第40話
私達の世界と日本の世界を行き来して何度目かの朝。
カーテンの隙間から差し込む光が、見慣れた部屋を照らしていた。
(……日本、ですね)
私はゆっくりと目を開ける。
硬いベッドではない。
柔らかい布団と、薄い壁。
こちらの世界――日本。
視線を横に向ける。
ミア。リリア。セラ。
そして――フィアとルナ。
全員が、同じ部屋にいる。
(……ご主人様とは、別の部屋で眠っていたはず)
確かに昨夜は、宿で分かれて休んだ。
それでも――結果はこれだ。
(……距離の問題じゃない?)
私は静かに思考を巡らせる。
ご主人様と契約関係にある者。
あるいは――強く紐づいた者。
(……その範囲ごと、転移されているとしたら?)
だが、確証はない。
分かっているのは一つだけ。
(……まだ、分からないことだらけね。でも、どうしようかしら……)
小さく息を吐く。
その時――
「……おはよ?」
ミアが目を覚まし、ぼそりと呟く。
「……日本、ですね」
リリアも起き上がる。
セラは周囲を見渡し、少しだけ驚いた顔をしていた。
「……ここはどこですか?昨晩の部屋とは、明らかに違いますね」
フィアは静かに状況を観察している。
ルナは、窓の光にわずかに目を細めただけだった。
「おはよう」
聞きなれた声がキッチンの方から聞こえる。
振り向くと、ご主人様――小澤が既に起きていた。
「……おはようございます。今日はお早いのですね」
ご主人様への挨拶は丁寧に一礼する。
「おはよう。全員いるんだよな……朝食は作っておいたから好きに食べろ」
短く呟く。
ご主人様もこの状況をどうするか悩んでいるようだ。
私達はだいぶ日本になれてきているといえ、新しく三人もこちらに来てしまった。
ご主人様の職業はあまり頻繁には休めないらしい。
「悪いが今日は仕事だ。三人じゃなくて……六人か」
ご主人様は軽く頭を掻く。
「とりあえず、エレナ」
「はい」
「今日はみんなを連れて、外を見て回ってきてくれ。日本に慣れておいた方がいい。あとは生活に必要な物も買っておいてくれ。これ、渡しておく」
一拍。
「あとは迷子にならないようにな。困ったら連絡できるようにスマホ、渡しておく」
「承知しました」
即答する。
ご主人様は軽く頷き、支度を整えて部屋を出ていった。
扉が閉まる音。
ご主人様が出勤してしまうと部屋の中は静寂に包まれる。
「……外、行く?」
ミアが言う。
「そうですね。片づけをしたら出かけましょうか。まずは、日本を知っていただかないと」
色々驚くこともあるだろうけど、まずは慣れてもらわなくては。
「セラ様、フィア様、ルナ様。こちらの世界を案内いたします」
「……よろしくお願いします」
セラが微笑む。
フィアは小さく頷き、ルナは無言で立ち上がった。
みんなで朝食の食器を片付けて、その間にご主人様について知っていることを共有する。
朝早いとお店も回転していないので、洗濯や掃除を終わらせた後に外へ出る。
ちょうどお店が開く10時前の街。
出勤時間からずれていても多くの人で街はあふれている。
慣れてきたものの車の音、信号、看板は未だに新鮮に感じる。
ヒューマンしかいない、異世界とは全く違う光景。
「……すごい」
フィアが目を輝かせる。
「……人、多い」
ルナが呟く。
フィアは建物を見上げていた。
「……こんなに高い建物がいっぱい」
セラは少し違う視点だった。
「これほど整備された街……帝国でも見ません」
ルナは、自動販売機の前で立ち止まる。
「……これ、なに?」
「飲料を販売する機械です」
私が説明すると、ルナはじっと見つめたまま動かない。
(……興味はあるようですね)
しばらく街を歩く。
向かう先は駅近くにある洋服店。
ご主人様から頂いた財布の中身を確認してみる。
十分、三人の服を買うだけの余裕はありそうだ。
「まずは三人の服を新調しましょう。それからいろいろ見て回りますよ」
洋服屋さんで服を新調した後、三人に見て回りたいところを聞く。
店を見てウインドショッピングを楽しみ、持ち歩きできる食べ物を見て、この世界の常識を教え、感じてもらう。
その中で――
「……エレナさん」
セラが口を開いた。
「どうされましたか?」
「この世界に……拠点を作ることは可能でしょうか?」
一瞬、足が止まる。
「……理由をお聞きしても?」
「はい」
セラは少しだけ周囲を見てから言う。
「ゼロ様の部屋では、六人が住むには狭いので、今後もこちらに来るのであれば、あの部屋では限界があります」
「……確かに。それと、こちらの世界ではご主人様は”ゼロ”ではなく、”小澤”ですのでお間違えなく」
「そうなのですね。気を付けます。そういえば、エレナさんはご主人様って呼んでいますよね?」
「その呼び方であればどちらの世界でも変えなくていいので」
「なるほど。では、私もそうしますね。それで、今のままですとご主人様の負担が大きすぎるかと」
(……合理的ですね)
感情ではなく、状況を見て判断している。
この前までは四人で住んでいても多少狭く感じていた。
七人となればなおさらだ。
私は小さく頷く。
「別の部屋を確保しておくのはいいかもしれません。ご主人様の隣が空いていればいいのですが」
「あの、ちょっといいですか?」
フィアが言う。
「私もその意見には賛成です。ただ、お金はどうすのですか?あと、こちらの住人でない私達が借りれるものなのです?」
「そこが問題なのですよね……」
私は以前、お留守番をしているときに見ていた番組を思い出す。
「テレビで見たのですが、賃貸と呼ばれる部屋もしくは家に住むためには戸籍、銀行口座、印鑑の三つが必要みたいですね。どれも分かりませんが…」
一拍。
(……ご主人様に相談するのは気が引けますし、ここはーー)
「なので、ルクス様に相談しましょう」
教会に向かう道中でルクス様について事前に説明する。
元魔王であり、敵か味方がいまいち判明しない人物。
しかし、この世界に順応している異世界人であり、現状頼るのであれば適任と思える。
教会は今日も静かな空気と柔らかな光で溢れている。
扉を開ける。
そこには――
「おや、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
聞き覚えのある声が右手側から聞こえる。
そちらに振り向くと、ルクス様は誰かと話していたようだ。
人間の姿をした男。
落ち着いた雰囲気。整った顔立ち。スーツ姿。
「そういえば初めてですね、紹介するのは。こちらはケーヒス。私の元部下で、今は友人ですね」
「……はじめまして」
「はじめまして、お嬢様方。ケーヒスと申します。どうぞお見知りおきを」
ケーヒスと名乗った人物が一枚の紙を差し出してくる。
それを受け取るが、書いてある内容は分からない。
「……これは?」
「こちらは名刺と呼ばれるものです。その人の職場、名前、連絡先が書いてあるものですよ。ケーヒスは近くの市役所の市民課に勤務しておりまして、色々とやってもらっているのですよ」
もらった紙についてルクスが補足説明をする。
「……その、どういったことをされるお仕事なのですか?」
セラが聞きなれない言葉を聞きなおす。
「そうですね。住民票の作成や転入、転出等の住む方へのサービスを取り扱っています」
「そうなのですね。なら、私たちの住民票も作ってもらえたりするのでしょうか?」
セラが目を輝かせながら聞く。
それが実現できるのであればセラの提案も実現するのですが……
「合法的に行うのであれば無理、でしょうな。日本は法治国家、法律によって物事が動いております。我々が例えば外来人とした場合、在留者としての届け出が必要です。その上で、住民票を取得するといった流れになりますが、その前に不法入国なんてことになりかねません」
ケーヒスはそこまで説明すると肩をすくめる。
「ですので、ちょっとした裏技を使います。我々のような異世界人が日本でも生活できるように戸籍をいじってくれる部署に話を通しておきます。今日、ルーカスに呼ばれたのもエレナさん、リリアさん、ミアさんの三人用の手続きするための書類を渡しに来たのですよ」
ケーヒスが床に置いていたカバンから封筒を取り出し、私に差し出す。
「こちらにお名前とサインをしてください。もし、日本人のお知り合いがいるようでしたら、身元引受人の欄にご記入を」
「分かりました。お伝えしてみます」
ケーヒスは用事は済んだようで、カバンを持ち立ち去ってしまう。
いつも間にかルクス様の隣にエリナ様のいらっしゃった。
「それにしても、また増えましたね」
ルクス様が苦笑いしている。
「それは良いことではありませんか。争いのない世界、魔法がなく化学が発展した世界を知るのも、見分が広がっていいことですよ」
エリナ様は穏やかに話している。
「今日はありがとうございました。色々、先に手配していただいていたみたいで」
「いえいえ。同郷のよしみです。困ったことがあったら気軽にご相談ください。他に何か聞きたいことはありますか?」
「この世界での生活基盤を整えたいと考えております。それで、どうやってお金を稼ぐべきか、と」
これも前に留守番しているときに見た番組で、私たちのような歳の娘はほとんど学校へ通っているという信じられない事実を目の当たりにしている。
そうなると、私達のような年代では働きに出れないのでは、という懸念がある。
「そうですね。アルバイト、ですかね。ただ、それだと望まれる額には達しない可能性が高い。それであれば、あちらの物を換金するのが手っ取り早いですね。こちらの世界では宝石はかなり貴重で高く売れますよ」
あちらの世界では、魔法の触媒として宝石類はかなり流通している。
ただ、日本へどのように持ち込めばいいのか……
「身につけておけば、こちらに持ち込めますので悩まなくても大丈夫です」
ルクスがあっさりと答える。
「ただし――売る際には私も同行した方が怪しまれないでしょうから、その際はお声がけください」
「お願い、してもよろしいのでしょうか?」
「ええ。問題ございませんよ」
ルクス夫妻とは、新しい三人の紹介も含めて話して解散することになった。
解散したのはちょうどお昼過ぎということもあり、ファミリーレストランへ。
明るい店内。落ち着いた空間。
テーブルに六人が座る。
「……おいしい」
ミアが満足そうに言う。
「……甘い」
リリアも頷く。
セラは少し真剣な表情だった。
「解決の糸口は見つかりそうですね」
フィアが静かに言う。
「でも、ご主人様にまずはお願いしないと。生活するには継続的な収入が必要で、継続的な収入を得るには住民票は持っておきべき」
「……働く?」
ミアが首を傾げる。
「ミアとリリアは学校に行くのもいいかもしれませんね」
私は冷静に答える。
「こちらの勉学はかなり高度なものと聞きますので。年齢的にも中学生?として義務教育?らしいですよ」
「……なるほど」
セラが頷く。
ルナがぽつりと呟く。
「……私も通ってみたい」
だが、その赤い瞳はわずかに動いていた。
「とりあえず、現状の優先事項はーー」
私は全員を見る。
「ご主人様に負担をかけすぎないこと」
沈黙。
だが、誰も反論しない。
「……自分たちで、立つ」
リリアが小さく言う。
「……うん」
ミアも頷く。
セラは静かに微笑んだ。
「その通りですね」
私は目を閉じる。
(ご主人様の隣にいれるようにーー)
窓の外は多くの人でごった返している。
変わらない日常。
だが、その中に――
確かに、新しい一歩があった。




