第68話
ラグナード東部の街道――こちら側は帝国西側へと向かう街道になっていて、草原が広がっている。
このまま東に進むと山の麓に街があるのもも、そこで街道は終わってしまう。
ラグナードで魔王軍の侵攻は止められたはずなので、この先の街は無事なはず……
「……足跡、こっち」
街道脇へしゃがみ込んでいたユズが静かに告げる。
私たちは今、アステリアとは別に、ホーンウルフ討伐を受けている。
ノクスとして初めての単独依頼だ。
地面には獣の爪痕。 それも一匹ではない。
「数は?」
ディナが周囲を警戒しながら聞く。
「五……いや、六かも。そこまで大きな群れじゃない」
ホーンウルフ。
以前、ベルナスでの初依頼でも戦った魔物だ。
だが、今はあの頃とは状況が違う。
ノクスは単独で依頼を受けるまでになっている。
「街道沿いに移動してる感じですね」
私が周囲を見ながら言う。
現在のラグナード周辺は復興作業が続いており、人や荷馬車の往来も以前より増えている。
南側の交通量が増えたせいで元々の縄張りを追い出されてしまったのだろう。
「この先は確か……」
「ピレネです。私が昔いた村も近くにあります」
ディナが答えるよりも早くアイリが答えた。
「アイリはこの辺り出身なんだな」
「はい。ピレネ周辺は納涼が盛んなので魔物が襲ってきたら太刀打ちできません。できる限り討伐したいです」
その言葉に、全員が小さく頷く。
ご主人様に助けられてから、思いもしない体験ばかりしてきているが、アステリアの諸先輩方から聞いている話を総括すれば、私たちも少なからず成長しているはず。
怖くないわけではない。
それでも、“戦える”という実感がある。
「……行こう」
ユズを先頭に、視界の悪い草原の奥へ進んでいく。
身長よりも少し短い草が生い茂っていて、気持ちのいい風が吹く。
先頭はディナ、次いで私とカリン。
三人で最低限の視界を剣で草を切りつつ確保しながら進んでい行くと――
「……いた」
草原に生えている木々の隙間。
灰色の毛並みを持つ狼型魔物、額には一本角。
ホーンウルフが陰で休んでいる。
しかも六体。
「ディナ、前」
「任せろ」
大盾を構え、ディナが前へ出る。
「キューリー、カリンは挟むように動いて。アイリ、後ろから魔法準備」
「は、はい!」
「サーシャは回復待機。私は遊撃でいつでも動けるようにします」
「了解」
ユズの指示に、全員が自然と動いた。
その瞬間、私たちに気付いたホーンウルフの一匹が飛び出す。
「来ます!ディア、お願い」
「おらぁっ!!」
ガァンッ!!
ディナの盾へ正面から突進がぶつかる。
他の五匹に動きはない。
「……一匹なら問題ない」
ディアはホーンウルフの攻撃を上手く捌きつつ、体力を削る作戦に出たようだ。
その隙に私とカリンで不意打ちを目論見ますが――
盾に攻撃を防がれた音で二匹がこちらに向かってきます。
「大丈夫です!慌てず行きましょう。キューリー、カリン。それぞれ対処お願いします。」
ユズの声ははっきりと聞こえます。
ディナの一匹へは、アイリの魔法で処理する方針のようなのでカリンに目配せをして左右で一匹ずつ受け持つことにします。
「はぁっ!」
私の担当したホーンウルフの肩口が裂ける。
さらに後方からは。
「フレイムアロー!」
アイリの魔法が炸裂したところでしょう。
炎が弾け、一匹が吹き飛ぶ。
これで、ディアが前線に戻ってくるので、安定感が増します。
「や、やった……!」
「まだ!」
後ろでは、ユズの声でアイリが慌てている様子が着終えてきますが……。
ディアが前線に戻ってくるとさらに残っていた三匹のうち左右から二匹。
カリンの方も片が付いたのか、左からくるホーンウルフの対応に移っています。
「左右は任せたぜ。正面は任せな……!」
ディナが笑う。
正面から来るのは少し体の大きなホーンウルフ。
この集団のボス的な存在だと思われる。
「身体強化、付与します!」
それを見てサーシャが補助魔法をディアに付与したようです。
ディナの身体が淡く光る。
「お、軽い!」
そのまま踏み込み、一匹を盾で殴り飛ばした。
体制を崩したボスウルフが再度勢いをつけて突撃しようとしたところに、ユズの魔法が直撃します。
ボスがあっけなく倒されたことに恐れが出たのか、私の対応していたホーンウルフが逃走を図りますが、逃げるまでに切り、最後のホーンウルフが地面へ倒れる。
「……終わった」
アイリが大きく息を吐く。
アステリア向きでの初戦闘は難なくこなせていると思う。
連携も取れていた。
ユズが周囲を確認してから、小さく頷いた。
「怪我なし。討伐完了」
その瞬間、全員から少しだけ安堵が漏れた。
「……私たちだけでも、ちゃんと戦えてる」
サーシャが少し嬉しそうに呟く。
「そりゃ成長してるからな」
ディナが笑う。
「アステリア見てると感覚麻痺るけど、普通に考えたら十分強い部類だろ、私ら」
「……たしかに」
私は苦笑で濁します。
アステリアの成長はご主人様の能力によるところが大きいのは説明してもらっている。
ただ、能力だけではなくミアさんやリリアさんの動き、エレナさんの判断。
あの三人は別格に強いと感じる。
あれを見続けていると、自分たちが未熟に思えてしまう。
だが、私たちもご主人様の恩恵を預かれる身。
奴隷に落ち、村人にまでステータスが落ちたはずなのにこうしてホーンウルフを圧倒して戦えている時点で能力は上がっている。
そもそもでいえば、ホーンウルフ六体を新人だけで討伐できる時点で十分優秀だった。
「……ギルドに討伐証明しなきゃなので、角を取り忘れないでください。でも、私たちも早くアステリアに追いつかないと」
ユズが静かに言う。
「ご主人様の隣に立つには、まだまだ足りないものが多すぎます」
その言葉に、全員が少し黙った。
誰も否定しない。
「ご主人様って日本では”けいさつ”って仕事をしているんですよね……お疲れではないのでしょうか」
アイリが不安そうに呟く。
「働いて、異世界来て、戦って、また日本戻って……それがここ数か月続いているのですよね……」
「職業柄しょうがない部分はあるんだろうな。エレナ曰く。少しはアステリアを頼っていそうだが、肝心なところは自分で動いちまうタイプだろ、ご主人様は」
ディナが肩を竦めた。
「男としては格好いいけどな。ああいうタイプ」
「ディナさんって、そういう人が好みなんですか?」
キューリーが何気なく聞く。
「ん?まあ、嫌いじゃないな。でも、好みを言うならマッチョなのがタイプだな」
即答だった。
「最低限、腹筋はシックスパックが理想だな。男らしい男ってのがいいよな。ご主人様の姿はこっちじゃ細マッチョ。あっちじゃイケオジだからな」
「それ、傭兵のときに好きな人がいたんじゃ……」
再度、私は苦笑で話を切ろうとする。
ディナはそこで一瞬止まり――
「……あー」
少しだけ視線を逸らした。
「……そんな話はどうでもいいよな」
「無理やり話を逸らそうとしていますね……」
「いや、別に嫌じゃないぞ?で、こんな話題になったんだ。他のやつも答えろよ?」
その返答に、今度はアイリが顔を赤くする。
「わ、私は、その……ご主人様に必要って言われるように頑張るだけです……ルナさんが色々教えてくれるので、早く力になりたいです!」
「……まっすぐでいいと思うわ」
私がぽつりと返してしまう。
アステリアも含め、私以外で社会人経験のあるものは、強いて言えばディナだけ。
年代的には同じとはいえ、擦れていないところを見るとまぶしく思える。
「えっ」
アイリが固まる。
サーシャが困ったように笑った。
「でも、分からなくはありません。ご主人様はお優しいですから。私も早くお役に立ちたいです。それにアステリア含めても、ヒーラーは私一人なので、責任もって頑張らないと」
「……うん」
カリンも小さく頷く。
「……私も何かご主人様にお返しできたらいいのに」
それぞれ違いはあるものの、奴隷の人生ではそんな相手は現れなかった。
だからこそ、ご主人様が与えてくれたこの人生で何かしらお返しをしたい。
その事実だけは、否定できなかった。
そんな空気の中、ユズが小さく息を吐く。
「……休憩終わり」
照れ隠しのようだった。
ディナが笑う。
「はいはい、リーダー殿」
「次、街道沿い確認して帰還。依頼は最後まで」
「了解」
全員が立ち上がる。
以前よりも自然に。 以前よりも迷わず。
六人は再び歩き出した。
まだアステリアほど完成されてはいない。
それでも、ノクスというパーティは、確実に“形”になり始めていた。




