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敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。
孫子
「皆、終わったかなあ。終わってるんだろうなぁ」
トビアスは未だに敵を追いかけていた。
時間系列的にいうと、ヨルク、アデレード、イザーク、ビショップが戦っている間もずっと追いかけている。そして四人の戦闘が終わった今でも現在進行形で走っている。
時間にして三十分ぐらいだろうか。しかしながらトビアスは息1つ乱れていない。追いかけられている方も息を切らす気配は無い。
敵は走ったまま、頭と右腕を後ろに向けて、トビアスを人差し指で指さす。その人差し指から何かをトビアスに向けて撃ち放つ。それをトビアスは指先の方向で弾道を予測し、身体を捻らせて回避する。しかし飛んでくるそれを、トビアスは目で追うことは出来なかった。
「なにを飛ばした?」
敵は走っている途中で低めのジャンプ。空中で180°反転し、着地。着地の衝撃と疾走の慣性を抑えるためにしゃがみ、しゃがんだまま両手の指をトビアスに向ける。それがトビアスの問いに対する返答だ。
トビアスに向けられた十個の銃口。トビアスは即座に弾道予測。トビアスに向けて撃ち放たれた十個の骨の弾丸は音によってトビアスにその存在を認知される。
骨弾を避けるため身体を出来るだけ捩ったトビアスだったが、一つが脇腹をその小さき暴力で抉る。一つが腰に着弾。寛骨を跳弾し、見当違いの所から出てくる。一つがトビアスが咄嗟に頭を守るために頭の前で交差した腕に当たる。しかし右腕を貫通したものの、右腕の裏に重ねていた左腕の中で止まる。
(痛ってぇ! これ遠距離戦は不利だ。長期戦も望めないか……)
トビアスはすぐに足で地を蹴り、距離を縮める。それを予測していた敵は背骨を引き抜き武器にする。それは両手で持つべき大剣となる。
「びっくり人間かよ」
「そんな可愛いもんじゃないけどね」
敵はトビアスの蹴りに合わせて大剣を振るう。それは骨とは思えないほどの硬さと重さをもって襲い掛かる。トビアスは横なぎの大剣を潜る様にして回避し、そのまま敵に飛びかかる。
敵は大剣を振り切り、その反動で動けない。もはや満足に避けることも、ましてや反撃などできないだろう。
だが、その予想は呆気なく裏切られる。トビアスが狙いをつけた胸部から突然、とがった槍のような骨が四つ出てくる。それを回避する暇もなく、トビアスは骨に右肩を貫かれる。
トビアスは深々と貫かれた右肩から骨を力任せに引き剥がすと、ステップで危険から退避する。
「あー、あばらか? やっぱり骨を操るみたいな感じか」
「正解」
「正直に答えられると裏がありそうで怖いな」
「俺は正直者だよ」
敵は言い終わると、背中から羽のような形をした骨を生やす。さらに、腕の中から肉を引きちぎって腕の骨がでてくる。しかし、骨が出てきた腕は何事もなかったかのように稼働する。
「骨を操るって生み出すまで含まれてるの?」
「当たり前だ。そうしないとお前に骨を撃ち出せないだろ」
トビアスは改めて目の前の化け物を確認する。
通常の腕が二本に、脇から生えている一対の骨の腕。
背中を突き破って出てきた見せかけの骨の羽。
安地のはずの懐はあばら骨によって死地と化している。
さらに、二本の右腕で持っている背骨の大剣は圧倒的なリーチで死地を広げている。
トビアスは現状にうんざりして大きくため息を吐くと、自分から絶対的死地に突撃し絶望の近接戦を展開する。
敵の致死の攻撃を紙一重で回避する。いや、完全に避けているわけではない。少しずつだが、服ごと身を斬られ、血の赤がどこを斬られたかを示している。
敵が生やしたあばら骨にも、トビアスの血がべっとりと付いており、まるでトビアスの命の灯を説明しているようだ。
塵も積もれば山となる。近接戦にはいってすでに数十分。掠り傷ですらすでに危険なレベルに到達している。
しかしながら、敵も安くはない代償を払っている。
生やした骨の腕は両方とも捥げている。
その姿を見せつけていた骨の羽は、片羽が消え去られてしまっている。
あばら骨はその数を三本に減らしている。
背骨の大剣は半分に折られることによって、自慢のリーチという強みを完全に消されている。
「ここまで粘られるとは思っていなかったけど、逃げなくていいの?」
「逃げようとした瞬間、指から飛び出してくる骨で蜂の巣だろ」
敵は急に笑い始めると、自分の身体から突き出している純白の綺麗な骨を眺めながら呟く。
「まあ、ここまで頑張ってくれて悪いけど再生するからさ」
その言葉と共に、骨の腕が一対びちびちと不快な音を立てて生える。そして、その姿を記憶に残させるように消え去られてしまった羽をゆっくりと生やし広げる。あばら骨も減らされた分を当然のように生やす。
トビアスは敵のタフガイぶりに嘆息しつつも、大切な事実をしっかりと見据える。骨は完璧に再生しているが、腕、足などの切り傷は再生していないのだ。
「骨しか再生しないんだったら、もう詰んでるよ」
「は? 何を寝ぼけたことを——」
「なんで、俺を傷つけた骨が血で濡れてないと思う?」
トビアスの言葉の意図に未だ気付いていない。
身体の特に傷ついた部位を抑えながら、トビアスは語る。
「今、お前の体の中には骨から移動した俺の血液が混じっている。もし、俺がその血液を操れたとしたら?」
トビアスの語りを全て聞いてようやく意図を理解した敵は、その遅すぎる攻撃行動を起こした。しかし、遅かった。というよりも、この状態になった時点で勝ち目がなかったと言える。
トビアスは相手に見せつけるように拳を握りしめる。
敵は一度、身体を大きく痙攣させるとその場に崩れ落ちる。しかし、心臓を破壊されてもなお、その指先をトビアスに向けようとする。
トビアスはその姿を憐憫を含む瞳で見つめると、再び拳を握る。
今度は、敵から骨のように深紅の槍が多数生える。それは生命を散らせるための槍。
「ふぅ。結構傷つけられたな。結局準備した血の入った瓶、本陣に忘れちゃったし」
トビアスは右肩を押さえ、足を引きずる様にして合流を目指す。
敵を追いかけている途中に聞こえた爆発音のする方へ。
残り一人。




