〈file4〉ひやあせ
「えぇ?でも、無人バスじゃないなら何に乗って……!」
星凛が声を張り上げて嘆く中、
未宙が混乱し、受電マイクを握りしめたまま立ち尽くす。
モニターに映し出された地図上のカーソルは、依然として冷たく点滅を繰り返すだけだ。
『後ね、ずっと……寒いの……』
「寒い?」
『うん。こおりの中にいるみたいな感じで……』
幼い声が震えている。
未宙は眉を寄せ、慌ててコンソールを叩いた。
「氷の中……。冷凍物料トラックか?」
「……いや、違う」
ボソリと落ちたのは、それまで静観していた水瀬の声だった。
「え?」
「トラックの中にしては音が響かな過ぎる。荷台ならエンジン音やロードノイズが聞こえてもおかしくないのに……。
もっと、別の何かに閉じ込められているんだ」
未宙が振り返ると、水瀬は両耳に掛けられたヘッドセットをぐっ、と押さえ、漏れ出るかすかな環境音に耳を澄ませていた。
「みな―――」
「星凛。静かに」
「兄さん……」
星凛が水瀬に言葉を掛けようとしても、後ろにいる和李から集中させろ、と止められる。
水瀬の背中に伸ばしかけた星凛の手は、あっけなく空中に浮かんで消えていった。
全員が息を呑んで見守る中、和李の視線は水瀬の背中から離される事はなく、ただ静かに、彼の感覚を信じて待っていた。
『……ゴトッ、ゴトッ』
スピーカーの向こうで、重い木枠が擦れ合うような音が響いた。
嫌な予感がする。
聞いたことがないはずなのに感じる、異様な気配に未宙も星凛も身構えた。
「……これだけじゃ、まだ確信に欠けるか……」
「水瀬、出ろ」
自分の記憶とデータの整合性をつけかねて、水瀬がポツリと呟いた、その時だった。
短く、だが指令室の静寂を切り裂くような確信に満ちた和李の声が飛ぶ。
「和李さん……。でも……っ」
水瀬は驚きに目を見張り、振り返りかけた。
いつもなら誰よりも水瀬の感覚の鋭さに気を配り、過剰な負荷をかけまいと気遣う和李が、まっすぐな眼差しで自分を見つめている。
その瞳の奥にあるのは、冷徹な指示ではなく、絶対的な信頼だった。
「自分の感覚を信じるんだ」
一音一音、鼓膜から胸の奥へと直接染み込んでくるような和李の言葉に、水瀬の喉がひくりと鳴った。
雑音に溢れたこの世界で、和李の声だけがいつも自分を正気繋ぎ止めてくれる。
「……わかりました。頬月、俺も受電する。画面と回線を共有しろ」
迷いを振り払うように、水瀬は受電用ウィンドウへと指を伸ばした。
「は、はい……!」
「もしもし、葉奈ちゃん。お兄さんの声聞こえるか?」
水瀬は自身のヘッドセットのスイッチを入れると、声音を落ち着いた低いトーンへと切り替えた。
『……うん』
「何回も悪いが、今葉奈ちゃんはどんな姿勢になってる?」
『……しせー……?』
淡々と問う水瀬の言葉に、受電口から返ってきたのはあまりにも予想外な一言だった。
「あぁ。座席に座っていたり、立っていたり……」
『……寝てる』
「……!?寝てる!?」
水瀬のキーボードを叩く指先がピタリと止まり、隣で画面を凝視していた未宙が思わず身を乗り出す。
「寝てる?なら、今葉奈ちゃんは床に寝転がっているんだな?」
『床っていうか……何か……変な所……狭くて……寒い……』
「車内で寝ている」という異常事態に、指令室の空間が再び不穏な緊張感に包まれる。
汗が頬を伝りながらも水瀬は表情ひとつ変えず、冷静に事実を掘り下げていく。
「……わかった。もう一つ。葉奈ちゃんは、どこから木や家が動いている様子を見てたんだ?」
『……上の四角い小さな窓。天井?が開いてて……そこから見えたの……。でも、蓋も付いてる……』
「……ありがとう。それが確認できただけ良かった」
水瀬はそっと目を閉じ、耳元に集中させた。
天井にある小さな窓。パタパタと揺れる木枠。そして四方を囲む狭い空間。
すべてのパズルが、頭の中で最悪の形を結ぶ。
『え……、?』
「じゃあ、最後に一つだけ。その変な場所に乗る前、葉奈ちゃんはどんな所で何をしていたのかわかるか?」
「狭くて寒い」。
そのキーワードが重なるにつれ、星凛の顔からみるみる血の気が引いていった。
記憶のデータベースの中で、ある一つの可能性が恐ろしいスピードで組み上がっていく。
『……お母さんやお兄ちゃんと……黒い所にいたの……。髪のない人が……ずーっとうーって変な事言ってて……。
おばあちゃんが寝てるの見て、お母さんもお父さんも、お兄ちゃんも泣いてた……。
お母さんが次は火のところに行くって言ってたなぁ……』
幼い子供だからこそ無邪気に語られたその光景の意味を理解した瞬間、未宙は息を呑み、星凛は目を見開いて立ち上がった。
「……わかった。ありがとう。葉奈ちゃん、もう疲れただろ?そのままゆっくり力を抜いていて大丈夫だ。お兄さん達が助けるからな」
『……うん』
通話口の向こうで安心した彼女の声を聞いた水瀬は、「保留」と書かれたウィンドウをタップしてこちらの声が相手に届かない様にした。
その鋭い瞳が捉えたのは、すべてを悟ったような和李の眼差しと、絶句したまま立ち尽くす未宙、そして脳内の記憶データを恐ろしい速度で走査している星凛の姿だった。
喉を固く鳴らし、水瀬は一音一音を噛み締めるように告げる。
「和李さん。この子、霊柩車の中の棺に閉じ込められています。
今すぐ来望街の警察に連絡して下さい。急がないと、火葬されてしまいます」
火葬。
その最悪のワードが指令室の空気を叩き切った―――……。




