第84話
アストラディアから帰り、間髪入れずに仕事に出る。
小澤の机の上には、以前生活安全課から受け取った二件の行方不明者資料が並んでいた。
一人は海藤。
バソコンの解析はまだ終わってないらしく、もう少し時間がかかるそうだ。
そしてもう一人が――甲斐道あさり。
海藤については既にかなり調べた。
家族への聴取に高校時代の先生からの証言。
剣道をやり、正義感が強く、読めない本を所持している、現状、勇者として怪しいのはこの男だ。
ルクスから本を渡されていることからも、異世界に渡った人物として考えても違和感がない。
だが、甲斐道についてはまだほとんど調べていない。
「警~部♪」
向かいから鴨志田が声を掛ける。
何とも楽しそうな声色に一瞬、イラッとするがここは堪える。
「何見てんすか?ああ。例の資料っすね。今日はこっちっすか?」
そう言いながら甲斐道の資料を指差した。
「……ああ。念の為な」
「でも正直、海藤の方が怪しくないっすか?物語の勇者といえば、みたいな性格じゃないっすか」
「……俺もそう思う。が、調べるのが俺たちの仕事だ」
そう言いながら席を立ち、鴨志田の肩を叩く。
甲斐道の経歴を見る限り、どうにも普通すぎる。
中学、高校はバレー部に所属し、インターハイに出場はしている。
だが、本人はレギュラーではなく、あくまでピンチサーバーだったらしい。
大学は一浪して明誠大学へ進学。
ここは、高橋や海藤と同じで何かしらの縁を感じるところだが、例のサークルには所属していない。
卒業後は都立高校の英語教師として勤務している。
こうやって見ると、目立った経歴は何もない。
「……特に変わったところはない、一般人だな」
「っすよねぇ」
鴨志田と本庁の玄関に向けて歩きながら情報を整理する。
「まあ、念のためだ。行くぞ」
最初に向かったのは明誠大学だった。
海藤の時にも名前が出てきた大学であり、高橋も通っていた。
そして、五年前に甲斐道も通っていた。
今回の事件はこの大学が深く関わっているのかと疑いたくなるほど、この大学は縁が深い。
大学側に事情を説明し、当時を知る教員や卒業生への連絡を取り次いでもらう。
その中で会えたのは、甲斐道と同じゼミだったという現在、大学で助教授となっている男性だった。
「甲斐道ですか?」
意外な人物の名前を聞いて一瞬驚いていたが、懐かしそうに笑う。
「いましたね。懐かしいなぁ。」
「……現在、彼女は行方不明となっておりまして。何か知っていることでもあればとお聞きしているところです」
「……マジですか。些細なことで逃げるような奴じゃないと思うんすけど」
「君と彼女はどういう関係?」
「同じゼミの仲間ですね。特に親しいわけでもないですけど、甲斐道と親しいやつなんていたかな?」
その言葉に違和感を感じていると、それを察して、男は少し考えた後、苦笑した。
「別にハブっていた訳じゃないんですよ。ただ、どこか他人と線を引いている、そんな感じの人でした」
「線?」
「自分のことは話したがらないというか、他人の話の時はガンガン来るのに、自分の話はどこか曖昧ではぐらかしてて。気のいいやつではあったので、嫌いな奴はいないと思いますよ」
男は顎に手を当てて、大学入学時のエピソードを話してくれる。
「彼女の場合、今の写真見ると分からないと思いますけど、入学当初は敬遠する人多かったんじゃないかと思いますね」
「何故だ?」
「地味子だったんですよ」
男はその当時を思い出して笑いだした。
「……すみません。でも、本当に真面目ちゃんなスタイルだったんですよ。黒髪で、後ろで髪を纏めて、目立たなくて、丸メガネしてて。服装も地味ってか、ザ▪️田舎者みたいな……」
鴨志田と顔を見合わせる。
今資料にある写真とはまるで印象が違う。
「……じゃあ、いつ変わったんだ?」
「詳しくは知らないですけど、二年のゼミ体験の時には今のスタイルでしたね。なので、一年くらい経った頃ですね」
「……会ってなかったのか?」
「専攻が違いましたからね。あっちは英文学、俺は教育なので。ただ、最終的にはゼミが一緒になりましたけど」
「……なるほど」
「そんなわけで、俺が久々に会った時は金髪でした」
「その頃には今の彼女だったわけか」
「ええ。みんな驚きました」
その後も、当時を知るゼミの先生に話を聞くも、出てくる証言は似たようなものだった。
新しい話といえば、飲み会へはほぼ参加し、後輩に好かれていた人物であったこと。
「完全に陽キャっすね。ギャルまっしぐらっすよ」
鴨志田が呟く。
少なくとも、真面目で硬派な海藤とはまるで違う印象を受ける。
ここまでの話では、真逆の話しか聞けていない。
最後にたまたま、ゼミの先生が連絡を取ってくれ、話を聞かせてくれるという甲斐道の後輩から話を聞くことができた。
「……金髪にした要因は何か、聞いていないか?」
すると、手を叩いて思い出したように口を開く。
「ああ!」
「……何か思い出したか?」
「飲んでいた時に話してくれたことがあって。確か、憧れてた先輩がいたみたいですよ」
「……先輩?」
「はい」
男は笑いながら答えた。
「確か、名前は……そうそう。鴨志田先輩って人だったと」
目線を横をやる。
珍しく鴨志田が固まっていた。
「……誰?」
「鴨志田さんです。あれ?その雰囲気からすると、鴨志田さんを知っているんですか?」
「……えっと……あ……俺も鴨志田です」
「……そうなんですね」
「聞きたいんだけど、学部とか聞いてる?」
「確か……経済だったかな?」
鴨志田が頭を抱え込んでしまった。
思わずその頭を叩き、突っ込んでしまった。
男は続ける。
「甲斐道さん、よく言ってましたよ『ああいう人になりたい』って」
「いやいやいや」
鴨志田が首を振る。
「何で俺なんすか」
「何か思い当たる節はないのか?」
「え?鴨志田先輩は、大学じゃ結構有名でしたよ?」
「そんな記憶ないっす……」
本当に覚えていないらしい。
だが男は本気だった。
「誰とでもすぐ話せて仲良くなれるし、普段は全く勉強してない風なのにレポートとかはきっちり仕上げていて、飲み会の中心にいるし、後輩の面倒見も良かったですから」
「……よ!有名人」
「いや、茶化さないでくださいっすよ……」
「そんな鴨志田先輩に憧れてたんだと思いますよ」
その言葉だけは耳に残った。
大学を出た後、次は甲斐道の実家へ向かった。
事前に電話して伺うことを伝えていたため、母親は警察手帳を見ると驚いたものの、話には快く応じてくれた。
「わざわざありがとうございます。娘がまだ見つかっていないのは残念ですが、お話できることは何でも聞いてください」
「では、娘さんは大学で変わったとお聞きしたんですが……」
「確かに見た目は大学で変わりましたね」
母親は当時のことを振り返り、その経緯を話してくれる。
当時、彼女は高校までは真面目に生きてきたものの、自分の殻を破れずに過ごしていたらしい。
中学、高校とバレーで補欠だったのは、コミュニケーションを他人と取るのが苦手だったからで、身体能力だけは高かったそうだ。
ただ、大学の一年夏前に大学のキャンパスで彼女の転機が訪れる。
仲間とワイワイ騒いでいる鴨志田との初邂逅。
ただのチャラ男なら彼女に衝撃はなかっただろうが、鴨志田はなんだかんだと弁える所は弁える奴だ。
そんなところに惹かれたらしく、真似するようになったようだ。
「髪を金髪に染めてメガネをコンタクトにして。そしたら話しかけてくれる人が増えて友人ができて。その影響で少しずつ明るくなって」
それだけ聞けば良い話だ。
だが――母親は少し視線を落とした。
「元の性格を考えると、無理をしていたようにも見えました」
「無理?」
「はい」
しばらく黙る。
そして静かに続けた。
「昔は大人しい子でしたから。本人としても変えたいと言っていたコンプレックスを感じていた部分で、いい方向に向かったと思っています。ただ、急だったので。だから心配で」
「……鴨志田。何、縮こまってんだ?」
「社会人になってからも明るく振る舞うことは継続していて。ただ、家に帰ると疲れた顔をしていることもありました」
鴨志田は黙って聞いていた。
自分が悪影響を与えてしまったと思っているのか、本来の良さが無くなってしまっている。
その鴨志田を肘で突いて、胸を張らせる。
「でも本人は毎日、楽しそうでした。だから私も何も言えなくて……」
母親は小さく笑った。
「でも、その目指した人からはいい影響を受けたと思っています。そのお陰で、先生として生徒から好かれているんですから」
警視庁へ戻る頃には夕方になっていた。
机の上へ資料を並べる。
海藤と甲斐道。
改めて、聞いたことをメモにして、並べて確認する。
海藤は性格もこれまでの人生も、もっとも勇者っぽい雰囲気を感じる。
対して、甲斐道も勇者ではないが、彼女のエピソードは成り上がりとしては主人公と言える。
その転機は大学、相手は鴨志田、か。
「さっきはありがとうございました。俺の所為かもって思っちゃって。親御さんの顔、見れなかったっす。でも、聞いてて思ったんすけど、やっぱ海藤っすよ」
鴨志田が言う。
「俺もそう思うが――」
だが――心のどこかに違和感が残る。
アイリの言っていた、"弱かった""いつもボロボロだった""誰かを助けていた"という部分。
<武術の心得があり、チームワークを重視する海藤>と<身体能力は高いものの心得は皆無だが、あまり人と付き合いが良くない甲斐道>か……
「……どちらもどっち、だな」
そう呟きながら資料を閉じる。
だが、その違和感だけは、最後まで消えることはなかった。




