第66話
「……さて、こちらの世界だな。色々確認したいことはあるが……」
小さく息を吐く。
日本で聞いた事が未だに処理しきれず頭の片隅に残り続けている。
―――勇者の雫。
藤堂が継続して飲んでいたものであり、そのことから魔王ボロスが作っているだろうもの。
であれば、ヴェルデナは何をしているのか……
(……ガルディアスは何かをしていると言っていたが。また別なところで日本に影響を与えているのだろうか……)
対応しなければならないことが増え続ける一方だ。
ラグナードの戦後処理もその一つだ。
ラグナードの街は少しずつ復興しているとはいえ、崩れた建物はまだ多い。
しかし、帝国へのボロス軍侵攻は未だに続いていると仮定していい。
(……一人でいるとマイナスな方向に考えがちだな。そろそろ合流するか)
まずは目の前のタスクをこなすことだ。
エレナたちは既にギルドで待機している頃だろう。
今日は、今後の方針についてギルドと話をしたいと思っている。
ラグナード冒険者ギルドは、以前より冒険者は増えていた。
それも依頼が多く張り出されており、復興支援の依頼、瓦礫撤去、食料運搬といった初心者でも安心して働けるものが多いからだ。
ギルド内部も完全に機能停止していた頃に比べれば、かなり活気が戻ってきている。
そんな中、二階の会議室にはアステリアとノクスの全員が集まっていた。
「おはようございます、ご主人様」
最初に声を掛けてきたのはエレナだった。
「……早いな。依頼はもう選んだのか?」
「ご主人様の方が朝早くからお散歩されてましたよね。依頼はまだこれからです」
ノクス側を見る。
ディナは腕を組みながら椅子へ座っていて、ユズは依頼書を眺めている。
アイリは眠そうに欠伸を噛み殺していて、サーシャは既にメモ帳を開いていた。
「おはようございます」
キューリーが元気よく頭を下げる。
その後ろではカリンが小さく会釈していた。
「……おはよう。少しは冒険者にも慣れてきたか?」
「まだ、ですね。それでも少しずつ皆さんと歩んで行けたらと思います」
ディナが肩を竦める。
「キューリーはお堅いんだよ。冒険者なんだからもう少し楽にしたらいいのに」
「……いいんです。これが私の性格なので」
少しは仲良くなってきているようで安心した。
すると、部屋の扉が開いた。
「お待たせしました」
ギルド長デンネだった。
以前より顔色は悪くない。
だが、疲労が抜け切っていないのは明らかだった。
「今日は忙しいところ申し訳ない。あまり時間は取らせないようにする」
「いえ。ゼロ様は最優先です。忙しいといっても、復興に関する仕事の斡旋なので、本格的な再開はまだまだですね」
苦笑する。
だが、ギルドが機能しているということは、それだけ街が戻りつつあるということでもある。
デンネは席へ着くと、小さく息を吐いた。
「それで、本題ですが」
空気が少し引き締まる。
「今後について、ですね」
俺は頷く。
「北へ向かう時期の話だ」
ボロス側が動いている以上、こちらも止まってはいられない。
ラグナード侵攻が失敗した今、あちらも慌てて編成を調整しているはずだ。
そのためのパーティも集めた今、擦り合わせをしておきたかったのだ。
「この街の防衛にノクス、アステリアはサウスノーランドに同行するとして、いつならいいと思う?」
その言葉に、ノクス側が少し緊張する。
するとエレナが静かに口を開いた。
「アステリアのパーティリーダーとして発言します。現状のノクスではまだ力不足かと」
即答だった。
「私たちとご主人様で前線を押し上げても、不意を突かれてラグナードを攻められたら、ノクスでは不安が残ります」
「そうだな。では、防衛にアステリア、同行をノクスとしたら?」
この案に対してはユズが反応を示す。
「確かに光栄なことですが、我々で前線に出ても足を引っ張ると思います」
「ご主人様の考えは分かります。今は戦線を押し上げるいい機会です。ただ、メンバーや街等、周りの状況が整っていません。」
エレナの言葉は正しい。
正しいからこそ、どうするのがいいのかきちんと議論しておきたい。
「ここ二週間、ラグナードで滞在している。サウスノーランドの状況が入ってこない以上、何か手を打ちたいところだ」
「……何かいい手があればいいのですが」
すると、デンネが苦笑しながら割って入った。
「……なんとも茶番劇を見せられている感じですが」
「そんなわけないじゃないか。真剣に話し合いをしたいんだ。ギルド長は何かあるか?」
「……そうですね」
デンネは静かに続ける。
「ギルドとしては、できるだけ早く動いていただきたいのは本音です」
その言葉に、エレナが少し眉を動かした。
「現在、周辺地域との連絡が断絶している場所も多いです。北部の状況も不透明。冒険者ギルド本部からも、“可能な限り情報収集を進めろ”と通達が来ています」
「つまり?」
「ギルド本部が動きます」
デンネが真っ直ぐこちらを見る。
「ギルド本部が主体となって周辺調査を行います。北部へ向かって生存者、避難民、各支部との連携。できる限り情報を集めます」
そこまで言って、小さく頭を下げた。
「ギルドの諜報員を使うそうですが、戦闘力は期待できません。あくまで情報収集ですが、数日だけ時間をください」
まさかの回答に驚く。
確かにギルドで何かしら行動を起こしてほしかったところだが、期待以上の回答が得られた。
「……分かった」
「ありがとうございます」
デンネが安堵したように息を吐く。
「その間、アステリアとノクスの皆さんには、通常依頼を受けていただければ助かります。街の外はまだ危険ですので」
「了解しました」
エレナが頷く。
するとユズが静かに手を上げた。
「ノクスも単独依頼、受けてもいい?」
「その方が効率がいいでしょう。あまり危ないのは受注しないでくださいね」
エレナが答える。
「最初は一緒に依頼を確認しますが、次からノクスで話し合いながら足元を見て決めてください」
ディナも頷いた。
「賛成だな。ノクスとしても早くアステリアに追いつきたいしな」
「……頑張ります」
アイリが小さく拳を握る。
そんなノクスを見て、少しだけ安心する。
その後、アステリアとノクスは依頼受注のため一階へ向かった。
ギルド内部はかなり慌ただしい。
復興関連の依頼が山積みになっている。
初心者には危険がない優しい依頼が多く、完全に復旧支援だ。
「では、こちら受けます」
エレナが依頼書を選ぶ。
横ではユズも別の依頼を見ていた。
「……こっちはノクス向き」
「どれですか?」
「街道警戒。ホーンウルフ討伐込み」
「悪くないですね」
少しずつ、“パーティ”になってきている。
そんな様子を見ながら、俺はデンネへ声を掛けた。
「それで?呼び止めたってことは、彼女たちに内緒にしたい別件があるんだろ?」
「はい。ゼロ様であれば問題ないかと思いまして」
デンネの表情が少し曇る。
「例の研究施設の件です」
その空気だけで、大体察した。
◇
ラグナード冒険者ギルドの地下保護区域。
以前よりさらに警備が増えていた。
ギルド職員だけではない。
冒険者の警備も配置されている。
「……物々しいな。何かあったのか?」
「……中を見れば分かります。我々ギルド職員は全員知っていることですが、あまり外に漏れるのはよろしくないと判断しました」
デンネが低い声で答える。
地下奥へ進む。
以前、奴隷たちが保護されていた区域とは別方向。
そこには、簡易医療施設のような空間が作られていた。
薬品の匂い、消毒液の匂い、そして、ベットに横たわっている多くの人。
その瞬間、日本の病院を思い出した。
「……」
並ぶベッド。
そこには、研究施設から救出された者たちが寝かされていた。
獣人。 ヒューマン。 エルフ。
そして――
「……ゴブリン?」
思わず足が止まる。
小柄な緑色の身体に包帯が巻かれていて、所々、赤色のシミができている。
さらに奥には、角を持つ魔族――デンネ曰くデーモン――までいた。
「ボロス側の研究対象です」
デンネが苦々しく言う。
「ここにいるものは研究施設から連れてきたものです。見てわかる通り、対象に種族は関係ありませんでした」
「……狂ってるな」
「ええ」
デンネは静かに頷く。
「共通していることは、全員血液を多く失っていること。たぶん、血液から種族的な力を研究していたのでしょう。可能性があるなら、何でも使う。そういう研究だったのでしょう」
ベッドの横を歩く。
誰も目を覚まさない。
まだ胸が上下していることから呼吸はあるし、生きてはいる。
だが――
「今のところ意識が戻った者はいません」
「……戻りそうなのか?」
「分かりません。血液を多く失っているので、時間経過で治せるのか……他にも精神か、魂か、肉体に干渉していたら最悪です。原因究明を進めていますが不明です」
一人の獣人女性の前で足を止める。
痩せ細った腕に浮き出た血管。
その姿は、“生きている”というより、“生かされている”に近かった。
「……これ、全部ボロス軍が?」
「おそらく。小さな村に住んでいたものもいると思いますので、身元確認も進めています」
デンネの声が低くなる。
「実験記録も一部回収していますが、解読できない部分が多くて」
「……内容は?」
「読み溶けたところで言いますと、肉体強化、魔力増幅、スキル吸収……他にも色々です」
……スキル吸収。
その言葉で思い出すのは戦ったギガンテス、シャードッシ。
やつは色々なスキルを所持していたと記憶している。
それがこの研究の成果だとしたら。
そして、万が一勇者も捕まっていて、スキルの複製が完成していたらとしたら――
「……まずいよな」
自然と声が漏れた。
デンネは何も言わなかった。
その沈黙が、逆に重い。
ベッドの並ぶ部屋を見回す。
「……急がねぇとな」
小さく呟く。
その言葉だけが、静かな医療区画に溶けていった。




