第83話
捕らえた黒装束たちは、冒険者ギルドの地下倉庫に運び込まれた。
本来は荷物を置くための場所らしいが、このギルドには牢屋のようなものはないので、したかなく簡易的な拘束場所として使わせてもらう。
高速できた人数は十三人。
全員、手足を縛り、武器も外し、口の中まで確認済み。
昨日、自決した者がいた以上、念入りに調べているがまだまだ油断はできない。
「……本当にこいつら全員を一人で倒したのかよ」
ディナが呆れたように呟く。
「……倒してないさ。ただ、無力化しただけだ。こういったことは嫌でも叩き込まれたからな」
「聞かないことにするよ」
ディナがひきつった顔を見て、これ以上の詮索は止めてくれた。
……警察学校での日々なんて、思い出したくもない。
連れてこられた黒装束たちは床に座らされていた。
中にはまだ意識がはっきりしていない者もいる。
少しやりすぎたかもしれない……
だが、相手は暗殺者まがいの連中だ。
下手に手を抜けば、こちらが殺されていた可能性もある。
「まずは話を聞きましょう」
ユズが静かに言う。
その隣ではナーレが不安そうな顔をしていた。
街の中で、これほどの人数が暗躍していたのだ。
不安にならない方がおかしい。
「誰の差し金だ?」
問い掛けるが、誰も答えない。
「巫女か?」
「……」
「魔王ボロスか?」
「……」
「ヴェルデナか?」
「……」
真顔でこちらを見ている様は、まるで石像のようだ。
ポーカーフェイスここに究めりで、表情も一切変えない。
視線すら動かさず、こちらをずっと見ている。
「……なんでしょう?覚悟が決まっている、というより――」
アズラが静かに黒装束に近付いた。
抵抗を見せる黒装束だが身動きが取れず、アズラにされるがまま。
「少し妙ですね」
「妙?」
「はい」
アズラは次々と黒装束を見てわまり、最後の一人の前にしゃがみ込む。
すると、いきなり顎を掴み、口を開かせた。
数秒後、その表情が僅かに曇る。
「なるほど。これまた酷いことを」
「……何が分かった?」
「声帯が潰されています」
「は?」
ディナが眉をひそめる。
「喉を焼かれています。おそらく、最初から喋れないようにされていたのでしょう。加えて、恐怖心等のメンタル面も何かで縛っているようです」
「……そんな」
アイリが小さく呟いた。
サーシャも顔をしかめている。
「……治せるのか?」
「難しいですね。声帯はまだ可能性はありますが、心となると……」
アズラは首を振った。
「かといって、治して終わりにはならなそうなんですよね。この人たちは、操り人形なので。誰が主人が分かりませんが、用意周到さはかなりのものです」
つまり、彼らは口を割らないのではない。
最初から話せないようにされている。
「……徹底してるな」
「ええ」
「……もし、この中に保護されたい者がいるなら、頷いてくれないか?」
操り人形のまま生きるのは辛いだろう。
そう思っての提案に、全員が頷いた。
言葉が駄目なら、質問を変えればいい。
「これから質問する。それに対して正直に頷いてほしい。今の所有者の意に反するとか考える前に、まずは生きる可能性を見出してくれ?いいか?」
これに対しても、また一様に頷く。
俺は黒装束の一人の前に立った。
「答えられるなら頷け。違うなら首を振れ」
黒装束はしばらくこちらを見ていた。
やがて、僅かに頷いた。
「お前たちは魔王ボロスの配下か?」
首を振る。
「巫女の配下か?」
首を振る。
「ヴェルデナ魔王軍か?」
首を振る。
全員が顔を見合わせる。
ここまで全部違う。
「なら――」
ここまで全て違うとなれば、可能性としてあるのは一つだけ。
「"勇者の雫"の研究と関係があるか?」
黒装束は頷いた。
地下倉庫が静まり返る。
他のメンバーは分からなくてもしょうがない。
一人納得しているが、今は説明している暇はない。
ラグナードの地下で見たもの。
それらが一気に頭の中で繋がる。
「……やっぱりか」
小さく呟く。
「目的は俺か?」
首を振る。
「アズラか?」
首を振る。
「アステリアか?」
首を振る。
「ノクスか?」
首を振る。
「では――」
ユズが一歩前へ出る。
「目的は、その……勇者、ですか?」
黒装束は頷いた。
これに対して驚いているのはアズラだった。
魔王と勇者といえば、物語では因縁深いものがある。
それはこの世界でも同じなのだろうか……
すると、アズラが黒装束に質問する。
「あなた方は勇者がどこにいるか知っているのですしょうか?」
首を振る。
「……存在は確認されているのでしょうか?勇者の名前、容姿、何でもいいのですが、誰なのかは知っているのでしょうか?」
矢継ぎ早の質問に黒装束も驚いたものの、一つ目を頷き、残りは首を振る。
「……存在は確認している。でも、誰だか分からない……もしかして、おびき出そうとしていたのですしょうか?」
黒装束は頷いた。
嫌な沈黙が流れる。
アズラの表情は険しいままだ。
ここは空気を変えるために違う質問を投げかける。
「魔物の群れはお前たちの仕業か?」
頷く。
「ピレネを崩壊させるつもりだったのか?」
首を振る。
「違うのか……」
ディナが低く呟く。
「なら、目的は岩龍もしくはロックドラゴンを消耗させることか?」
黒装束は迷わず頷いた。
その瞬間、オルディスの言葉が脳裏に蘇る。
ロックドラゴンを酷使する巫女。
ロックドラゴンの所為で攻め切れない魔物の群れ。
ロックドラゴンは腐ってもドラゴン、他の魔物よりも能力は高いと推察できる。
街が守りきられるという結果は、簡単に予想できる。
だが、もし目的が街の破壊ではなく、ロックドラゴンを消耗させることなら、辻褄は合う。
「……胸糞悪いな」
ディナが吐き捨てる。
こんな嫌がらせのような陰湿な攻撃は正攻法が好きなディナとしては認められないのだろう。
もちろん、声には出さないものの、好ましくない方法という部分は皆の共通認識であっからか、誰も否定しなかった。
「まだ聞きたいことはありますが……」
アズラが黒装束たちを見渡す。
「今日はここまでですね」
「……よいのですか?」
「ユズさん、見てください。ゼロ様にやられた直後のので、もうフラフラしてます。これ以上は無理です」
アズラは首を振った。
「ここは一旦お休みいただきましよう。皆さんの身柄は私が保証します。魔王アズラの名のもとに」
黒装束たちを見る。
確かに呼吸が荒い者もいる。
意識を保つのがやっとの者もいた。
情報源を失うわけにはいかない。
「……水と食事を与えてくれ。粗末なものじゃなく、普通のもの、な」
ナーレが驚いた顔をした。
「よろしいのですか?」
「……魔王の名のもとに保護するって言われたら、丁重に扱うしかないだろ?それとも、ギルドは魔王アズラと一戦交えたいのか?」
「……分かりました」
ナーレは駆け足で地上に戻っていく。
(……アズラ。全員引き取る気か。それが吉と出るか、凶と出るか)
◇
尋問の結果をナーレも含め整理する。
ナーレは事務室から羊皮紙を持ってきて、さっき話された内容を書き連ねていく。
「魔物の群れが……人為的なもの……」
「しかも、街を壊すためではない」
ユズが静かに補足する。
「ロックドラゴンを消耗させるため、ですね」
書いていて何か分かったのか、ナーレは震える手で口元を押さえた。
「もしかして……」
「何か心当たりが?」
アズラが尋ねる。
ナーレは迷った後、ゆっくり頷いた。
「前にお話しましたが、巫女様は誰かとお話されていました。街の小さな家だそうですが、そこ場所に何か秘密があるのでは?と」
「……何故、そう思う?」
「理由はいくつかあります」
ナーレの声は自信がないからか、小さい。
しかし、彼女の中でパズルが組み上がって来ているのだろう。
「一つは、昔の巫女様と今の巫女様は別人のように変わられたというところです。昔の巫女様であれば、ロックドラゴンを酷使するなんてしませんでした」
オルディスの不満そのものだった。
「もし、巫女様が誰かに操られているとしたら、ロックドラゴンの酷使は、その会っていた誰か、になるかな?と」
その言葉に全員が視線を向ける。
「……それはまだ断定できないだろ?」
「はい。でも、前の巫女様は子供たちに読み書きを教えてくださったり、怪我人が出ればすぐに駆け付けたり、誰よりも街のことを考えていました」
だからこそ、街の人々は巫女を信じた。
だからこそ、今も強く否定できない。
「今の巫女様を見て、皆がおかしいと思っています」
ナーレの声が震える。
「もうひとつは、この街に伝わる伝承です」
伝承?
そんなものがあったとは聞いていなかった。
「岩龍が危機に陥りしとき、龍の守護たる勇者、現れん」
「……勇者」
「はい……ただ、ここで言う勇者は本物の勇者ではないと言われています」
「……まさか?」
「……可能性はありえます」
アステリアから聞いていた話とこちらは合致する。
黒髪のヒューマンがこちらに向かっている可能性があるということ。
「その"勇者の雫"がなんなのか分かりませんが、伝承の勇者を呼ばすためにこの事態を引き起こしているとしたら――」
それだけでは判断できない。
だが、嫌な予感だけは増していく。
暗い空気が場を支配するが、アズラが手を叩き一言。
「ありがとうございます。色々分かってきましたが、頭を冷やすこともまた必要です。なので、今日は休みましょう」
情報は増えた。
だが分からないことはさらに増えた。
ただ分かるのは、全ての線がピレネへ集まっていることだけだ。
◇
ノクスの面々は先に休ませたその頃。
ラグナードから北へ続く街道。
一人の黒髪のヒューマンが歩いていた。
青い剣を抱え、ふらつく足取りで、それでも足を止めない。
胸の奥が鳴っている。
ドクン。
ドクン。
何かに呼ばれている、急かされている。
そんな気がする。
こんなことになったのは初めてで、理由はさっぱり分からない。
何が待っているのかも分からない。
それでも――
「……もう少し、かな」
ヒューマンは小さく呟いた。
夜風が黒髪を揺らす。
遠くに見える山脈の向こう。
そこへ向かって、ゆっくりと歩き続けた。




