第79話
オルディスと別れた後、私たちはピレネに向かって再び洞窟を下っていた。
「それにしても、本当に街へ繋がっているんだな」
ディナが周囲を見回しながら呟く。
「こちら側は昔から使われているのです。岩龍の巫女が祈りに使う道ですからね」
アズラが答える。
「あとは、ピレネが危機に陥った時の避難経路でもあります」
「それを堂々と教えて良いのか?」
「ゼロさんたちなら問題ないでしょう?」
そう言って笑う。
相変わらず警戒心があるのかないのか分からない。
やがて洞窟は緩やかになり、人が通った痕跡も見え始める。
どうやら本当に街へ続いているらしい。
そして――
「見えました」
アズラが指差す。
そこにはピレネの裏門があった。
正面の大きな門とは違い、簡素で小さな門だ。
「……ここから入るのか?」
ディナが眉をひそめた。
門に前にも街の中にも人の影がない。
というより、この辺りに人がいる雰囲気がない。
「……どうしたのでしょうね?」
アズラが首を傾げる。
本来なら見張りの兵士がいるはずだが、人影が見当たらない。
私たちはそのまま街へ入った。
そして、入った瞬間に違和感を覚える。
「……静かですね」
キューリーが小さく呟く。
街の表通りに人はいる。
商店は疎らに開いているのは現状、魔物の襲撃を受けているから分かる。
でも、街は無事に守られているにも関わらず、誰も表情が晴れていない。
もう少し活気があってもいいはずなのに、外出している人の雑談も少ない。
笑い声もなく、みな一様に表情は暗い。
もちろん戦時中だから不安が大きいと言えばそうなのだろう。
だが、それだけでは説明できない重苦しさが街全体を覆っていた。
「変ですね……」
ユズも周囲を見回す。
「もっと慌ただしいと思っていました」
「私もです」
サーシャも同意した。
街が残っているなら、人々には多少なりとも安心感があるはずだ。
だが実際には違う。
まるで何かを恐れているような空気が漂っていた。
そんな時だった。
買い物袋を抱えた中年の女性がこちらを見る。
その顔色が一瞬で変わった。
「あなたたち!」
突然声を掛けられた。
全員が女性を見る。
「早くこっちへ!」
「……は?」
ディナが間抜けな声を出す。
だが女性は構わず手招きした。
「いいから早く!」
ただ事ではないと一瞬で分かる。
ユズが小さく頷く。
私たちは女性について近くの路地へ入った。
女性は何度も周囲を確認している。
誰かに見られていないか確認しているようだった。
「どうしたんですか?」
ユズが尋ねる。
女性は小声で答えた。
「あなたたち外から来た人よね?」
「……そうですね」
「なら、隠れた方がいいわ」
「何が……?」
ディナが聞く。
女性は言いづらそうに口を開いた。
「……巫女様に見つかったら、大変なことになる」
その瞬間、全員の表情が変わる。
オルディスの話を思い出したのだ。
「……何かあったんですか?」
アイリが女性のただ事でない様子に、その理由を尋ねる。
女性はしきりに周囲を見回す。
そして、首を横に振り、周りに聞こえないほどの小声で囁く。
「ここじゃ話せないわ」
そう言って私たちを見る。
「事情を知りたいなら冒険者ギルドへ行ってみなさいな。あそこなら匿ってもらえるから」
「ギルド?」
「ええ。ギルドはあくまで中立。巫女様もあまり手を出せないわ」
それだけ言うと、女性は足早に立ち去ってしまった。
残された私たちは顔を見合わせる。
「……行きましょう、か」
「そうですね」
ユズも頷いた。
例の巫女に気を付けながら、視線を集めないように冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドはすぐに見つかった。
だが、建物へ入った瞬間、全員が違和感を覚える。
人が少なすぎるし、静かすぎる。
依頼掲示板はあるが、依頼が一切ない。
受付もあるが、誰もいない無人な状態。
職員がいるのは感じるが、できる限り息を殺しているように思える。
「……なんだこれ」
ディナが呟く。
通常の営業ではあり得ない。
街が魔物に襲われているのだ。
冒険者も前線に立ち、普通であれば依頼も出され最も忙しい時期のはず。
それなのに誰もいない。
受付嬢の格好をした人がギルドの二階から降りてきてこちらを見る。
「……あなた方は何者ですか?」
その声には困惑と希望が混じっていた。
だが人数を見て少し表情が曇る。
何かに怯えているようにも感じる。
「ラグナードのギルドから参りました、パーティのノクスです。ギルドに応援要請が届けられたので参りした」
「本当ですか!?ありがとうございます!来てくださってありがとうございます!」
ユズが事情を説明すると、降りてきた職員の人は涙を流しながらペコペコとお辞儀を繰り返した。
「……分かったから。まずは事情を聞きたい」
受付嬢は疲れた笑顔を浮かべた。
「……そうですよね。私はピレネギルドの受付をしていますナーレも申します」
そう言いながら席へ案内してくれる。
そして、話を始める前に受付嬢がこちらを見る。
「皆さん、ラグナードから来られたんですよね?」
「ああ」
「でしたら……アレンは無事でしたか?」
聞き覚えのない名前だった。
だが、ユズが反応する。
「もしかして救援要請でラグナードへ向かった方ですか?」
受付嬢の顔が明るくなる。
「知っているんですか!?」
「はい。私たちがラグナードにいた時、ギルドへ飛び込んできた方ですよね」
受付嬢は胸を押さえた。
「良かった……なんとか辿り着いたのですね」
その声には心底安堵が滲んでいる。
「今はラグナードのギルドで保護しているんじゃないかな」
「そうですか。彼はこの街でもかなり足が早かったので任せてしまったんです。無事でよかった」
受付嬢は首を横に振った。
そして、「では、現状を簡潔にお伝えしますね」とピレネについて話し始める。
説明によると、始めは魔物の小規模スタンピードと思われていた。
しかも、ここから北に離れた村周辺での出来事。
何組かの冒険者パーティが応援で向かったが、そのうち魔物の数も増え、対処が難しくなっていった。
加えて、いくつかの戻ってきた冒険者パーティから魔王軍と思わしき目撃情報まで報告され、ギルドはパンク状態となった。
「ただ、今は……」
言葉を濁す。
嫌な予感がした。
「何があった?」
受付嬢は少し迷った。
そして決意したように口を開く。
「冒険者は現在、自由に行動できません」
「どういう意味だ?」
ディナが眉をひそめる。
受付嬢は苦虫を噛み潰したような表情をしつつ、静かに答えた。
「巫女様の命令です」
全員が黙る。
「現在、街の防衛に関わる全ての権限は巫女様が握っています」
「冒険者ギルドもか?」
「はい」
「街の部隊も?」
「はい」
短い返答だった。
だが十分だった。
「今や巫女様はこの街の実質的な支配者です」
重い沈黙が落ちる。
「反対する者はいないのか?」
ユズが尋ねる。
受付嬢は苦笑した。
「いました。特に冒険者が反発しました」
「それで?」
「今はいません」
嫌な答えだった。
「どこにいる?」
「巫女様がいる館の牢屋と聞いています」
空気が凍った。
「閉じ込められているのか?」
「……巫女様の思い通りに動かせないのはいらないも言う理由らしいですね」
誰も納得しない。
受付嬢自身も納得していない顔だった。
「いつからだ?」
今度はアズラが尋ねた。
受付嬢は少し考える。
「一週間くらい前でしょうか」
その答えにアズラの目が細くなる。
「何かきっかけはあったのでしょうか?」
「あの日、巫女様はある男性と話をしていました」
全員が反応する。
「男?」
「私は見ていませんが、住人の方が見たそうです。巫女様が街の中心にある家の前で立ち話されていたそうです」
「誰だ?」
「分かりません」
受付嬢は首を横に振る。
受付嬢の声は震えて、その声には恐怖が混じっているように感じる。
「ただ、その日からです。巫女様が変わってしまったのは」
外を見ると、すでに日が傾いていた。
情報は集まった。
だが状況は思っていたより悪い。
アズラも同じことを考えていたのだろう。
小さく息を吐く。
「今日はここまでですね」
「そうだな」
今から動くには遅い。
受付嬢も申し訳なさそうに頭を下げた。
「よろしければ今夜はこちらを使ってください。外に出るのは危ないので。ギルドでゆっくりお休み下さい」
ギルドの空き部屋を貸してくれるらしい。
私たちはその申し出を受けることにした。
夜、与えられた部屋で休む前、窓の外を見る。
静かすぎる街だった。
その横でアズラが呟く。
「やはり何かありますね」
「……ああ」
偶然とは思えない。
一週間前の謎の男と、そして変貌した巫女。
全てが繋がっているように思えた。
「明日、巫女に会いましょう」
アズラの言葉に頷く。
その人物と向き合わなければ、何も始まらない。
ピレネの長い夜は静かに更けていった。




