第74話
昼食を終えた私たちは再び東へ向けて馬車を走らせている。
先程出会った避難民たちは無事にラグナードへ向かっているだろう。
先輩たちもいることだし、ラグナードに着けば一安心だと思う。
それに、魔物の襲撃を受けても村人たちが生きていたという事実。
その事実だけでもアイリにとっては大きな救いだと思う。
馬車の中で少しだけ表情が柔らかくなっているのを見て、こっちも安心する。
とはいえ、ピレネの状況が改善したわけではない。
農民の話では、ピレネ方面では今も魔物が暴れている可能性が十分にある。
そして、黒髪のヒューマンの存在。
ご主人様も考え事をしているし、考えるべきことは多い。
「……止まって」
不意に私が声を上げる。
操馬のディナが手網を引き、馬車が止まる。
私は街道脇の小高い場所へ移動し、目を細めて遠くを見てる。
何となく嫌な魔力の波長を感じたから止めてもらったけど、その予想は当たっていたようだ。
「何か見えるのか?」
「……なんかの集団。それも、気配を悟られないようにしてる感じがする」
そのまま数秒観察し、さらに続けた。
「たぶん、十人ぐらい?見えないけど、魔力の波長は感じる」
「……魔物か?」
ディナが盾へ手を添える。
私は首を横に振った。
「違う、気がする。これは魔物の感じじゃない」
そして、隣を見るとアイリも魔力探知を行っているようで、目を閉じて集中している。
(この感じ……なんだろう……人族でも、魔物でも、ない……)
感じたことの無い魔力の波長。
かなりの魔力を持っているのは分かる。
それをどうにか押さえ込んでバレないようにしているのがひしひしと感じる。
と、そこにキューリーが双眼鏡を手に、同じく先の確認をしてくれる。
「……たぶん、認識阻害ですね。望遠鏡で遠くを見ると、何となくボケけて見えますね。となると、得意な種族はインキュバスとかでしょうか?」
キューリーの言葉に全員の表情が変わった。
「……アズラ軍でしょうか?」
カリンが尋ねる。
私は現状取れる作戦を考え、ご主人様が頷いたのを確認して答える。
「……総員、戦闘態勢。私たちの戦力で魔王軍との戦闘は避けたいところですが、避けれない場合は応戦します」
私の号令にノクスの空気が張り詰める。
昨日聞いた話が全員の頭を過ぎる。
(魔王軍が侵攻しているなら、偵察部隊?でも何のために?)
ご主人様もいつの間にか馬車から降りて迎え撃つ体勢を整えている。
この邂逅は偶然とは思えない。
「みんな、戦闘準備」
私の魔力探知が近くまで来ていると警報を鳴らす。
それに従って即座に指示を飛ばす。
ノクスが自然に動く。
ディナが前で盾となり、アイリとサーシャは後方。
キューリーがディナの少し後ろに陣取り、カリンは馬を守るように立ち位置を変える。
ご主人様はその動きを見ながらディナの後方に待機し、サーシャは馬車の屋根上で待機。
私の言葉にここまで対応してくれる事に少し感心する。
短期間とはいえ、かなり形になってきている。
こちらの布陣を感じてか、あちらも警戒心が強くなったようだ。
こちらに気付き、距離の詰め方を考えているようだ。
やがて、街道の先に現れたのは十名ほどの黒子。
顔を布で隠し、服も黒ずくめ。
見るからに怪しい集団ではあるがが、どこか様子がおかしかった。
「……?」
ディナが眉をひそめる。
「どうしました?」
「いや……攻めてくる感じがしない」
ディナも違和感を覚えたらしい。
「妙だな。どうする?」
ディナとしては、攻めるなら今と言いたいのだろう。
すると、向こうの集団が突然立ち止まった。
そして、先頭にいた女性が慌てたように両手を上げた。
「ま、待ってくださいっ!」
全員が固まる。
「攻撃しないでください!こちらに敵対の意思はありません!」
場を沈黙が支配する。
言っていることが分からない。
降参なのは見れば分かるが、何故突然?
「……は?」
ディナも同じ感想だったようだ。
特に彼女は案外戦闘狂なところがある。
意外な申し出に彼女の口から素の声が漏れた。
普通、魔王軍が言う台詞ではない。
こちらの油断を誘っているのか、戦闘態勢は崩さないままあちらの出方を見る。
「あれ?通じてない?……聞こえてますよね!待ってください!お願いします!」
女性はさらに叫ぶ。
「本当に戦う気はないんです!」
「……」
「私たちに戦闘力なんてないんです!油断を誘ってるけでもありません!話し合いをお願いします!」
全員が困惑する。
特にディナは完全に理解不能という顔をしていた。
「こちらは冒険者パーティのノクスです。あなた方は魔王アズラの構成員ですよね?」
「はい!」
「……敵だよな?」
ディナが確認のために問いかける。
「……ギルドで聞いた話ではたぶんそうです」
「違います!人族に敵意はありません!信じてください!」
ディナが頭を抱える。
なんだか調子を崩されている気がする。
相手は両手を上げたまま、近ずくことすらせず、出てきた場所に留まり続けている。
その様子を見ていた私は、いつまでもこのままでは埒が上がらないので、小さく息を吐きご主人様に提案する。
「……ご主人様。とりあえず話聞きますか?」
「そうだな」
ご主人様はいつの間にか戦闘態勢を崩していた。
私もそれに習い、ノクスのみんなに戦闘態勢を解除を指示する。
それを見たあちらの隊長らしき人は力が抜けて座り込んでしまった。
少なくとも今すぐ戦う必要はなさそうだ。
(……こちらが虐めているような感じになってますね)
私とご主人様で相手の元に向かうと、近付いて分かったことがある。
相手の服はボロボロで、顔には疲労の色が濃く、かなり疲弊していると思える。
魔王軍らしからぬ、なんとも貧弱そうな部隊に完全に骨抜きにされてしまう。
「……お前たちはアズラの配下で間違いないんだな?こんなところで何しているんだ?」
「はい。我々はアズラ様の偵察部隊です。この辺りの安全性を確認している任務中にあなた方に出会いました」
「……とりあえず話を聞きたい。話してくれるか?」
「問題ありません。とりあえず、警戒を解いてくださりありがとうございます」
女性は安堵したように肩を落とした。
顔を隠していた布を外し、素顔を見せてくれる。
見た目の年齢は二十代前半ほど。
薄紫色の髪と尖った耳、そして、尻尾。
インキュバスなのだろう。
「ありがとうございます」
女性は深々と頭を下げる。
そして――
「再度ご挨拶申し上げます。私たちはアズラ様直属の偵察部隊です。チーム名はヨルです」
「……こんなところで安全確認?何のために?」
「ここに来るまでに魔物との戦闘が頻繁にありましたので、残存する魔物がどの程度いるかの調査です」
「……それは分かった。で、何のためにだ?」
ご主人様はその先の理由が知りたいのだろう。
女性は一瞬だけ躊躇った。
「我々はピレネに向かう途中なのですが、その道中で魔物の襲撃に出くわしました。連れは最低限の戦力でしたので、何とか逃げ延びたです。加えて、傷ついた人も何人か保護しているので、近くで休息を取っています」
「保護?」
女性は頷く。
「魔物の襲撃から逃げた農民と前線で戦っていた黒髪のヒューマンです」
その瞬間、アイリが反応した。
「っ!」
女性はそんなアイリを見ながら続ける。
「現在、アズラ様ご自身が保護しています」
「……待て」
ご主人様は思わず聞き返した。
聞いていた話とズレがある。
「ラグナードに逃げてきた農民が言うには、黒髪の人族を磔にしていたと聞いているぞ?それが保護?」
女性は不思議そうな顔をした。
「はい」
「磔にしていたんだろ?捕虜とか見せしめとかじゃないのか?」
その瞬間、今度は相手側が固まった。
「は?」
数秒の沈黙。
「違います!それは誤解です!」
女性が慌てて首を振った。
「アズラ様の魔法を見られたのでしょう。戦闘でかなりの深手を負っていましたので、生命維持のための魔法なのです!」
「……魔法?」
回復魔法といえばサーシャなのでそちらを見ると、首を横に振っている。
知らないということだろう。
「……あの方も回復魔法の使い手なのですね。アズラ様が使った魔法は、オリジナルの回復魔法なので知らないのも当然です」
思わず全員が黙る。
「え?」
アイリの声が震えた。
女性はさらに続ける。
「私たちが発見した時には瀕死だったんです!」
「……」
「信じてください!放置していたら死んでいました!」
それは予想外だった。
「現在は安全な場所で身を隠しています」
女性は真剣な顔になる。
「ですが、魔物の数も多く。ピレネにも向かわねばならず。我々は足止めをされている感じです」
「……足止め?なぜピレネに向かっている」
「我々からはお話できません。もしよかったら詳細はアズラ様から直接お聞きください」
女性は深々と頭を下げた。
信用していいのか、ただ騙そうとしている雰囲気は感じない。
「お願いです。あなた方もピレネに向かう道中かと思います。アズラ様のもとへ来ていただけませんか?」
吹き抜ける風の中、全員が顔を見合わせる。
黒髪のヒューマンが保護されていて、それには魔王アズラが関わっている。
状況はますます分からなくなっていた。




