第53話
アストラディアの出来事に興奮していたのか、朝五時に目が覚めてしまった。
周りにはまだ寝ている六人がいる。
起こさないようにゆっくり体を動かそうとするも、受けたダメージがそのまま残っているせいか、身体中が焼けるように痛い。
このまま動かずに一日を過ごせればいいのだが、そういうわけにもいかない。
日本に帰ってきているだろう、あいつを探して、詳しい話を聞かねばならないのだ。
(……まだ寝ているだろうが、関係ないな)
いうことを聞かない身体を無理やり動かし、スマホを手に取りベランダへ。
鴨志田へ電話をかける。
(……出ないな)
五コール目で留守番電話に切り替わってしまった。
ここは心を鬼にして、電話をかけ続ける。
(起きろ、鴨志田!)
願いが通じたのか、六回目で電話に出た
『……おはようございます、警部。めっちゃ眠いんすけど、こんな朝っぱらからどうしたんすか?』
まだ頭が冴えきっていないのが分かる声で電話に出た鴨志田。
今にも二度寝しそうな勢いだが、それを許すわけにはいかない。
「起きろ、鴨志田。藤堂が見つかるかもしれない。あの東村山のアパートに行く。来れるか?」
『……はい?』
「もう一度言うぞ。来れるか?」
電話の向こうで沈黙。
直後、鴨志田の声色が変わる。
『いや、そこ復唱されても困るっす。藤堂?見つかったんっすか?』
「事情は後で話す。とりあえず時間との勝負だ。逃げられたら、次はないかもしれない」
『とりあえず了解っす。朝からハードっすね』
「いい目覚めになったろ?」
『最悪の目覚ましっすよ。準備して向かいます。準備するもの、あります?』
「管理会社の連絡先が分かるなら立ち合いを依頼してくれ。あと藤堂の資料は手元にあるか?」
『さすがに資料は職場っすね。今日の当番、峰さんっすけど持ってきてもらいます?』
「峰か……あいつなら喜んで来そうだな。声だけかけておけ」
『了解っす』
電話を切って、早朝の空気を目いっぱい吸い込む。
朝の新鮮な空気は気持ちを落ち着かせてくれる。
(――次は逃がさない)
六人が寝ている間に部屋を後にする。
起きて居ないと分かれば騒ぎ出す可能性もあったので、メモをテーブルの上に残しておいた。
今日は晴天。雲一つない天気。
まだ多くの人が活動を始める前の時間。
電車を乗り継いで東村山に着く頃には通勤ラッシュの時間になっていた。
問題のアパート前には、既に鴨志田が到着していた。
スーツ姿の管理会社社員が、不安そうな顔でこちらを見ている。
「警視庁の小澤です」
警察手帳を提示する。
「朝早くご対応いただきありがとうございます。ご協力感謝します」
「いえ、それはいいのですが……こんな朝早くから何事ですか?」
「居住者が事件に関係している可能性があります。お手数をおかけしますが、ご同行お願いします」
管理会社の社員を連れて部屋の前まで行く。
鍵を開けてもらう前に共有部分から室内の様子を伺う。
室内の明かりは付いてないが、微かに音が聞こえるので、誰かしらはいると判断できる。
鴨志田が小声で話しかけてくる。
「警部。襲ってくる危険は?」
「可能性はある。十分気をつけろ。管理の方は鍵を開けたら退避してください」
管理会社の人は静かに頷き、もう鍵を開けていいかハンドジェスチャーらしき行為をしている。
(……喋っていいんだがな)
「じゃ、突入は自分最初で」
「よし。カウント三から。三、二、一」
管理会社の人が鍵を開ける。
同時に鴨志田が「警察だ!」と言いながら室内に突入する。
鴨志田の後ろから追うように室内に入る。
室内はカーテンも閉められ、ほとんど見えない。
「警部!」
鴨志田の声で前に出る。
そこには明らかに様子のおかしい男が足から血を流しながら胸の前で拳を握りしめ悶え苦しんでいる。
「鴨志田!救援車!」
「はい!」
「管理会社の方!室内に入らないように!」
鴨志田は共有部分に出て救急要請をしに行った。
苦しむ男に駆け寄り、状態の確認を行う。
「おい!大丈夫か?」
「……ッ……」
「分かった!無理に喋るな!胸が痛いのか?イエスなら床を叩け!」
藤堂は床を叩かない。
「これは薬の影響なのか?イエスなら床を叩け!」
ダン!と床が叩かれる。
「分かった!これは想定の範囲内か?」
「……」
「想定しなかったのかよ。副作用ぐらい考えておけ!くそ!鴨志田、まだか?」
「救急車、後五分で来ます」
「よし。足の方の止血とかできるか?」
ガラス瓶を足で割った時にできた傷からも結構な出血が見られる。
藤堂からすれば逃げるために致し方なかったとはいえ、考えなしにもほどがある。
「タオルで圧迫するぐらいしか分かりませんよ?」
「それでいい!やってやれ」
遠くに救急車の音が聞こえ始める。
このまま死なすわけにはいかない。
「藤堂!もう少しだ!鴨志田!カーテン開けろ!」
「はい!」
カーテンを開けたことで部屋が明るくなる。
テーブル、冷蔵庫、敷布団だけの簡素な部屋。
この部屋が奴らの拠点といっていたが、この部屋で一体何をしていたのか。
救急車が到着し、藤堂が救急隊によって運ばれていく。
鴨志田には救急隊に説明していてもらい、こちらは呆然と立ち尽くす管理会社の人を対応する。
管理会社が課している相手は藤堂ではなく、また別の人物に貸していたようだ。
それでこのような騒ぎ。
賃料自体はきちんと支払われていたとのことだが、契約者以外が住んでいたことに加えこの騒ぎ。
強制解約の手続きを取るそうだ。
契約者の情報は後日、管理会社に伺った時に見せてもらうことで、部屋の鍵を閉め帰っていった。
「警部。あれは中毒症状ってことでいいっすか?どの規模の病院がいいか聞かれてるんすけど?」
管理会社と話に水を差さないように機会を伺っていた鴨志田が確認してくる。
中毒と言えば中毒だ。
ただ、飲んだものが科捜研で分析した物と同一であるなら、薬物ではない。
「得体のしれない薬のようなものを飲んだのは間違いない。精密検査も必要だろうし、大きな病院が望ましい、か?」
「……もしかして」
静かに頷く。
鴨志田は事情を察して足早に救急隊へ説明に戻る。
朝からこんなに濃い一日を過ごすことになろうとは……
アパートの周辺住人も何事かと集まってきた。
「警部!搬送先決まりました。一緒に乗ってください。」
「俺もか?」
「ここにいても注目集めるだけっすよ。あと、行先は警察病院にしてもらいました。警備も必要ですし、事情が事情なので」
鴨志田に促され救急車に乗り込むと、藤堂は点滴をされた状態で多少落ち着いているように見える。
椅子に座ると朝早かった影響か眠気が襲ってくる。
ここでひと眠りするのも悪くはないと思って周りを見ると、鴨志田は腕を組んで目を閉じている。
何もない時間が過ぎていく。
高速に乗り、都心へ向かっている道中、藤堂が意識を取り戻した。
「……ここは?」
救急隊員の人はそのまま寝ていてくださいと声をかけるも、藤堂は手で制する。
「大丈夫です。思ったように動けないので、暴れたりしません」
「……随分、謙虚だな」
藤堂がこちらを見る。
酸素マスクをされたままなので声は多少聞きづらい。
「……誰だ?おっさん」
「この姿では初めまして、だな」
胸元から警察手帳を出す。
「警視庁の小澤……なるほど。理解したよ」
藤堂は一度目を閉じ、ふうと息を吐く。
「すげーな、おっさん。で、俺はどうなるんだ?」
「とりあえず病院に搬送する。回復次第、事情聴取だな」
「……金、持ってねーぞ?」
「知らん。親にでも請求がいく。それより、心配するのはそこなのか?」
「俺は何もしちゃいない」
「それを調べるのがこっちの仕事だ」
藤堂は「好きにしろ」と言い、疲れたのか目を閉じてしまう。
再度、静かな時間が流れ始める。
藤堂に着けたれら心電図モニターから聞こえる小気味よい音が眠気を誘う。
(……これで一区切り、だな)
緊張の糸が切れ、病院に着くまでゆっくり眠ることができた。




