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件名:街の通信指令センターで人助けをしていたら、何故か親友が殺人犯になって戻ってきました  作者: だるまつり゜
プロローグ.Ⅰ◣件名:何故か親友が殺人犯になって戻ってきました◥

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2/8

〈file2〉こくはく

「ひ、人を殺したって……どういう事……?」



星凛の瞳が泳ぐ。

冗談だと言って笑い飛ばしてほしくて未宙の顔を覗き込むが、そこに浮かんでいたのは、見たこともないほど冷え切った色だった。



「そのままの意味だよ。最近この辺りで科学研究所の所長が殺されたって事件があっただろ?それ、俺がやったから」


「嘘、だよね……?未宙はそう言うことする子じゃないじゃん……!俺を助けてくれて、いつも優しくて……真面目で……」



すがるような星凛の声に、未宙はフッと自嘲気味に口元を歪め、一歩後ずさる。



「だから、俺と関わっても幻滅するだけだぞ?俺はもう、星凛の知ってる頬月未宙じゃないからさ」


「……っ」


「おい」



息を詰まらせる星凛。

そんな凍りついた二人の間に割り込むように、一つの足音が近づいてきた。



「お前、何星凛とばっか話してんだよ。俺も一応お前の仕事仲間になるんだけど」


「あぁ、すみません。えっと、あなたは……」



呆れを含んだ視線の先で、未宙は戸惑いに眉をひそめた。



「水瀬。水瀬果暖。よろしく」


「……よろしくって言う割には遠くないですか?何でそんなに離れて……。それに、俺人殺しだって言ってるんですけど……」



未宙が指摘する通り、水瀬はきっかり一メートルほど離れた場所から動こうとしない。

しかしその瞳に恐怖や蔑みの色は一切なかった。



「?あぁ。それはもうわかった」



水瀬は心底どうでもよさそうに短く吐き捨てると、興味を失ったように視線を手元のディスプレイへと戻した。

そのあまりにも平然とした態度に、未宙は思わず口ぐもり、助けを求めるように星凛と和李の顔を見比べる。

だが、二人とも「いつものことだ」と言わんばかりの苦笑いを浮かべているだけだった。



「いや、わかったじゃなくて、俺が言うのも何ですけど、警察に通報しようって思わないんですか……?」



未宙の声には、困惑とかすかな焦りが混じっていた。自ら「人殺し」と名乗った自分に対して、怯えるでもなく、怒るでもなく、ただ「業務の邪魔だ」とでも言いたげな態度をとられたのは生きていて初めてのことだった。

しかし水瀬は、キーボードを叩く手を止めることすらしない。



「?お前はこれからここで働くって和李さんがさっき言ってたから、別に通報とかしない。面倒くさいし、どうでも良い」



淡々と言い放つ水瀬の横顔には、嘘も偽りも、気負いすらなかった。彼にとっての絶対的基準は『和李が言ったかどうか』であり、目の前の少年が殺人犯かどうかも、その基準の前では誤差に過ぎないのだ。



「変な人……」


「はぁ、?」



ポツリと漏れ出た未宙の本音に、水瀬の指先がピタリと止まった。

ゆっくりと首だけが未宙の方へと向き直る。


低く響いた声音には、わずかに不機嫌そうな棘が含まれていた。



「はいはい、そこまで!とにかく、今日から未宙くんがこの8-Signalの仲間になるからな。みんな、仲良くするんだぞ」



凍りつきかけた空間を弾き飛ばすように、パンッと手を叩いたのは和李だった。

彼はいつもの柔らかな微笑みを浮かべながら二人の間にスッと割り込み、未宙の背中をポンポンと優しく叩く。

一方の水瀬は、和李に制されると「チッ」と聞こえないほどの小さな舌打ちを残し、素直に自分のデスクへと引いていった。



「はーい」


「それじゃあ席につけー。未宙くんの席はここだからな」



星凛が軽快に返事をし、和李は未宙に向かって手招きをする。



「は、はい」


「……良くわからないでしょ?あの先輩」


「星凛……」



案内されたのは、星凛のすぐ隣のデスクだった。

未宙がおずおずと椅子に腰を下ろすと、待ち構えていた星凛が椅子ごと滑るように距離を詰めてくる。



「俺も初めて会ったときは困惑したなぁ……。無愛想で、何考えてるか分からないくせに、兄さんの事ばかり見てる変人!

あんなに怖くてヤクザみたいな水瀬だけど、頭の中はぜーんぶ兄さんで埋まってる変な人なだけだから、安心して!」



星凛は呆れたように肩をすくめつつも、その口元にはどこか慈しむような笑みを浮かべていた。

離れた場所でディスプレイに向き合う水瀬の背中を一瞥し、それから少し声を落として未宙に囁く。



「……」


「でも、悪い人じゃないから」


「それはまぁ……見てたらわかる」



未宙は、自分から異常に離れた場所に座り、淡々とキーボードを叩く小柄な先輩の横顔を静かに見つめた。

そこには自分に向ける警戒や恐怖は微塵もなく、ただ『宵街和李』という絶対的な軸だけが存在している。



「ふふ。……じゃあ、未宙も悪い人じゃないでしょ?」


「え、?」



そう言って、星凛は悪戯っぽく破顔した。

距離感をあっさりと無視して身を乗り出してきた星凛の瞳には、一切の疑いや恐怖が含まれていない。



「誰かに濡れ衣着せられたんだよね?大丈夫だよ、前の未宙には戻れなくても、俺はずっと信じてるから」


「……ははっ、星凛も変なの」



ただ澄み渡るようなまっすぐな温かさだけがそこにあった。

突然の言葉と、そのあまりにも近すぎる距離に、未宙は思わず息を飲んで身を引く。



「えぇ〜、俺は変じゃないよ〜!」


「変だろ、普通俺みたいな奴のこと信じないって」


「仲間だったら信じるでしょ〜」



ぷっと吹き出すように笑った未宙の横顔を見て、星凛は安心したように大きく肩の力を抜いた。

二人の間に流れるのは、どこか懐かしく、穏やかな時間だ。


だが——指令室の少し離れた一角。

キーボードを叩く音を小さく響かせながら、和李は静かに水瀬の隣へと歩み寄っていた。

周囲には聞こえないほどの低いトーンで、和李が言葉を零す。



「……」


「……ありがとう、水瀬」



和李はディスプレイに向かって淡々とキーボードを叩く水瀬の横顔を、静かに見下ろした。

指先ひとつ触れることすら躊躇うような間合いを保ったまま、和李は周囲に聞こえない低く甘いトーンで言葉を零す。



「……!な、何ですか急に……」


「何も言えなくなった星凛のために、わざわざ変人役を買って出てくれたんだろう?流石、水瀬は周りを良く見てるな」



和李の言葉に、水瀬はキーボードを叩く指を一瞬だけ止め、わずかに眉を寄せた。

自分としてはただ、過去の自分と重ね合わせて身体が勝手に動いただけだ。

深い意図や和李が考えているような考え何て物は水瀬のなかに存在しない。



「別に……。あいつが昔の俺と同じ顔してたから気になっただけ、です……」



自分の視界のすべてを占めている男から向けられるまっすぐな称賛に、水瀬は誤魔化すように小さく息を吐き捨てた。



「……はは、そうか」


「笑わないでくださいよ……」



不服そうに唇を尖らせ、水瀬はそっぽを向くように視線をディスプレイの端へと逃がした。

わずかに赤くなった耳たぶを隠すように、インカムの位置を無意味に直している。



「いや、悪い。……確かに、今の未宙くんはあの時のお前と似たような顔をしていた、と思ってな」



そんな不器用な後輩の横顔を、和李は愛おしさと、それを遥かに上回る暗い執着の混ざり合った瞳で見つめた。

自分が差し伸べた手を握り、自分だけを頼って生きてきた少年。その幼い影が、目の前の未宙と重なる。



「絶望して、どこにも居場所何てなくて、すべてを諦めた、そんな顔だった。……」


「……そうですよ。でも、あいつには星凛がいるから大丈夫だと思います。

……俺の隣にずっと、和李さんがいてくれたように」



——ドクン、と和李の胸の奥で何かが酷く脈打った。


無自覚に、何の疑いもなく自分への全幅の信頼と依存を口にした水瀬。

和李の指先がかすかに震え、喉の奥がカラカラに干からびる。

視界に映る水瀬の首筋から目が離せなくなり、和李の頭から周囲の音が一瞬で吹き飛んだ。


一方の水瀬は、言葉の真意など何一つ気づいていない。

自分にとっては「昔救ってもらった事実」をそのまま口にしただけのつもりだった。



「……〜〜〜〜っ、なっ……」


「……な、何か言って下さいよ……」



あまりにも長すぎる沈黙。

あまりにも重すぎる和李の熱視線に耐えかねて、水瀬は不審そうに口を開いた。



「……水瀬が変な事を言うからだろう」


「?変な事?」


「お前っ……、俺がどれだけ水瀬の事……!」



ぐっと言葉を呑み込んだ和李の喉仏が、苦しそうに大きく上下した。

向けられた無垢で無自覚な瞳。

自分だけを全幅の絶対者として信じ切っている水瀬の無防備な立ち姿が、和李の胸の奥に潜む醜い独占欲を苛烈に煽り立てる。



「?」



しかし、葛藤し続けている和李とは対照的に、水瀬はただ、理解不能と言いたげに首をかしげている。



「……はぁ。ったく、わかんねぇならもう仕事するぞ……。お前、どうせ今日も俺ん家来るんだろうし、話はその時でいい。ウィンドウを起動させろ」



あまりにも一方的に熱をぶつけられ、ついていけない水瀬は、ただただ困惑するしかなかった。



「あ、はい。えっと―――……」



不器用な思考回路をぐるぐると巡らせてみても、到底その答えには辿り着きそうにない。

水瀬は諦めたように短く息を吐くと、キーボードへ指を走らせた、その時だった。


背後から落とされたのは、いつもの『チーフ』としての声でも、頼れる『幼馴染』の声でもない。

喉の奥で押し潰されたような、どこか苦しげで、熱を帯びた和李の声。

異様な気配に振り返ろうと、水瀬はキーボードを叩く指を止める。



「……水瀬」


「え、あ、まだ起動出来てないので、もう少しだけ待ってくださ―――」



言い終わるより早く、鼓膜を揺らしたのは、冷たいほどの切実さを孕んだ囁きだった。



「俺の隣にいて良いのはお前〝だけ〟だからな」


「―――え……、」



心臓が跳ねるような感覚に、水瀬の言葉が途切れる。

視線を向ければ、和李はすでに何事もなかったかのようにすっと体を起こし、自分の席に戻りながら指令室全体へと明るい声を張り上げていた。

告白の余韻を残す暇さえ与えない、完璧すぎる『いつものチーフ』の顔で。



「二人とも〜!ウィンドウ起動させたから仕事始めるぞ〜!星凛は未宙くんにやり方、教えてあげろよ!教育係なんだから!」


「えぇ〜!兄さん、未宙の歓迎会とかしよーよ!」



星凛が椅子の上で不満げに体を揺らし、隣の未宙も「いや、俺は別に……」と気まずそうに手を振る。

しかし和李は、二人の視線を遮るようにパンと軽快に手を叩いてみせた。



「今はとにかく仕事だ!この街で困っている人がいるかもしれないんだぞー!」


「ケチー!」



ブーブーと文句を言う弟を笑顔でいなしながら、和李は自席へと戻る足でこっそりと自分の額を押さえた。

額にはじわりと冷や汗が滲み、胸の奥では激しい動悸が収まっていない。



「……とにかく仕事、か。……我ながら情けねぇ……。ッチ、切り替えるんだ、このバカ野郎!」



自分の頬を両手で叩き、自分自身を叱咤するように呟く和李の姿に、星凛がジト目を向ける。



「兄さんうるさいんだけどー」



星凛の呆れ顔も、職場の明るい喧騒も、今の水瀬にはどこか遠い世界の出来事のように聞こえていた。

固まった指先で起動したディスプレイを凝視しながら、水瀬の頭の中では、先ほど耳元で落ちた和李の声だけが延々とリフレインしている。



「……?俺だけって……どういう事だ……??」

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