第73話
あれからエレナたちが俺の部屋を訪れ、調べたことの共有を行った。
とはいっても、まだアイリの言っていた”カイドウ”と断定できるだけの証拠は見つかっていない。
期待をさせすぎるのもよくない。
しかし、高橋との繋がりも浮上してきたため、情報の共有は必要と判断した。
加えて、今までに異世界に行った同郷の者が失敗しているというルクスの言葉は信用に値すると思っている。
もし”カイドウ”もルクスが送った異世界人としたら……
そして、それが農民が見たという黒髪のヒューマンだとしたら……
これから向かうピレネの街には、十分に警戒をしておくほうがいいだろう。
そうこうしているうちに夜も遅くなり、休むことにした。
「……朝か」
ベッドから身体を起こす。
昨夜は海藤の件でかなり動き回り会議も行ったが、身体はしっかり休めている。
顔を洗い、身支度を整える。
今日はピレネへ向かう日だ。
ラグナードの街は復興途中。
本来ならもう少し状況を見極めたいところだが、東から救援要請が来た以上、放置はできない。
何より――
(アイリの故郷、か)
昨日の様子を思い出す。
彼女にとっては、自身の過去に向き合ういい機会だ。
宿屋で朝食を済ませギルドへ向かうと、既に全員揃っていた。
「おはようございます、ご主人様」
最初に頭を下げたのはエレナだった。
いつも通りだ。
だが、どこか安心したような表情にも見える。
「おはよう」
「準備は完了しています」
周囲を見る。
アステリアとノクス。
全員が揃っていた。
「ご主人様!」
フィアが手を振る。
「ちゃんと寝れました?」
「ああ」
「なら良かったです」
その隣ではセラが微笑んでいる。
「お気を付けくださいませ。東の状況は不明ですので」
「分かってる」
「危険だと思ったら、ちゃんと退いてくださいね?」
「……状況によるな」
「それは信用できませんね」
セラが半眼になって睨んでくる。
そのやり取りを見ていたディナが吹き出す。
「案外、信用されてないな、ご主人様は」
「信用はしています。でも、自己犠牲が美徳とも考えていらっしゃるので、釘を刺しただけです」
エレナが当然のように答える。
誰も否定しない。
俺としては少々心外だった。
「……そんなに無茶してるか?」
「してます」
「しています」
「してる」
「してますわね」
「してると思います」
「……うん」
「してるな」
まかさノクスにまで賛成されるとは……
ラグナードでの戦いについて、色々聞いているのは知っていたが……
ちょっと納得いかない。
受付前で出発前の確認をしているとギルド長が馬の準備も整えてくれたようだ。
出発準備は既に終わっている。
一度出発してしまうと後戻りができないので、再度ギルドが手配してくれた馬車の前で最終確認を行う。
同行者は俺とノクス。
ラグナードにはアステリアが残る。
防衛戦力として考えれば、それが最適解だ。
「それでは」
エレナが一歩前へ出る。
「ご主人様」
「ん?」
ほんの一瞬だけ言葉に詰まったように見えた。
だが、すぐに微笑む。
「お気を付けて。必ず戻ってきてください」
「そっちもな。ラグナードは任せた」
「はい」
短いやり取り。
それだけなのに、何故か周囲が妙にニヤニヤしている。
アステリアに見送られ馬車が動き出す。
ラグナードの街並みが少しずつ遠ざかっていく。
窓から外を見ていたアイリが、小さく呟いた。
「……久しぶりです」
「東側か?」
「はい」
彼女は静かに頷く。
「東側は農業も盛んですが、鉱脈も多くあって。私の父は抗夫だったので夜遅くまで働いていました。それから、怪我をして、治療費のために奴隷商に売られるまでは楽しかったです」
視線は遠い。
昔を思い出しているのだろう。
「……故郷に帰るのが怖いのか?」
「正直、怖いです。今も元気に過ごしていたらいいのですが、そうでないとしたら……」
彼女にとっては辛い旅になるかもしれない。
「でも、行かないと」
アイリが自分の手を見て、気合を入れるかのように握りしめる。
その握った拳に力が入る。
「まだ無事な村の人たちがいるかもしれないから」
その言葉に誰も茶化さない。
ノクスの面々も同じ気持ちなのだろう。
今回の行程は馬車で一日半揺られる予定だ。
先を急ぎたいところではあるが、太陽も登り切った昼過ぎ、街道沿いで休憩を取る。
現在地はラグナード東部。
周囲には草原が広がっていた。
「平和ですね」
キューリーが周囲を見回す。
「昨日の話を聞いた後だと、少し拍子抜けします」
「……この辺りは私たちが魔物を退治していたからまだ問題ないだろうけど、ここから先は怖い」
ユズが答える。
「ホーンウルフだけならまだしも、高ランクな魔物と出くわさないか不安。情報ない方が危険」
確かにその通りだ。
敵が見えない状況ほど厄介なものはない。
その時ーー
「ん?」
ディナが遠くを見た。
ピレネ方面に続く街道の向こう。
何台かの荷馬車がこちらへ向かってくる。
馬車には大量の荷物が積んであるように見える。
目視でも表情が見える距離まで来るとわかる。
疲れ切った顔と、そして、何かから逃げようとする怯えた表情。
「止まってくれ」
俺は御者へ声を掛けた。
先頭の男がこちらを見る。
「……な、な、なん、ですか?」
「いきなり声をかけて申し訳ない。ラグナードからの冒険者だ」
「ラグナード、です、か?」
「ああ。ラグナードから来た」
その瞬間、男の表情が変わる。
「……よかった。ここまで来れば。お前たち。もう少しだ……あ、頼む!ピレネへ行くのか!?」
「何があった」
安心する気持ちが勝ったのか、まずは荷馬車に持っている女子どもに声をかけ、気付いたように言葉を捲し立てる。
男は唇を噛む。
「魔物、だ。ここ二週間、ずっと魔物が襲い掛かってくる」
そんなに前からとは情報になかった。
もしかしたら、別の村なのかもしれないが……
「昨日、ラグナードのギルドに一人救援の要請をしに来た男がいた。二週間も前からとは聞いていないが……」
「……それはピレネ、もしくは山脈近くの村からの使者でしょう。我々が住んでいたのはピレネよりも北です」
「……なるほど。それで状況は?」
男は思い出して手が震えだすが、きちんと伝えるべく声に出してくれる。
「我々の村ではまず空から襲来を受けました。空からの対応をしていたところ、地上側でも襲来を受け増した」
「……ありがとう。それで村は?」
「散り散りになって逃げました。そのまま魔物はピレネ方面に向かっていったように思います」
村は壊滅、魔物の大群はピレネに向かっている。
ある程度村が魔物を止めてくれていたから、現状ピレネや周辺の村まで来るのが遅くなったということだろう。
「ただ……」
「ただ?」
男は少し躊躇った後、続けた。
「うちの村で戦ってくれた黒髪のヒューマンが、その後に来た波に飲まれた……」
空気が変わる。
「最後まで戦ってくれていたのに……俺たちに逃げろって……見捨てちまった」
「……そうか」
男は涙を拭きながら、それでもこちらを真っすぐに見てくる。
男は決心して、言葉を発する。
「お願いだ。あの人を助けてやってくれ」
男は深々と頭を下げてくる。
「待ってくれ。大丈夫だ。分かったから」
「本当か?あの人は、俺らの村の”勇者”なんだ」
アイリが思わず身を乗り出す。
男はゆっくりと続きを話し始める。
「不器用で、猪突猛進で危なっかしいけど、村を最後まで守ろうとしてくれた。お陰で村のほとんどは逃げれたと思う」
その言葉に、アイリが大きく息を吐いた。
村人の生存が確認できただけでも大きい。
今は散り散りであっても、生きていること以上に大切なことはない。
そういった意味では、少なくとも最悪の事態よりは希望がある。
「……最後に見たのが村で、だったんだな。その人のことは」
「ああ。でも、逃げるとしたらピレネだと思う。ピレネには岩龍様がいらっしゃるから」
男は東を指差す。
「岩龍様のお力を借りれれば、魔物たちを止めることができるはず。ピレネはあの山の向こうだ」
全員が視線を向ける。
巨大な山脈が見える。
アイリが静かに呟いた。
「……私の故郷もあの向こうです」
その声は少し震えていた。
その後男たちを乗せた馬車は再び動き出す。
昼食後、こちらも動き出す――黒髪の人物が待つ場所へ。




