〈file6〉さいごまで
「……」
パイプ椅子の冷たい感触に深く背を預け、頬月未宙は天井の蛍光灯を見つめていた。
来望街警察本部の無機質な廊下に、遠くで響く足音と書類を繰る音だけが溶けていく。
長かった事情聴取を終え、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、重い息が胸から漏れ出た。
「……ふぅ。やっと終わった……」
「……!水瀬さん……!事情聴取、お疲れ様です」
廊下の奥から足音もなく現れた小柄な影に気づき、未宙は弾かれたように背筋を伸ばした。
自室から出てきた水瀬果暖は、首にかけたインカムを外し、軽く肩を回している。
「おう。……和李さんと星凛はまだか」
「はい。二人で一階のドラッグストアに喉薬を買いに行っているみたいです」
「そう言う事か……」
星凛があの大声で喉を潰しかけたことを思い出し、水瀬は呆れたように小さく息を吐いた。
静寂が二人を包み込む。
未宙は膝の上で両手を固く握りしめ、意を決したように水瀬へ頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「……!?は……、?」
不意を突かれた水瀬が、怪訝そうに眉をひそめて足を止める。
「俺、葉奈ちゃんがどこかに閉じ込められてるって思ったら言葉が出なくなって……。
星凛の応答は見てたけど、初めてで……何て声掛ければ良いか分からなかったです……」
ぽつり、ぽつりと零れ落ちる未宙の声には、自身の不甲斐なさに対する焦燥が滲んでいた。
水瀬はそんな未宙の頭頂部を冷ややかな、だがどこか静かな瞳で見つめる。
「……別に、最初はそんな物だろ」
「でも……っ!」
「……!」
思わず声を張り上げた未宙の勢いに、水瀬の肩がわずかに揺れた。
「人の命が掛かってるのに、俺たちが冷静になれないようじゃ……だめだ……っ」
「……」
握りしめた拳が微かに震えている。
自分がパニックになりかけた恐怖と、何もできなかった無力感。
うつむく未宙の姿に、水瀬はふっと目を伏せ、壁に背を預けた。
「っ……」
「……俺も、今日のは少し焦った……」
「……!へ、……」
驚いて顔を上げた未宙に、水瀬は感情の読めない横顔のまま、ぽつりと呟く。
「火葬されるまで時間がなかったからか、前受けた似たような通報よりも、思うように考えがまとまらなかったんだろうな。
あの星凛の声も聞こえなかったくらいだ」
「……」
淡々としたトーン。
だが、その言葉は未宙の張り詰めた心を少しずつ解いていく。
「―――でも、和李さんの……俺の感覚を信じてくれたあの人の声で目が覚めた」
「……!」
そう語る水瀬の瞳には、揺るぎない絶対の信頼が宿っていた。
「結局、俺たちは通報者の声を聞くことしか出来ないんだ。聞いて、聞いて、聞いて、最後まで足掻けば、助かる命もある」
「いのち……」
水瀬は小さく鼻で息を鳴らすと、未宙の顔を正面から見据えた。
「今回みたいにな」
「あ……」
「お前の聴取、中々良かったぞ。星凛も喉潰しかけてまで葉奈ちゃんを救った。今回の事件は、お前ら二人のおかげだよ」
「……!……水瀬さ―――」
ぶっきらぼうだが、これ以上ない温かい承認の言葉。
未宙の胸の奥が熱く込み上げた、その時だった―――。




