第47話
背中に固い違和感を感じて目を開ける。
この光景もずいぶん見慣れてきた。
日本とは違い、ベッドは固いし寝心地もいいものではないが、日本のじめっとした空気よりも快適さを感じる。
(……考え事をして眠ったか)
ベッドから身体を起こす。
宿の部屋には一人。
まだ外は薄暗く、人も活動を開始する前で静かな朝。
だが――今日は。
(……出発の日だな。頭を切り替えないと)
日本でのことは一度考えることをやめる。
こちらの世界での昨日までは“準備”。
準備できることは準備したはず。
セラのためにも、今日は本当に帝国へ向かう。
ベッドから降り、身支度をする。
(……なんて器用なことができたらいいんだろうけどな)
幸いにもまだ朝早い。
少し散歩をしながら、頭の中を整理しようと部屋から出る。
街は朝市の準備をしている人が黙々と作業している。
もう少し時間がたてば、この通りも騒がしくなるだろう。
(……さて、日本でのことを整理するか)
鴨志田に合流して向かったアパートの一室。
警察手帳を見せた瞬間、姿を消した謎の男。
(警察手帳を見て逃げたということは、警察とは何かを知っている。エレナ達のように日本に馴染んでいるのであれば異世界人という可能性も残るが、一番怪しいのはーー)
鴨志田はあの出来事の後、一緒に部屋の捜索を行った。
特に変哲もない部屋だったが、奇妙な点が一つ。
部屋のどこにも身分証がなかった。
あの男は慌てていたのは確かで、事前に身分証を身に着けていなければそんなことは起きない。
実際、財布は部屋に放置されたまま。
(ーー見た目は学生っぽかったが、学生証すらなし。一体、誰なんだ?)
鴨志田にはアパートの契約から洗ってほしいと頼んでいるが、判明するのは次の営業日。
(捜査は地道に。それでも近づいたと感じるものだが、今回はその感覚がない……)
考え事をして散歩をしていると随分と明るくなってきた。
少しはすっきりしたので、宿屋に戻りつつ、帝国への出発に頭を切り替える。
「ご主人様、おかえりなさい」
宿屋の前ではエレナが待っていた。
他のメンバーはいない。
「どうしたんだ?朝早いじゃないか」
「ご主人様こそお早いですね。何か考え事ですか?」
「どうしてそう思うんだ?」
「ご主人様の癖です。あと、表情を見れば分かります。問題を解決しようとするときは、ちょっと怖い顔をしてますよ?」
エレナに言われて照れくさくなる。
「心配かけてすまん。さて、みんなが起きてきたら出発だぞ。準備はいいか?」
「はい」
部屋に戻り、準備していたものを身に着ける。
エレナは今頃部屋でみんなを起こしているころだ。
(早く下に言って待っているか……)
荷物を持って宿の一階へ。
既に全員が揃っていた。
「おはようございます」
エレナ。
「……おはよう」
ミアとリリア。
セラは少しだけ緊張した顔をしている。
フィアは静かに周囲を観察し、ルナはいつも通り無言だった。
「準備はいいな?」
全員が頷く。
朝食を簡単に済ませ、荷物を背負う。
宿を出ると、朝のベルナスはいつも通りだった。
朝市の露店と商品を求めて行き交う人。
これからクエストに出発する冒険者。
何も変わらない。
だが――
(……この街とは一時的に”さよなら”だな)
ギルドへ向かう。
扉を開くと、中の空気がわずかに止まった。
昨日の件がもう広まっているのだろう。
「……帝国に助けに行くのか」
「魔族だぞ……?」
「正気じゃねぇ……」
小声が聞こえるが気にしない。
受付へ向かうと、すぐにハセルが姿を見せた。
「お待ちしておりました」
いつもの笑顔。
「こちらを」
差し出されたのは数枚の紙。
越境許可証とギルド依頼書、そして、緊急支援任務の証明。
「この書類は肌身離さずお持ちください。ギルドが後見人となって発行している越境許可です。失くされたら違法入国になります」
「承知した」
「現地は既に混乱状態に入っている可能性があります」
「分かってる」
ハセルは小さく頷く。
「……ご武運を」
ギルドを出るとそこにはギルドが用意してくれた馬と荷車。
空は少し曇っている。
この同じ空の下で、今も苦しんでいる人がいる。
馬の操舵はミアが経験があるとのことで任せ、他のメンバーと一緒に荷車へ。
街の門を抜ける北に向かう
北の山へ向かう道中に森。
朝でも薄暗く、不気味な森を抜けて山へ。
ベルナスと帝国の間に存在する巨大な山で、山道はあるものの岩山を削って作られたもの。
そのため危険性も高く、行商人でもこの山は越えたくないという。
山の麓まで来て近くで見ると、改めて異様な大きさだった。
「……高いですね」
フィアが呟く。
「普通なら迂回する山だ」
だが、迂回すれば時間がかかる。
今のラグナードには、その時間がない可能性が高い。
「ここは任せておけ。【掘削】」
セラが少し驚いたように言う。
「ご主人様はそんなスキルまで持っているんですね」
「……それは、おいおい説明する。それより、この山は越えるより、抜けた方が早いだろ?これでトンネルを掘って最短で向かうぞ」
ミアが山肌を見上げる。
「……できる?」
「やるしかない」
セラにコンパスを渡し、目標とする方角を指示してもらいならがトンネルを掘り進める。
最初は順調だった。
スキルで簡単に掘り進めることができる。
スキルに慣れてくると掘削する距離も長くする。
山の内部へ進んでいく。
だが――
「……ん?」
ミシッ。
小さな音が聞こえた気がした。
順調に掘り進めてきたと自負している。
ただ、さっきから頭の上から粉が降ってきている気もする。
次の瞬間。
「下がれ!!」
掘削で前方に空けたトンネルの天井が崩れた。
轟音と土煙、大量の土砂で目の前が塞がれてしまう。
セラが咄嗟に防壁を展開する。
ミアとリリアが飛び退く。
「っ……!」
フィアが咳き込む。
「大丈夫か!?」
「……はい」
「……平気」
土砂が落ち切る。
目の前の通路は半分以上埋まっていた。
「……危なかったですね」
エレナが息を吐く。
崩れた天井を見る。
(……トンネルを掘り進めながら、壁を補強しつつ進むのが一般的とは知っているが、完全に知識不足だったな。スキルではどうにもできないわけか)
このままスキルで掘ることはできる。
だが、崩れない構造が分からない。
このまま続ければ、生き埋めになる可能性も高い。
「……土、固めれば、いいの?」
ルナがポツリと呟く。
全員の視線が集まる。
ルナは静かに壁へ触れる。
「……ご主人様、掘って、余っている、土、ある?」
「ああ。アイテムボックス内にあるぞ」
「それ、使って、いい?」
ルナは準備があると言って、袋から何かを取り出して作業している。
「あれは何をしているんだ?」
「……たぶん、魔晶石、ですかね?継続的に魔法が発動できるように細工されたものです。術式を魔晶石に刻めばほぼ永続的に発動してくれます」
エレナがスラスラと説明してくれるが、いまいちピンとこない。
ルナが準備ができたとのことで、残土を壁側へ指示通りに配置する。
その残土にルナが何かを埋め込むと、途端に岩の壁が出来あがる。
「……これは。ロックウォールで壁を維持しているのですね」
セラが目を見開く。
「これなら、通れる。ご主人様、掘り進めて、いい」
「数は問題ないのか?まだ距離があると思うが……」
「使うのは、小さいの、だけ。いっぱい、買って、あるから、問題、ない」
ルナを信じ、トンネルを掘り進める。
その後は順調に掘り進めることができ、途中、何度か休憩を挟みながら、ついに山を抜けることに成功した。
「……なんだか外の空気を吸うのは久しぶりですね」
エレナが両手を広げて息を目いっぱい吸い込む。
「……ずっと暗かったから新鮮」
リリアはその場に座り込んで空を眺めている。
このトンネルができたことで、帝国と王国の行き来はだいぶ改善されるだろう。
ただし、そこに広がっていたのは――深い森。
「ここは帝国領です。ここからは私が先導します」
「このトンネルはどうする?隠しておくか?」
「いえ、いずれ交易の要所として使いたいので、このままで。ここから北東方面に向かえばラグナードなので、森の伐採もしつつ進みたいところなのですが……」
セラがうるんだ瞳でこちらを伺う。
後々のことを考えればきちんと整備した方がいいのは分かる。
だが、他国が作ったトンネルを快く思うだろうか。
「ご主人様の懸念も分かります。が、政治的な部分は後回しにして大丈夫です。今は早く街の救援と住民の避難を」
「……なるほど。避難にも使いたいのか」
セラの言うとおり、今は一刻を争いながらも、多くの命を救うべき時。
「なら、さっさと街へ向かうか」
(……植物に効くのか分からないがーー【ゼロ】)
腕を振ると、途端に目の前を遮っていた木がなくなった。
木が消滅するとは思わなかったが、これはこれで問題なし。
そのままセラがミアの隣に座り行く先を指示し、【ゼロ】で木を消滅させながら先を急ぐ。
森の中なので魔物に襲われる可能性もあったが、一切遭遇することなく森を抜けることができた。
幸運と割り切れることもできるが、これはーー
(……妙だな)
魔物の思考回路は動物のそれと同じ程度らしい。
とすると、この状況から考えられることは……
「森を抜けることができたのでもう少しで街が見えてくるはずです」
セラの声が少し嬉しそうに聞こえる。
故郷の国に帰ってきたのだ。
テンションが上がってもしょうがない。
(……魔族の強襲を受けたのは昨日。今ならまだ最小限に食い止めることはできるはず)
森を抜け丘に上がったところで馬が止まる。
「ーーそんな……」
セラが言葉に詰まる。
全員が前を見る。
丘から見えるラグナードの街。
南側の城壁は魔物の大群が押し寄せており、北側からは黒煙。
「……1日で、ここまで」
フィアが息を呑む。
燃えている。
ラグナードが炎に包まれていた。




