第42話
袋が増えていく。
紙袋。ビニール袋。衣類。日用品。
そして――この世界特有の、小さくて便利な雑貨。
「……思っていた以上に、物が多いですね」
私は両手の荷物を持ち直しながら呟く。
「仕方ありません。生活するとなれば必要な物は多いですから」
セラ様が柔らかく答える。
その横で――
「……これ、すごい」
ミアが小さく感嘆する。
「……軽い」
リリアも同じように袋を持ち上げている。
一方で。
「……」
ルナ様は静かに周囲を見ていた。
警戒、というよりは――観察。
(……やはり、この街は刺激が強すぎるのでしょう)
フィア様は控えめに歩きながらも、目はしっかりと周囲を追っている。
そして――
「次はどこへ向かうのですか?」
セラ様が問いかける。
少し考えてから、私は答えた。
「……せっかくですので、日本の“文化”に触れていただきましょう」
この世界で日本が誇れる文化はアニメーション。
その本場としてよくテレビで取り上げられている秋葉原。
メイドに扮した人、それを目的に集まる人。
街中にはアニメーションの広告、扱っているお店、そこから聞こえてくる使われている音楽やメイド喫茶というお店の蛍光色の看板。
「……これは」
セラ様の足が止まる。
「……すごい」
リリアも呟く。
「……眩しい」
ミアが目を細める。
看板。ネオン。キャラクター。
あらゆる情報が、視界に押し寄せる。
「こちらは、日本でも特殊な文化圏です。オタクと呼ばれる方々が来られる場所です。ただ、日本が世界に誇るアニメーションの聖地として有名です」
私は淡々と説明する。
「娯楽、創作、嗜好――それらが凝縮されています」
「なるほど……」
セラ様の目が輝く。
「あちらにはない娯楽ですね。非常に興味深いです」
(……順応が早いですね)
その時。
「……お姉ちゃん」
リリアが、袖を引いた。
小さく。
だが、確実に。
「……どうしました?」
「……あっちに怪しい人がいた」
指差す先。
人通りの少ない、裏路地。
「……黒ずくめの、変なのがいた」
私は一瞬だけ目を細める。
「あまり危険な事はしたくありませんが。リリア、怪しい感じっていうのはどういうことですか?」
「……たぶん、あっちの世界の住人」
短く告げる。
ミアがすぐに反応する。
「……私の直感も嫌な予感がする。行く?」
フィア様も頷く。
「こちらの世界に迷惑はかけられませんね」
セラ様は少し不安そうだが、ついてくる。
ルナは――
「……」
無言のまま、視線だけを路地へ向けていた。
電気街から一本入った裏路地。
表通りとは違い人の気配が途切れる。
アニメーションの音楽が聞こえづらくなり、その分車の走る音がよく聞こえるようになる。
路地はビルに囲まれているため光が弱まる。
(……いますね)
路地を進むにつれて空気が変わってくる。
そして――
「――それは、今はまだ早い」
低い男性の声。
視線を向ける。
そこには――黒いスーツの男。
そして、もう一人の男。
何かを“渡している”。
紙袋に入れてあり、中身までは判別できない。
(……あれは)
次の瞬間。
受け取った男が、こちらに気づく。
「っ……!」
顔が強張る。
そして――逃げるように走り去った。
「……逃げた」
ミアが呟く。
だが、問題はそこではない。
黒いスーツの男はゆっくりと、こちらに向き直る。
「……これはこれは」
静かな声。
「珍しい客人だ」
その目が、六人を順に見ていく。
値踏みするように。
「あなたは?」
私は一歩前に出る。
「何者ですか?」
警戒は解かない。
いつでも動けるように体勢は崩さない。
男は、わずかに笑った。
「ただの仲介人さ」
(……嘘、ですね)
「こんな場所で何の仲介をしているのですか?」
「こんな場所だからこそ、だよ」
一歩、近づく。
「君たち――」
視線が鋭くなる。
「この世界の住人じゃないね?」
空気が凍る。
ミアがわずかに構える。
フィア様は拳を握る手に力を入れている。
だが、私は手で制した。
「……何を根拠に?」
男は肩をすくめる。
「匂いかな。分かっていると思うけど、俺もこっちの住人じゃない。ま、そっちとは目的が違うだろうけどね。だから、分かっちゃうんだよね」
曖昧な答え。
だが――核心を突いている。
一拍。
男は視線を巡らせる。
ミア。リリア。フィア。セラ。
そして――ルナで止まる。
「……へぇ」
わずかに、表情が変わる。
「なるほど」
何かを“確認した”顔。
「君たちの顔は覚えたよ。今日はそれで十分だ」
背を向ける。
「また会うかもしれないね」
そのまま。
人混みの中へと溶けるように消えた。
(……追えない。追えば、何かが分かるかもしれない。ですが、ここは日本。私たちが騒ぎを起こせば、ご主人様に迷惑がかかる)
無理に追うべきではない。
そう判断する。
沈黙。
リリアが口を開く。
「……あいつ」
小さく。
「……すごく強い」
私を見る。
「……追わなくて正解。こっちの世界じゃ敵わない」
(……やはり)
その時。
「……あいつ」
初めて。
ルナ様が言葉を発した。
ルナ様の言葉にはどこか怒りの色が見える。
全員の視線が集まる。
「……知ってるのですか?」
ルナ様は少しだけ俯く。
「……似てる」
一拍。
「……同じ、服のやつを、見たことが、ある」
黒いスーツ。
「……あっちで」
言葉を選ぶように。
「……仲間が、連れてかれた」
空気が、さらに重くなる。
「……連れ去られた、ということですか?」
フィア様が問いかける。
ルナ様は小さく頷く。
「……私は、抵抗、できなかった。村のみんなに、逃がしてもらった」
その声は、かすれていた。
「……途中まで、見てた、けど、あいつらは、強かった」
(……何者なのでしょう)
私は思考を巡らせる。
黒いスーツはこちらの服を持ち込んだと考えるのが普通。
異世界でも目撃されているとなれば、ご主人様以外にも行き来ができる何者かがいると言うこと。
ルナ様のご友人達を“連れていく”、その行動に何かしら目的があるとしたら。
そして、この世界で“何かを渡している”
(……この前の事件もありますし、何かありそうですね)
セラ様が静かに呟く。
「……何か良からぬことが起こっているのですか?」
「まだ断定できませんが……」
私は頷く。
「その可能性は十分ありえます」
ミアが低く言う。
「……敵?」
「現時点では断定できません」
ですが――
「危険存在である可能性は高いです」
リリアが私の袖を掴む。
「……いやな感じ」
「同感です」
私は短く答える。
ルナ様は、まだ路地を見ている。
「……また、来る、と思う」
ぽつりと呟いた。
(……そうでしょうね)
深く息を吐く。
「いい時間になりましたし、一度部屋に戻りましょう」
全員に告げる。
「ご主人様がお帰りになったら情報を整理する必要があります」
六人で歩き出す。
再び、光の中へ。
だが――
(……あの男)
頭から離れない。
“案内人”。
(……あれは、何を案内しているのか)
答えは、まだ見えない。
だが確実に。
(……世界が、交差し始めている)
静かに、確信していた。




