がお前の願いに応えてくれたんだ」
俺とミラがやり取りをしているうちにレオナルドさんはミラから選定の剣を預かり、その刃を鞘へと納めた。
同時にオズも原初の光を回収する。
「ミラ、どこか変わったところはないかい?」
「森が元に戻った!」
「そうじゃなくて、何か身体の調子が悪いとかはないかな?」
「大丈夫、ミラはいつもと変わらないよ」
「ミラ、やっぱりお前はすげえよ」
俺はミラを抱き上げ、心から賛辞を送った。
「トモユキ、さすがに恥ずかしいよ……」
ミラが顔を少し赤らめて今までは見せなかった歳相応の恥じらいを見せる。
そんなの知ったことか、俺の気が済むまでたっぷり褒めてやるからな。
ミラはすごい子だ。
潜在的な魔力もそうだが、その力を誰かを癒すことに率先して使える優しさと自分に溺れない強さがある。
俺はそんな彼女のことを大事にしながらその成長を見届けていきたい。




