間章3 それぞれの新しい生活
一通りアストラディアの話が終わった後、エレナがそのまま残って欲しいと申し出があった。
何が始まるのかと思えば、ノクスが見ていた不動産の話だった。
彼女たちは着々と日本に馴染もうとしている。
その光景がとても嬉しく思う
「それでは始めますね」
エリナが書類を机に並べる。
アステリアとノクスの面々が自然と視線を向けた。
「まずはノクスの皆さんの話です。朝から不動産の資料を見てもらっていますが、どうでしたか?」
「……本当に必要なのでしょうか?」
ユズが首を傾げる。
「はい。皆さんもそろそろ独立した拠点を持った方が良いと思います。いつまでもここに居るのは居心地いいかもですが、それぞれの部屋も欲しいでしょ?」
その言葉にノクスの面々が顔を見合わせた。
奴隷契約して日本に同行するようになってから、アステリアの部屋の一部を借りている形らしい。
だが、ノクスはまだ日が浅いとはいえ、エレナたちアステリアは日本での生活に十分慣れてアドバイスできるぐらいだ。
セラも頷いていることからすると、資金面でも問題ないのだろう。
「なぁ、それって家を買うってことか?先輩たちみたいに?」
ディナが聞く。
「購入でも賃貸でも構いません。ですが、日本側にも拠点は必要でしょう?これから生活することになる可能性が高いわけですし」
それは誰も反論できなかった。
異世界へ行ったり来たりする生活になっている以上、日本での生活基盤も必要になる。
「では見に行きましょうか」
こうして一行は不動産会社へ向かうことになった。
◇
「広いですね……」
アイリが目を丸くする。
まず向かったのは賃貸を取り扱っている不動産。
ノクス側の要望は、アステリアのマンションから近い場所、つまりは前回アステリアと内見した物件とほぼ変わらない。
最初に案内されたマンションは3LDK。
「ここがリビングになります」
担当者が説明を続ける。
今回の主役はノクスなので、アステリアは適当に部屋の見学をしている。
そんな中、ユズは真剣な顔でメモを取っていて、キューリーは担当者と細かな部分を確認している。
(……いつの間にかそれぞれ役割が出来つつあるな)
サーシャはキッチンを見て感動していた。
「凄いです……これがIH。火を使わずに料理できるんですね……」
「でもよ、火を使った方が料理も上手くなるんじゃないか?アステリアのとこは火だったよな?」
そこは人それぞれの好みの部分だな、と聞いてて思うが、担当者がそれぞれの利点を一生懸命に説明している。
その横ではカリンが別の意味で目を輝かせていた。
「……ここの部屋は音があまり反響しないのですね」
「こちらは防音室ですね。なかなかこういったお部屋が完備された所はありません」
この物件の推しの一つなのだろう。
本来ならピアノや配信等で使うのだろうが、ノクスには必要なさそうに見える。
その後、何件か見て回った結果、賃貸ではなくアステリアと同じマンションの一室を購入することで話がまとまった。
たまたま空いていたにしては出来すぎだが、これも何かの縁なのだろう。
「ここが私たちの家ですね」
ユズが小さく呟く。
誰も否定しなかった。
異世界で居場所を失った六人。
そんな彼女たちが初めて手に入れた、自分たちの家だった。
◇
ノクスの面々は家具や生活用品を買いに行ってしまったので、一度アステリアの部屋へと戻る。
エリナが今度はアステリアへ向き直る。
「次は私たちです」
「私たち?」
セラが聞き返す。
「ルクスさんから紹介があったのですが、学校へ通いませんか?」
一瞬、全員の動きが止まった。
ルクスもアステリアに対して色々と支援してくれているのは知っていたが、教育を受けるようにしていたのは驚いた。
「学校?」
ミアが嫌そうな顔をする。
「日本の教育機関です。私たちの年齢なら通えるそうです」
「私は興味があります」
真っ先に手を挙げたのはセラだった。
「こちらの教育には興味がありました。読み書き、計算、それからあちらでは見れない科学。全て学ぶのは難しいでしょうけど、こちらの良い事を学んでおくのに越したことはありません」
「……では、セラさんは通う方向で」
「ありがとうございます」
即答だった。
確かに日本の教育はあちらでは学べないことも多いだろう。
それを経験して、今後に活かしていけるならその選択肢もありだろう。
フィアも興味深そうに頷く。
「学生生活……少し憧れます。私たちの村はそのようなものはなかったので」
ルナは首を傾げる。
「……学校、楽しい?」
「ルクスさんから聞いたところによると、年齢が上がるに連れて学ぶことのレベルは上がっていくそうですが、文学、計算、道徳、科学等、科目は多いようですね」
ルナはエレナの言っていることが理解できなかったのか首を傾げている。
その様子を見て、エリナは苦笑した。
そんな中、リリアだけは別のことを気にしていた。
「ご主人様も来る?」
「……卒業したからな。年齢的にも通えないさ。とはいえ、友人が増えたり、知識が得られたり、これから生きていく中で必要なことを学ぶチャンスではあるから、いいと思うぞ」
リリアは露骨に残念そうな顔をした。
「……興味ない」
「……リリアはまだ将来があるんだから、このチャンスは逃さない方がいいと思うぞ?」
「……アストラディアで貴族の学校は行ってた。だから、いい」
「……日本で生活したいなら、行ってほしいな」
何故か説得する側に回ってしまった。
たが、言葉にしたことは本心であり、アステリアの面々には色々学んで欲しい。
リリアは不満そうだったが、こちらの意図を汲んだのか反論はしなかった。
ほぼ全員が学校に通う方向に話が進んでいたが、エレナは発言をしていなかった。
そこで話を振ってみたのだが――
「私は遠慮しておきます」
「……なんでだ?」
小澤が聞く。
「家のこと、パーティのこと、ノクスのこと。やることは多いので時間がありません」
それは本音なのだろう。
エレナはこの短期間見てきて一番頭の回る、頼もしい仲間とは思っている。
が、中身は十五歳の女の子。
まだまだ経験しなければならないことも多い。
「後回しでいい」
「でも――」
「……エレナも十五歳だろ。学校くらい行っとけ」
「分かりました。ご主人様がそういうのであれば」
エレナもまた不満そうだが、リリアとは別の感情も感じれる。
これでアステリア全員が学校に通う方向になった訳だが、エレナから「ご主人様。こちらの書類にサインください」と手渡された書類を見て、後悔する。
編入届や各種書類……
子どもがいないので初の体験になる訳だが、面倒なことこの上ない。
それから数日後、必要な書類を書き終え、ルクス経由で出された書類によってアステリアは無事、それぞれの高校に編入することができた。
◇
それからまた数日後。
秋からの通学のために制服採寸のため、指定された学生服を買いに来ている。
ノクスの面々はやっと日本の生活に慣れてきたところだが、まだ編入を進める気はなさそうだ。
それぞれの生活が始まり、少しずつ形になっている。
今日だけは少しだけ未来の話をしても良いだろう。
日本の夜景が窓の外で静かに輝いていた。




