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握り拳と握手はできない。
ガンジー
咎眼の基本は殺傷能力によって分布される。例えばアデレードの咎眼は、三メートル以内の物に干渉して曲げる。即ち、殺傷能力は卓抜となり上位と扱われる。
火を使う咎眼や水を使う咎眼もまたしかり。殺傷能力がずば抜けている。だが、体力の消費がとてつもなく激しい。それを含めた結果、中位に甘んじている。
イザークは敵の炎剣を自分の太刀で防ぐ。これで太刀で炎剣を弾いたのは五回目だ。敵が振るう炎剣がイザークに近づくたびに、イザークの身に焦げるような熱が浴びせられる。
敵は火をあまり使えない。それを考慮して十分以内に終わるだろうと思っていたイザークはその浅い考えをすぐに改めることになる。それもそのはず、敵は奇襲された時点で今回の奇襲がバレていることは分かっているのだから、火を抑える必要なんてないのだ。
近距離では剣をかたどった炎を右手で振るう。中距離では左手から牽制用の小さな炎の玉を吐き出す。
この戦い方はイザークを大いに苦しませた。
イザークが斬りかかる。それを敵は余裕を持って炎の刃で受け止める。そしてつばぜり合いをしている最中にイザークの顔に手の平をかざす敵。そのまま炎の玉が手の平から放たれる。
イザークの顔を襲おうとした炎はあと一息のところで首を傾けられて回避される。首を傾けて回避したイザークはそのまま、小さく屈んで敵の腰を蹴る。そして後ろに下がって距離を置く。
「殺り難いな」
「奇襲を妨害しに来たと思ったらなんだ? ただの雑魚か。咎眼もろくに使えないのか?」
敵である男はイザークをせせら笑うと左手をイザークに向ける。向けた左手から炎の玉を放つ。発射レートはまるで自動小銃だ。
距離を取っていたイザークは脱兎の如く地を駆けて回避運動に移行する。半分を走って回避、残り半分を木を盾にして回避するイザーク。その表情には薄い笑みすら浮かんでいる。王者の余裕ともいえるかもしれない。
「お前に使う時間はない。早く死んでくれないか?」
「それは私の台詞だ。私は演芸を見に来たのではないのだが」
イザークは敵の方向に急旋回をする。
これを好機と見た敵は炎剣を手から滑り落とすと両手を敵に向けて炎の玉を撃ちまくる。その威力は先ほどまでとは威力も発射レートも比べようもない。いうならば軽機関銃のようだ。
常人なら目で追うのがやっとの速度で向かって来る炎の玉を、イザークは峰がすこし切り取られた刃で斬り落とす。必要最低限を斬り落とし、それ以外は身を屈めて『地面に左手をつき』地を這うように回避する。宙に飛んで回避は論外だ。
徐々に、だが確実に迫ってくるイザークに焦った様子もない敵。距離を四分の一まで詰められたときに敵は炎剣を二つ生み出し、両手に持つ。炎剣はイザークを自らの刃で殺そうと唸りをあげる。
イザークは怯むことなく、二つの死に特攻をかける。
イザークは右手に持った太刀を確かめるように強く握る。それに呼応するように太刀もイザークにだけ感じ取れる返事を応ずる。
イザークは腰に据えた太刀を右切り上げの形で襲い掛かる。それを敵の男は左手の炎剣でイザークの太刀を受け止めようとする。右手の炎剣を頭の上に構えて反撃の準備までしている。
だがしかし、右手の反撃用の炎剣はその役割を果たすことは出来なかった。いや、正しく言うならばその役割を果たす機すらも貰えなかった。
左手に持った炎剣での防御。それはしっかりとイザークの太刀の軌道を抑えていた。もし、イザークが咎眼保持者でなかったのならイザークの負けとしてこの勝負は決着がついたことだろう。
太刀と炎剣がぶつかる瞬間、イザークの太刀の刃が土になり、果てる。そのため、太刀と炎剣はぶつかることなく通り過ぎる。そして通り過ぎた後に、イザークの太刀の刃が元に戻る。その刃を取り戻したイザークの太刀は男の腹部に吸い込まれていき、絶ち斬る。
イザークの咎眼は、身に触れている無機物を他の無機物に変換する。この能力だけなら中位に属してもおかしくない能力だが制約が厳しい。
一年以上の歳月をともに過ごした物でないと他の物に変換させることが出来ない。
変換させるためには変換させたいものに触れる必要がある。右手と左手の二つ分の無機物をストックすることができ、新しい無機物に触った場合は上書きされる。
以上の制約により、下位という扱いを受けている。
ちなみにイザークは自分の太刀の峰を右手に埋め込んでいる。
「あ…あ?」
「君は、水を操る咎眼持ちを知っているかい?」
「なんのことだか……」
「ふぅ。……ならいい」
腹部に致命傷を負わせたイザークは反転、その無防備な敵の背中を上から下に斬りつける。そのまま切り上げで右腕を、斬り返しで左腕を絶つ。最後に左胸を突き刺すと、敵の亡骸の肩を蹴り、太刀を引き抜く。
「咎眼っていうのは見せびらかすものじゃない。殺るために少しだけ見せればいいものだ」
「秘すれば花?」
イザークの独り言に木々の隙間から現れたビショップが返答する。
「それにいくつの皮肉が含まれていることか。ところで君が追っていた敵は殺したのか?」
「当然」
ビショップにイザークは猜疑の視線を浴びせたが、疑っても無意味と思ったか、それとも信認したかその視線を外す。
「まあ、いい。ここで待つことにしよう」
残り三人。
「もう終わり? 呆気ないわね」
アデレードは向かって来る植物を全て再起不能になるまで折り曲げる。アデレードの足元には多くの無残な姿をした植物だったものが千切れ、散っている。
「はあ、なるほど。上位のやつか。面倒だな」
アデレードと相対する敵は心底面倒くさそうに愚痴る。そして新たに多数の植物の蔓を操り、それをアデレードに向かわせる。
アデレードは向かって来る蔓を見向きもせずに全て叩き折る。そのまま千切れた蔓は今までの植物と同じ末路を辿った。向かってきた蔓を全て迎撃したアデレードはすぐに敵めがけて駆ける。
蔓を操ることに集中していた敵はアデレードの接近に対応が追い付かない。アデレードとの距離、五メートル。敵にしてみれば、安全マージン距離は完全に踏み越えられており、もはやデッドラインぎりぎりだ。
アデレードの接近。三メートル以内という死地に入る前に敵は自らを足元にある植物で弾き飛ばす。弾き飛ばした植物はすでにその姿を失っている。
敵は距離を取ったのと同時に、木を、草を、葉を隙間無く並べて目くらまし兼巨壁として利用する。
それをアデレードはまるで意に介しない走りで突っ込んでいき、巨壁に半径三メートルの円を作り貫通する。
だがそこに敵の姿は無い。
(あいつやべぇ。マジで甘く見積もってた……。取りあえず、他の奴と合流しよう)
アデレードから隠れるように木の後ろで身を縮ませるこの男。
先ほどは運よく死地から逃れることができたが次はうまくいかないだろうと彼は理解していた。
敵は頭だけで振り返って、戦いの跡地を覗き見る。そこには壁、とは言えないようなぐちゃぐちゃにされた植物たちが、その姿を晒していた。
しかしアデレードの姿は一行に見当たらない。それどころか気配も、足音も感じられない。きっと去ったのだろうと思い、安心し、ため息を吐く。
「見ぃつけた」
残り二人。




