第52話
エレナがシャードッシに留めを刺したのを見て、安堵するとともに体の力が抜けてしまう。
今回の戦いは相手の能力を見誤った所為だ。
ダンジョンで深くまで潜れたことで慢心していたのか……
(……もっと情報を集めて挑むべきだったな)
地面に座り込んだところにアステリアの六人が集まってくる。
残りのゴブリンたちは隊長がやられたため、散り散りになって逃げて行った。
「助かった。ありがとう」
「いえ。ご主人様が無事で何よりです。ご主人様が東門で粘ってくださったおかげで、多くの住民の無事が確認できています」
エレナが手を差し出してくれたので、それを取る。
エレナに肩を貸してもらい休める場所に移動することになったが、ルナはシャードッシの近くから離れようとしない。
「……ルナ。どうした?」
「……まだ、終わって、ない。」
ルナが小さく呟くと、倒れたシャードッシの胸元へ手を差し込む。
ぶち、と肉が裂ける音。
直後――赤黒い光を放つ“核”のようなものを引きずり出した。
「……この魔族は、これを、壊さないと、また、復活する」
ルナが無表情のまま手にした赤黒い玉を握り潰す。
まるでガラスの玉が破壊されたかのように粉々になる。
これでシャードッシが復活することはなくなった。
「……これで、終わり」
ルナは砕けた核の欠片を見つめ、不意にその一部を口に運ぶ。
口に運んだそれをルナは齧る。
魔族的な儀式かとも思ったが、全て齧るわけでもなく少しかじった程度で残りは捨ててしまった。
「……ルナ?」
セラが目を丸くする。
ルナは小さく口元を緩める。
「……まずい」
そう呟いて、ぺっと吐き出した。
「食うなよ……何かあるのかと思ったぞ」
「……昔の、魔族、こうして、強くなった、って聞いた。同じこと、しようと、思ったけど、ダメ」
「帰ったらうまいもん食おうな」
ルナはシャードッシに興味がなくなったのか早足でこちらにかけてくる。
いつの間にかミアがエレナの反対側から支えてくれている。
「まずは冒険者ギルドに行きましょう、ご主人様!」
東門から西門への道のりは長く感じた。
今回のクエストでのMVPは間違いなくアステリアだ。
それがとても誇らしく思える。
冒険者ギルドの近くまで来ると、怪我の手当てを受けている冒険者が多数で迎えてくれる。
南門にいた衛兵もこの場にいるのが見えた。
皆、アステリアに感謝の気持ちを伝えている。
「ご主人様はこちらでお休みになっていてください」
降ろされたのは、ギルド入り口横にある椅子。
すると、頭に包帯を巻いた男が一人隣に座る。
「この度は、ラグナードを救っていただきましてありがとうございます」
深々とお辞儀をされる。
「いや。ちょっとやめてください。俺は何もしてないですよ」
「謙遜が過ぎますね。南門で魔物の大群と戦っていたこと。魔王軍を東門で食い止めていたこと。どちらもあなたの功績です、ゼロ様」
「……なぜ、俺の名前を?」
「冒険者ギルド上層部ではちょっとした有名人ですので。申し遅れました。私、ラグナード支部長のデンネと申します。種族は狼人。以後、お見知りおきを」
こちらの情報を知っているだけでなく、ギルド長という自白に少し驚いた。
丁寧に挨拶をしてくれたことからも、受け入れてくれたのだろうと安心する。
「ベルナスでも魔族を撃退したと伺っていました。まさか、今回もやってくれるとは」
「……今回はエレナたち、です。俺も今回は助けられてしまいました」
エレナたちは冒険者や住人たちにもみくちゃにされ、街のヒーローのように扱われている。
セラだけは、笑顔でありながらも涙を流している。
「……アステリアにはきちんとポイント加算をしなければなりませんね。ここまで強いパーティはそうそういません」
「俺が育てた、優秀な仲間だからな」
「それはそれは。で、ここからちょっと真剣なお話なのですが、よろしいですか?」
デンネさんが今までの楽しそうな雰囲気から一転、真剣な顔になり小声で話しかけてくる。
エレナにギルドに来る道中で概要については聞いていたが、地下にあったという施設のことだろう。
こちらも素直に頷き返す。
「ミアさんに連れられて赴いた先にいた連中は、今、ギルド地下で投獄されています。その際、魔物寄せの宝玉も発見しましたので破壊したところ、南側の魔物が引いていきました。街一つを破壊する計画を立てていたのは間違いありません。しかし黙秘しているのです。そこで、ゼロ様にも立ち会っていただきたい」
なぜという疑問が浮かんでくるが、デンネさんが「エレナ様のご指名で」といったところで合点がいく。
エレナたちが一通り挨拶が終わったのかこちらに戻ってくると、ギルド長が「こちらです」と先を促す。
「……立てる?」
「ああ。少し休めたから大丈夫だ」
リリアが心配してくれる。
心配されまいと身体に鞭打ってなんとか立ち上がる。
ギルド長を先頭に、地下にある牢屋に向かう。
拘束された白服の男たちが三人ずつ、牢屋に入っている。
ギルドの冒険者たちが見張りにつき、逃亡対策もされていた。
その中の一人を見た瞬間、足を止める。
「……お前、藤堂元康、か?」
「……誰だ、お前」
鴨志田に集めさせた行方不明者の資料で見覚えがある。
日本で働いていた頃の写真より細くなって痩せこけている気はするが、顔のパーツは変わってない。
(……なんでこんなところに?)
「もう一度確認する。お前は藤堂元康か?」
「……なんだ?もしかして、お前、日本人か?」
男は少し興味を持ったのか、後ろ手で縛られた状況で立上り、柵の規格まで歩み寄ってくる。
興味を持って近づいてきた時点で、ほぼ本人であることは確実だろう。
「直接会うのは初めまして、だ。藤堂元康で間違いないな」
「……その名前は捨てた。この世界の俺はアレキクスだ」
「そうか……とりあえず、本人の確認は取れた。俺は、小澤裕鷹。警視庁刑事部捜査一課の刑事だ」
警察だと名乗ると、藤堂は急に背を向け小刻みに震え始める。
「……警察が何の用だ?」
「日本では行方不明者になっているからな。まさかこんな形で出会えるとは思ってなかった。この世界で何をしている?何かあったのか?」
「何も。あんたには関係ないだろ」
こちらの顔を見ずに淡々と答える。
ここで追い詰めても仕方がないので、まずは話し合いに応じてもらえるように優しく言葉をかける。
「何も、は無理があるだろ。何の研究をしていたんだ?他にも行方不明者が多数いる。出来るだけ情報が欲しいんだ」
「……警察が何したって無駄だよ。諦めな」
そういうや否や、藤堂は座り、ポケットから瓶を取り出し、勢いよく足で割った。
その錠剤の口に運び、飲み込む。
(……あれは!)
見たことがある。
赤色のドーナツ型錠剤。
藤堂がそれを口にすると、周囲の白服たちが顔色を変えた。
途端、藤堂の身体の周りに赤色の靄が包む。
「じゃあな、小澤とかいう警官さん。捕まえられるものなら捕まえてみろ。その時、色々話してやるよ」
藤堂はニヤリとした笑顔をこちらに向けてくる。
この光景はあのアパートと同じ。
なら、向かう先は――
(……逃がしたか)
赤い靄が晴れるとそこに藤堂の姿はなかった。
慌てたギルド職員が牢のカギを開け、同じように逃がさないため、白服の所持品も確認していく。
藤堂以外からは例の薬を所持しているものはいなかった。
「……あいつが逃げた先に心当たりがあるものはいるか?」
「……」
全員が黙秘、もしくは知らないのか。
するとギルド長が「では、こうしましょう」と杖を取り出したかと思ったら、ブツブツと何かを唱え始めた。
何かの魔法が発動すると、残った五人のうち一人が立上る。
「……あいつは、我らが拠点に、行った」
虚ろな目をしていても、的確にこちらの欲しい回答を供述していく。
フィアが小声で教えてくれたことだが、エルフに伝わる精霊魔法を使った精神干渉魔法というものらしい。
そして、拠点と呼ばれていた場所は、鴨志田と向かったあのアパートが怪しそうだ。
(……戻ったら鴨志田に連絡だな)
「……彼が知っていることはこれで全てみたいですね。どうです?参考になりましたか?」
「わざわざすまない」
ギルド長が再度杖を振ると、精神干渉魔法は解除されたようで、虚ろな目も戻っていた。
あと気になるとすれば、捕まえた白服たちの今後だが――
「こいつらはどうなるんだ?」
「とりあえずは事情聴取です。多少の精神干渉魔法は使うことになるでしょうが、事態は重大なので致し方なしです。魔族も関係していますし、何を目的にしていたかは吐かせないといけないでしょうね」
ギルド長のその言葉に白服たちは半ば諦めたような雰囲気を醸し出す。
こちらの世界でやれることはやった。
次は――日本だ




