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人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、 悲しみを和らげられる。
ウィリアム・シェイクスピア
「そういえばビショップって風呂どうしてんのかね?」
奇襲部隊を待ち伏せて強襲したあの夜から三日が経ったある日の昼さがりの出来事。何気なく放ったヨルクの言葉。テントにいたトビアスとアデレードはヨルクの発言を聞き、神妙な面持ちで熟考し始める。
「いや、私は分かんないけど、あんたたちと一緒にシャワーに行ってんじゃないの?」
「俺は行ったことはないな。気付いた時にはすでに行っていたり、今日は行かないとか言ってたりするからな」
「俺もトビアスと一緒だな」
「……え?」と素っ頓狂な声をあげるアデレード。トビアスとヨルクは何か、自らの記憶に鍵となるべき出来事がないか探しているが見つかりそうにはない。
「シャワーに行かない日もあるが、ビショップは別段臭くないしな」
「関係あるか分かんねえけど、あいつの荷物めっちゃ少ないんだぜ? 俺やトビアスの半分くらいだ」
軽くヨルクが発した一言。それがここまで考え、悩む元になるとは当の本人も予想だにしていなかった。この場にいる全員が考え込むことで小汚い、様々な小物が無造作に置かれたテントに似つかわしくない沈黙が訪れる。
その沈黙を破り、大声で断言したのはアデレードだった。
「なら、今日は貴方たちが監視して尾行すればいいじゃない!!」
トビアスとヨルクが交代制で監視をすることになる。今はヨルクの担当時間だ。ヨルクはテントの中で昼寝をする振りをしながらビショップを見張っている。
(「普通に見てたら尻尾出さないでしょ! 寝たふり薄目で監視するのよ!」って、あと何時間薄目で監視すればいいんだよ)
ヨルクの狭くなった視野で確認できる。すでに空が夕日で鮮やかな朱で染まっていることを。
しかし、ここでビショップが動いた。チラチラと寝たふりのヨルクを確かめるように見ると、ビショップの持ってきた荷物の全てが入っている麻袋を背負ってテントから出ていく。
きっとシャワーだ。そう確信したヨルクは追跡を開始する。
(あれ? シャワー室と真反対に行ってね?)
ビショップの足はシャワー室とは反対に設置している本陣の出入り口へと向かっている。ヨルクは周りの人込みが少なくなっていくことによる発見を危惧し、物陰に隠れながら追跡する。
本陣の出入り口を抜けるともう人はいないと言っても差し支えないほどに少ない。見張りの最低人数は居るがそれだけ。その者達も高い物見櫓から遠くを眺めているため、ビショップやヨルクには気付かない。
物陰から様子を見ていたヨルクは、急にビショップが姿を消し二十五メートルさきに現れる現象に反応することは出来なかった。さらにそれを追跡することも不可能と知る。
ヨルクはため息を吐きながら、どうアデレードに言い訳をするべきか考えるのであった。
ヨルクの事情も追跡も露知らず、ビショップは本陣の見張りの視界を縫うように現れては消え、現れては消えを繰り返し、本陣から結構離れた雑木林の入り口に辿り着く。
その雑木林は今は無きあの森と違い、ビショップを歓迎しているように見える。森ほど深くない黄緑に支配されたそこは、それ以外に支配されぬまいという強固さを醸し出している。
ある程度歩き、木々を抜けた先にビショップのお目当ての物がある。川だ。澄み切った川。淡水魚が我が物顔で泳ぎ、鳥のさえずりと微かな虫の騒めき。そして川の流れる音しか聞こえないそこが目的地であり、毎日ビショップが通っている場所だ。
ビショップはここにきてようやくその黒い外套を脱ぐことが出来る。
その外套を脱ぎ、サラシを外し最後に下着と厚底靴を脱ぎ放る。そう風呂だ。ビショップことアリアはそのまま川に入り、身体を洗う。
少し、いやかなり冷たい川に入り身体を清める。今の気分は修行僧。
「冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい冷たい……」
呪詛のように呟きながら身体を洗うアリア。しかし、これしか方法が無いのも事実。男性用のシャワー室に行くわけにはいかないし、女性用のシャワー室に言った場合、目立つ。紫髪なのだから。
身体を入念に洗ったアリアは急いで川から出る。
しかし軽い不幸というか、川から出た瞬間、突風が吹く。それは身体が濡れている少女にはきつすぎた。
決して少女の口から出てはいけないような鶏が首を絞められたような声を出しながら身体を拭く。その表情は鬼気迫っている。前の戦いよりも厳しい表情。
身体に着いた水滴をしっかりと拭き取ったアリアはすぐに麻袋から替えの下着を取り出し穿く。ここまでくると、一呼吸おく余裕は生まれる。
ゆっくりと丁寧に、胸部にサラシを巻いていく。その慣れは半端ではなく、風が吹いていても危なげなく巻いていく。
巻き終わると最初に脱いだ外套を着る。アリアはビショップに変わる。厚底靴を履いて身長が伸びるが、それでも心もとないレベルの低身長。
ビショップは来た道をゆっくりと帰り始める。すでに夕の朱は夜の黒に侵食されつくされている。
「あ、おかえり。どこ行ってたの?」
「ん、ただいま。適当にね」
ビショップはヨルクの質問を適当に濁すと、濁ったままにするためにトランプを提案する。これを断る理性と知性をヨルクとトビアスは持ち合わせていなかった。
「なににする? ポーカーでいい?」
ビショップが麻袋から新品のトランプを取り出し、入念にカードをシャッフルする。
「ま、それしかねえよな」
「何を賭けよっか?」
ここでヨルクは妙案を思いつく。心の中で自分に最大限の褒めの賛辞を送るヨルク。
「一位の者は、最下位に一つ質問ができる。それを拒否できないでどうだ?」
ヨルクの意図を理解したトビアスは即座に乗っかる。
「ああ、悪くないと思うぞ。俺は良いと思う、うん良いと思う」
「ん~~。まあ、いいよ」
ビショップも何か納得できないような顔をし、しかし渋々肯定する。
こうして、ヨルクとトビアスのアデレードから受ける肉体的暴力を回避するための戦いが静かに始まる。
「ほら、ツーペアだ」
「俺はスリーカードだな」
「残念、私はフラッシュだ」
「あ、うん。役なし」
「俺もだ」
「すまない。フルハウスだ」
「おら! ストレート!!」
「スリーカード!」
「フォーカード。残念だったな、フハハハハ」
「ストレートフラッシュ~~!!」
「フルハウス!!」
「滅びろ!! ロイヤルストレートフラッシュ」
「「……勝てない」」
「もう、する質問がない」
ビショップの一人勝ち。トビアスとヨルクの惨敗度は次元を超えていた。すでにビショップが勝った回数は十を過ぎていた。ちなみにビショップの勝ち数=戦った回数である。
「じゃあ、トビアスってアデレードと仲良いけど付き合っているの?」
「いや、あいつとはそんな関係じゃない。ただの幼馴染だ」
「幼馴染二人が咎眼になったんだね。結構な確率じゃない?」
「俺も11隊で会ってびっくりした」
「それはいいから早く次しようぜ」
ヨルクが急かすことによって再開される一方的な戦い。
これは朝日が昇るまでの戦い。勇者が魔王相手に勝つまで挑むをモットーとした戦いの神話。
まあ、朝日が昇るまでやっても無理だったんですけどね。トビアスとヨルクがビショップに勝つことは。
終盤は勝ち続けているはずのビショップの方が弱音を吐いていた。
……というより、普通に考えて相手が準備した道具でなぜ戦おうと思ったのか。謎である。




