第45話
蒸し暑さで目を覚ます。
外は梅雨入りしたのか、今日は小雨が降っている。
怠さを感じる身体を起こすと、六人がスヤスヤと眠っている。
(……これは、だいぶ狭いな)
六人で過ごすことになったのはつい最近なのに、この光景を見ると安心する自分がいる。
(さて、起こさないように準備するか)
眠い顔を洗い、音を立てないように朝食の準備をする。
朝食の準備をしながら、今日の仕事でやることに考えをめぐらす。
(……何か証拠が出てくればいいが。そもそも、どうやって逮捕するかだが……)
脱法ドラッグの件で髙橋と行方不明者三名の事件については、進展していると思いたい。
しかし、あれがもし強盗殺人事件とも関係があるとしたら、異世界の能力を持つ相手をどう逮捕すればいいのか。
加えて、日本の法律で裁くことができるのか。
(……少しは頭が回ってきたかな)
あの黒いスーツの男のように、目の前からいなくなってしまうような相手であれば、手錠をかけたところで逃げられるのは目に見えている。
その他にも、ルクスによって配布された本の所持者の特定を部下に依頼している。
もちろん、鴨志田以外の部下には異世界のことは伏せているので、事件性なしと判断され送検を見送った案件の掘り起こし進捗はあまり芳しくない。
(……何かしら打開策が見いだせればいいが)
そうこうしているうちに朝食が完成する。
時間は六時半。
そろそろエレナ辺りが目を覚ます時間だろう。
最近は家になじんできたからか、きちんと睡眠ができているようだ。
最初のころはあまり寝付けず朝早く目を覚ましていた。
(……そろそろコーヒーでも淹れるか)
テレビをつけ、朝のニュース番組にする。
ニュースをつけっぱなしにしてキッチンでコーヒーが落ちるのを待っているとーー
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
「……おはよう」
エレナ、ミア、リリアの三人が先に目を覚ました。
エレナは朝に強いので目覚めはばっちり、他の二人は目をこすっている。
「顔、洗ってこい。あと、そろそろ出るから三人をよろしくな」
「もうそんな時間ですか。今日は寝すぎましたね」
「いや、ニュースで殺人事件があったぽいからな。犯人は逮捕しているみたいだが、仕事は山積みだろうから、早めにな」
「……今日は遅くなる?」
「そうならないことを願っているよ」
三人が洗面に向かったのを確認し、朝のコーヒーを飲む。
「それじゃ、行ってくるから後よろしくな」
「いってらっしゃいませ」
背中にエレナの声を聴きながら、足早に駅へと向かう。
■エレナ
ご主人様がお仕事に出発され、家には私たち六人が残りました。
朝食はすでに用意されているようなので、ミアとリリアにも手伝ってもらいます。
「……おはようございます。ちょっと遅かったようですね」
「おはようございます、セラさん」
セラたちも起きてきました。
「朝食はできていますので、顔を洗ってきてください」
三人は洗面に向かってもらい、その間に布団をミアに片付けてもらいます。
三人が戻ってきたところで一緒に朝食。
テレビでは今巷で人気のデザートが紹介されている。
「エレナさん、今日はどうするのかしら?」
「特に予定もありませんし……」
「……部屋の掃除」
リリアが妥当な提案をしてくれる。
特にやることも無く外出するのもいいですが、セラ含め三人はまだ疲れが見える。
今日のところは部屋で大人しくするのも良いかと考えていたところ――
「セラ、宝石はどうなったの?」
「ええ。問題なく持って来れました」
フィアがセラに実験結果を聞いた。
ルクスが言っていたことを検証できたことは大いに価値がある。
それであれば――
(……もしかして、魔法の道具も持ち込むことができる?)
ご主人様と一緒に行った事件現場。
あの時、この世界ではありえないことが起こっていると何となく感じた。
もし、それがこちらに持ち込まれたものであるなら……
「どこかお出かけしたいところはありますか?」
まだ決まったわけじゃない。
まずは検証してからご主人様に話す。
■小澤
今は昼時。
今日もまた鴨志田と共に定食屋で昼食を取る。
書類仕事だけで午前が終わると肩も凝るし、目も疲れる。
まだまだ処理しないといけない書類があると考えると憂鬱な気分に戻される。
「どうしたんすか?元気ないっすね」
「書類仕事が溜まってたんだ。昨日の殺しのやつがな。もう少し楽にしてくれないものかね」
少しは電子化が進んでいるものの、未だに紙の書類は多くある。
特に経験が浅い者だと訂正箇所を指摘して再作成を指示したり、書類が足りなかったりする。
電子化されれば、必要書類も一目で分かるようにシステムを組んでくれれば、そういったミスも減るのだが……
「……やっぱり警部になるもんじゃないっすね」
「何言ってんだ。お前もあと二年したら昇任試験だろ。さっさと警部補になれ」
鴨志田はまだ若い。
これでも本庁の刑事一課に在籍しているのだから同期の中では優秀だ。
ただ、昇任に対して欲求がない。
とことん現場志望。
「警部の姿を見て、昇任したいって思うやつはいませんよ」
「それだと困るんだがな。で、高橋の件はどうだ?」
鴨志田を昼食に誘った本命を切り出す。
「今、資料を取り寄せ中です。まだ時間はかかりそうっすね」
「そうか。分かった。あと、強殺の方って何か進展あったか聞いてるか?」
品川でのコンビニ強盗殺人事件。
現在も計画した首謀者は逮捕したものの、実行犯は行方不明。
捜査員の規模は縮小したが、現在も継続捜査中。
ただし、ここ最近は新しい情報もなく、上からしつこく状況報告を求められている。
「警部も知ってるじゃないですか。進展なし。未だに使用された凶器は不明」
「……一応の確認だよ」
■鴨志田
警部とは昼食後に別れた。
なんでもまだ書類仕事が終わっていないようで、午後も決裁の山と格闘するそうだ。
「さて、どうするっすかね……」
警部から担当を任されている事件はどれも手掛かりが乏しい。
高橋の件は犯罪性なしという結論で今後動くことはない。
強殺は未だに実行犯への手がかりが掴めない。
警部からお願いされた行方不明者の捜索は、そもそも管轄も違うし、地域課の仕事。
この前協力した薬の件は薬銃。
(ただ、どれも警部は疑っているっすよね……)
捜査一課に来て三年。
警部の下で働いてきたからこそ分かる。
(実際には見てないっすけど、人が目の前で消えることなんてあるんすかね?)
どの事件もおかしな点だらけ。
人は消える。物は見えない。行方が分からない。
(何かしら証拠は残っていると思うんすよね……)
今調べるとしたらーー
(まずは”動いてみる”。そう教わったっすよね)
目的地は、渋谷。
見落としたものがある。
そんな気がしてならなかった。




