第69話
ラグナード冒険者ギルド――
西日が差し込み始めたギルド内は、昼間とはまた違う騒がしさに包まれて。
依頼を終えた冒険者たちが戻り始め、酒場スペースでは早くも酒を飲み始めている者も。
ベルナスからの支援により食料の他、嗜好品も多少は入ってくるようになったからと言って、このように騒いでいたら復興にも時間がかかる。
そんな中、受付前には私たちノクスの六人が並ぶ。
「ホーンウルフ六体、討伐確認しました。街道の見回りご苦労様です」
受付嬢が驚いたように顔を上げる。
「単独依頼、初成功ですね。おめでとうございます」
その言葉に、アイリが少しだけ嬉しそうに目を丸くした。
「ほ、本当に大丈夫でしたか……?」
「十分すぎる成果ですよ。しかも被害なしですし」
討伐証明の角を渡しながら受付嬢が笑う。
ディナが肩を回しながら口を開いた。
「まあ、余裕だったな」
「……あの程度で崩されてたら、この先、思いやられます」
「うるせぇな」
私たちが報告をしているとアステリアも丁度入ってきたようです。
ミアの横槍にディナが眉を寄せます。
でも、その表情はどこか嬉しそうです。
「……ノクスも終わり?」
「こちらは無事に報告完了しました。アステリアも無事でなによりです」
「……問題ない」
リリアが静かに言います。
そんな空気の中――ギルドの扉が勢いよく開かれ。
バンッ!!
突然のことに中にいた人の空気が変わりました。
酒場スペースの冒険者たちも一斉に入口を見ると、そこに立っていたのは、一人の男性です。
ここまで急いできたのが分かるほど、泥だらけ。
服は破れ、肩から血が流れています。
息も絶え絶えで、今にも倒れそうです。
「た、助けてくれ……!」
男性はそれでもギルドの受付に向けて、歩いて向かいます。
傍から見ていても、今にも倒れそうなほど、足を踏ん張っているのが分かります。
受付嬢もこの男性が危ない状態と判断して、慌てて飛び出します。
「ど、どうしました!?」
男は荒く息を吐きながら叫んだ。
「東だ……!東の街が……!」
その言葉に、アイリが反応する。
「……東……?」
「ピレネ方面ですね……何かあったのでしょうか」
ギルド内がざわつく。
男性はなかなか声が出てこないのか、受付嬢が水を少しずつ飲ませて落ち着かせます。
ギルド内の騒ぎを聞きつけて、ギルド長のデンネが奥から飛び出してきました。
「落ち着いてください。何があったのですか。」
男は水を少しずつ飲み、落ち着きも取り戻してきたようだ。
それでも足の震えは止まっていなかった。
「魔物が……急に増えたんだ……!今まで見たこともねぇ数で……!」
「スタンピードか?」
「わかんねぇ……!でも……」
男が首を振る。
「もうひとつ、気になることが……旗が見えた。あれは魔王軍の……」
その瞬間、ギルド内の空気が重くなります。
この街の防衛に成功して、東の街には向かっていないと思っていましたが……。
それが何を意味するか、この場にいる者たちは理解しています。
「ラグナード周辺は安全ですが、ピレネ付近の街道は魔物の大量発生で混乱しています!私の他にも早足を遣わしていたのですが、私以外は……護衛の冒険者も何人かやられました……!」
「……今は休んでください。早急に対処します。ちなみに、旗のマークは見ましたか?」
ギルド長が少しでも情報を聞き出そうとします。
あまりショックな事を思い出して、ギルド内で暴れられても困るからでしょう。
男は震えながら続ける。
「逃げる途中、俺が見たのは蛇みたいな柄が書いてあった。あとは、街とか村は空から攻撃を受けたぐらいしか……!」
「分かりました。では、最近、街で何かおかしな事はありませんでしたか?」
「……わかんねぇ。でも、色々物資を運び込んでる家があるって聞いた。基本は農民だけだから、珍しかったみたい、だな」
その言葉に、エレナとミアの表情が変わる。
「怪しさ抜群ですね?」
「……ラグナードの隣町……怪しいのは同意」
デンネが真剣な顔で聞く。
「……場所は分かりますか?」
「ピレネの中心とは聞いてたが、それ以上はわかんねぇ……そもそもピレネは岩竜様の街だから……俺ら農民が近づくことなんか出来ねぇよ」
男の顔色がさらに悪くなる。
村でのことを思い出しているのか、はたまた別のことなのか。
たた、それでも男は話を続けてくれます。
「……それから。見たんだ」
「……何をですか?」
男はゆっくり顔を上げた。
「黒髪の人を」
その瞬間、アイリの肩が震え、顔色も変わったように思います。
「……え?」
「俺は逃げてる最中に見た。磔にされてた……あんなもん見て、冷静でなんていられねぇよ」
ギルド内が静まり返ります。
「見せもんみたいな……もしかしたら死んでるかもしれねぇけど……」
男は唇を震わせる。
男は身体も震わせながら、伝えるべきことを頑張って伝えようとしてくれてます。
「……それを持って街に向かっていたのは確かだ」
アイリの顔色が変わりました。
街に向かったことに対してもショックでしょうが、磔にされている人にも心当たりがあるのでしょうか……
「アイリさん。大丈夫ですか?」
私はアイリに声を掛けます。
「……ユズさん、磔って、見せしめですよね?」
「普通なら、そうですね」
アイリは何かを考えているようです。
「……そしたら、普通、街の人たちも知っている人が一番効果ありますよね?」
「……そうですね」
「カイドウさん……?でも……あの人は何年も前に村を出たはずじゃ……」
アイリの声は小さく、私たちにしか聞こえていないでしょう。
男が語る内容には誰も言葉を返せません。
男は続けます。
「……昔、村にいたヒューマンに似ていた気もするけど、遠かったからわからねぇ。でも、黒髪は珍しいから、その光景が目に焼き付いちまってる……」
「……くっ」
ディナが眉をひそめ、アイリは困惑している。
まだ、その人物について確定した訳ではないし、きちんと確認をする必要はあるものの、アイリにとっては故郷が襲われていることになる。
だが――
「……村が……助けたい」
アイリが小さく呟く。
「……できるなら、みんなを」
エレナが静かに目を閉じた。
嫌な予感が現実味を帯び始めている。
そして、そのタイミングで。
ギルドの扉が再び開いた。
「……なんか騒がしいな」
ご主人様だった。
いつものように軽く入ってきたものの、ギルド内の異様な空気に気付き、眉をひそめる。
「何かあったのか?」
誰もすぐには答えられない。
だが、アイリがゆっくり振り返った。
「ご主人様」
その声は、少し震えていた。
「……私の故郷を救ってください!」
ご主人様の表情が静かに変わった。




