第59話
(……いるな)
ケーヒス戦に続いての階層主戦のため、扉の前で息を整える。
自分の状態を正確に判断する。
まだ動ける――
魔力もある――
(――行くか)
扉を開けるとそこは、月明かりの差す中庭だった。
幻想的な景色に見とれてしまう。
中央には一本の枯れ木。
空は見えるが、星はない。
月だけが不自然にそこにある。
その枯れ木の枝に、一人座っている。
黒い耳に黒い尻尾。
しかし、猫と言うには大柄な体。
そして、金色の瞳。
猫のように細められた目が、こちらを見ていた。
「……ここまで来れるなんて、ね」
声は高めだが、女性ほど高くはない。
フラフラとこちらに近ずいて来る。
猫は好きだし、愛でたい気持ちもあるが油断はできない。
「……お前がネロか」
「うん。ネロ」
近づいてくると分かるがライオンぐらいの大きさだろうか。
「ケーヒスは負けたんだ。どうやったの?」
「……色々とな。表現しずらい」
「そっか」
ネロは小さく頷く。
「ケーヒスちゃんも徐々にギアを上げていったんだろうし、ネロもそうするね」
そう言った瞬間、ネロが目の前から消えた。
(――速い)
反応より先に、背中に衝撃。
「っ!」
攻撃自体にそこまで威力がない。
今はまだ腕試しといったところだろうか。
反射で後ろを振り返るが、ネロはそこにはいない。
次の瞬間、足元の影から黒い腕が伸びる。
(……なんだこれ?)
伸びてくるものがこちらに到達する前に離れる。
嫌な予感で咄嗟に避けたが、背後に気配を感じて蹴りを繰り出す。
(後ろ――)
こちらの攻撃が捉える前に、相手の蹴りが腹に入る。
そのまま直撃を喰らい、石畳に叩きつけられる。
「う~ん、動きが遅いね。まだまだ早かったかな?」
ネロの声が全方位から聞こえる。
それだけ早く移動しているのか、そもそもスキルによるものか……
(――初見でこれは無理だろ)
ケーヒスが言っていた通り予想外の戦い方だ。
目視できないのであれば攻撃を当てる以前の問題だ。
(これは厄介どころじゃないな)
「魔法創造――拳銃」
目をつぶり、銃を構える。
目に映る情報に惑わされてはいけない。
「へぇ、なんか面白いもの持ってるね。それをどうするの?」
声は全方位から聞こえるのは変わらない。
しかし、近づいてくる感覚はある。
(――左!)
「おしいね~。いい感じだけど、もうちょっと工夫しないとね」
(――後ろ!)
「残念~。わざと後ろから圧をかけただけだよ?惑わされちゃダメだね~」
正面から蹴りを受け、吹き飛ばされる。
しかし、倒す意思がこの攻撃にはない。
(……完全に指導だな、これは)
目は瞑ったまま、気配をより深く感じるように意識する。
(……方向性はあっているはず)
「そうそう。ちゃんと感じてみな~」
その場でしゃがみ、深く深く気配を探っていく。
惑わされてはダメだ。
自分すらも風景に溶け込ませるように――
「そろそろ見えてきたのでは?」
ネロの姿がぼんやりと感じ取れる。
今は正面で待ってくれているようだ。
「ぼんやりと、だな」
「その感覚を忘れないようにしてください。感覚を研ぎ澄ますことは、スキルを最大限発揮することに通じます。第一関門はクリアです。では――」
瞬間、ネロの姿が捉えられなくなる。
いや、ネロの存在は感じる。
(……影の中?)
ネロを感じたところを試しに撃ってみる。
しかし、その場にネロはいない。
月明かりがあるせいで、あらゆる場所に影ができている。
そこにネロは移動できるようだ。
「さて、どうする?」
「それがスキルなのか?」
「答える義理はないな。でも、センスはあるよ」
目を閉じたままネロを感じつつ、相手の先を読まなければ……
(……俺ならどうする?どう仕掛ける?)
ここまでの戦いでネロはこちらの死角から攻撃してきている。
なら、これを前提に動けば――
(――よし)
目を開けるとネロの姿は見えない。
それでも気配は影の中から感じれる。
移動しながらこちらを伺っているようだ。
それに気付いていない振りをしながら、警戒だけは緩めない。
「いいのかな?視覚に惑わされちゃうよ?」
ネロの言葉にも惑わされない。
相手が攻撃してくるその瞬間を狙う。
ネロを感じていた感覚がブレる。
(来る!)
右。
違う。
背後。
振り返りざまに拳銃を撃つ。
弾丸がネロの頬を掠めた。
「……当てた?」
ネロが少し驚いた顔をして後退る。
「凄い。まさかカウンターを狙うなんて。失敗してたらタダじゃ済まないのに」
「……度胸だけはあるんでな」
何がおかしいのか、ネロが笑う。
笑い終わると真剣な顔になりその瞬間、再び消える。
先ほどより速い。
(……本気モードってとこか?)
ネロの存在を複数の影から感じる。
どれも本物のように感じるが、こちらが隙を見せると微かに一つだけ存在を強く感じれる。
そこに攻撃する振りをして、逆に罠を仕掛ける。
ネロはそれに気付いて再度攻撃する機会を伺うようになる。
(……完全に持久戦だな)
少し気を抜いた直後、横腹に蹴り。
「ぐっ――!」
身体が壁まで吹き飛ぶ。
影から出てくるネロ。
(――休ませてくれないのか)
すぐさまネロは影に沈む。
こっちの思い通りには展開させてくれない。
「読み合い、楽しいでしょ?」
「……付き合うのは疲れてきたぞ?」
「まだまだこれからだよ?」
ネロの圧がまた消える。
今度こそとこちらも集中して周りの気配を察知しようとするが反応が遅れ、肩を斬られる。
(ネロは影を使うのなら、頭上に――)
上に閃光弾を放ち、強い光が降り注ぐ。
これで影は最小限まで小さくなるはず。
振り注いだ瞬間、ネロの姿が、初めてはっきりと見えた。
「っ……!」
ネロの金色の目が見開かれる。
「魔法創造――拳銃」
勝負はこの一瞬。
今度は逃げ場がない。
パンッ。
乾いた音。
弾丸がネロの肩を撃ち抜く。
続けて二発。
「……負けた」
ネロは石畳に座り込んだまま呟いた。
だが、ネロはもう動かない。
「勝ったのか?」
「うん。ネロの負け」
勝負がついたからか、傷は消え、ネロは立ち上がり、尻尾を揺らす。
「ちゃんと作戦を考えることができていたね。えらい。俺の攻撃は威力こそないけど、対応できるまで時間がかかるのに、よくやったよ」
「どうも」
ネロは枯れ木の根元へ歩き、そこに腰を下ろした。
「それで?何か聞きたいこと、ある?」
「もしかしてだけど、ルクスには諜報部隊でやってたのか?」
「そうだね。あとは、暗殺とか」
ネロは小さく頷く。
「当時の魔王について、教えてくれないか?」
「……今、君の敵は魔王なんだね。危険分子で言えばボロス。力こそ全てな考えだけど、根本は研究者だね。弄くり回すのが好きみたいだよ」
「シャードッシを見る限り、実験もしてるみたいだな」
「それ、たぶんボロスだけじゃない」
ネロの声が少し低くなる。
「ボロスは力を欲しがる。でも、技術を作るのは別。研究者がいる。人族か魔族か、混ざってるかは知らない」
「黒いスーツの男みたいなやつか?」
ネロの耳がぴくりと動いた。
「黒いスーツ?」
「心当たりがあるのか?」
ピクリとネロの耳が立ち上がり、空気が変わる。
ネロは少し考えてから言う。
「当時から変な連中はいた。構成員なんだろうけど、よく分からないんだ。」
「……どういうことだ?」
「君もそうだろうけど、異世界人が絡んでるんじゃないかな?一度侵入を試みた時に、摩訶不思議なスキルを目の当たりにしたからね」
「……何か手がかりはないか?」
「今の現状が分からないけど、昔は魔族領に施設があったかな。"ばいようき"とか言ってたよ」
その言葉が聞けただけでも手がかりになり得る。
ボロス軍には地球の科学者が手を貸している。
帝国の地下で見たと言っていた施設が、もしネロの言っている施設なら――
(……あいつに聞けば何か分かるか?)
「ありがとう。いい情報だった」
「これくらいお安い御用さ。ところで次はいつ来る?次来る時は甘いものが欲しいぞ」
ネロは軽く頷く。
「覚えておく」
ネロは満足そうに頷いた。
「じゃあ、またね。ゼロ」
「ああ」
出口のゲートが現れる。
そこへ向かう途中、振り返る。
ネロは枯れ木の枝に戻っていた。
黒い尻尾が揺れている。
月明かりの中で、金色の目だけが光っていた。
ゲートをくぐると視界が歪む。
次の瞬間、元の場所に戻っていた。
外はまだ夕方にもなっていない。
アステリアとノクスが帰ってくるまで時間はある。
大きく息を吐く。
「……甘い物と酒、か」
妙な約束だけが増えていく。
だが、悪くはない。
少なくとも、前には進んでいる。
ゆっくりと目を閉じる。
頭の中で、ケーヒスとネロの言葉を整理する。
(……次は、どこから崩す)
静かな路地で、思考だけが深く沈んでいった。




