第38話
ダンジョンの入口は、変わらずそこにあった。
石で組まれた簡素な造りの門構え。だが、その奥に口を開ける闇は底知れず、見慣れているはずなのに、どこか異質な圧を放っている。
(……いつも通りだな)
軽く息を吐く。
背後には誰もいない。ここに入るのは、最初からずっと一人だった。
だが――
(……よし、行くか)
ダンジョンは暇を見つけて入るようにしている。
仲間のレベルを上げることを優先にしているので、今までは安全圏で切り上げていたが、今日は新しい仲間も増えた。
帝国への行き方も考えなければいけない――
「――行くか」
迷いなく、足を踏み入れる。
毎回リセットされ、また一階層から。
低級魔物が現れる。
だが、その姿を視界に捉えた瞬間には、すでに間合いの内側に入り込んでいる。
(――今日は時短だ。【ゼロ】――)
相手が反応する前に、すべてを終わらせる。
魔物を次々と倒して下層へ向かう。
(……順調)
十階層まで、ほとんど足を止めることなく進む。
戦闘と呼ぶにはあまりにも短い処理を繰り返しながら、ただ前へと進む。
十階層のボス、ミノタウロスも瞬殺する。
十一階層からは少し景色も変わる。
今までの迷路のような石のダンジョンから森のようなダンジョンへ。
二十階層のボスまでの道のりも慣れたもの。
ここまでは、何度も潜ってきた領域だ。
(……変わらないな)
魔物の配置、出現の間、気配の流れ。
囲まれる前に処理する。
なるべくレベル上げのために倒す。
それを繰り返してきた。
(……よし。疲れはないな)
二十階層のボスは、ケルベロス。
素早く、三つの頭が違う属性を使ってくるので厄介な相手だ。
とはいえ――
(……悪いな。【ゼロ】)
本来なら、ここで引き返す地点。
だが――
(……今回は違う)
静かにステータスを開く。
セラ。フィア。ルナ。
新しく加わった三人の情報を確認する。
(……方向性は、どうするか?)
現状のパーティを考える。
ミアとリリアは前衛のままというのは決まっている。
変えるとしたらエレナ。
エレナは周りをよく見れる司令塔タイプだ。
(……となると)
セラは剣士が妥当か。
エレナとリリア同様、剣術は習っているだろうし、他のメンバーに前衛は無理だ。
フィアは弓使い。
これは完全に思い込みだろうが、後は本人とのコミュニケーションで伸ばし方を決める。
ルナは魔法使い。
初期ステータスの高さはずば抜けており、中でも魔法適性が高い。
(……とりあえずはこれでいいか)
皆のステータスを閉じる。
(……俺はどうするか。枠の空きはあるが――)
帝国までの山越を考えると――
(まずは考えが纏まるまで保留だな……)
さらに下に向かう。
踏み入れたことがない二十階層を越えると、そこは洞窟。
魔物の質が格段に上がったように感じる。
(……硬そうな魔物が多いな)
大型の魔物も多く、動きは緩慢で読みやすい。
二十五。二十八。
そして――三十。
(三十階層、か)
一瞬だけ周囲を見渡す。
だが、足を止める理由にはならない。
(……その前に)
再びステータスを開く。
視線を、自分に向ける。
この階層に来たことで思いついたことがある。
帝国までの山越をしなくていい方法を実現できる新しい職業。
――掘削士。
(……これならトンネルが掘れるか?)
洞窟の適当な壁に手を当てる。
取得した新しいスキルを意識する。
次の瞬間。
ざらり、と音を立てて、壁が崩れた。
スキルの試し打ちにしては上出来な人一人が通れそうな穴が空く。
(……なるほど)
力を込めると、崩れる範囲が広がる。
掘るというより、押し崩す感覚に近い。
土も石も関係ない。
(……これなら)
これで少しは帝国までの道のりも楽になるだろう。
(……もう少しスキル上げしておくか)
短く息を吐く。
三十階層のボスはミスリルゴーレム。
物理攻撃は効きにくそうな身体と他のゴーレムに比べて多少は動きも俊敏だ。
(……とはいえ、すまん。【ゼロ】――)
さらに潜り、三十階層を越える。
魔物は明らかに強くなっている。
ダンジョンの姿は沼地へと変わっている。
だが、それでもまだ対応できる範囲だ。
(……動きにくいな)
帝国への行き方は決まったが、まだまだ底上げをしたいところだ。
六人のステータスも上がってきている。
が、帝国を攻めている魔族を考えると、足りないことだらけだ。
(……キリの良いところまで)
考え事をしながらダンジョンを進む。
四十階層に着く頃には目標としていたスキルレベルは達成していた。
そんな中、遂に四十階層のボス部屋の扉が目の前に現れる。
中から感じる圧力は尋常ではない。
ただ、強い。それだけだ。
扉を開け、視線の先。
そこにいたのは――三つ首の何か。
紫がかった鱗が鈍く光り、巨大な体が静かに地面に伏している。
その存在だけで、空間の重さが変わる。
「……ほう」
低い声が、空気を震わせる。
「まさかこのダンジョンに入ってくる者がいるとは、な」
ゆっくりと、こちらを見る。
(……戻れ、ないな)
「後ろを気にしてどうした?ここはボス部屋だぞ。我を倒すまで開かん」
「……」
「そう身構えるでない。貴様はこの"追憶のダンジョン"に侵入を許された者。魔王ルクス様と面識があるのではないか?」
「……知り合い、ではあるな」
「であろう。ここはあのお方が作った訓練用のダンジョンだ。我も実態ではなく思念体。ここで倒されても実態には影響はない」
(……訓練用、ね。なるほど)
目の前の巨体がゆっくりと動き出す。
「おしゃべりはそなたの実力を見ながらするとしようかの」
(……戦うのか)
明らかに上位の存在との勝負。
これから帝国で待つ戦いを考えればまたとない機会であるのは確か。
巨体が戦闘態勢に入ろうとするのを見て、こちらも体制を整える。
龍の口元が、わずかに歪む。
「いい目だ」
空気が張り詰める。
「では、お主の力、見せてみろ」
(……ああ)
声は出さず、構える。
(……どこまで通用するか)
静かに、息を吐く。
目の前にいるのは、明らかな格上。
それでもーー一歩踏み出す。
この程度で止まるなら、最初からこの道を選んでいない。
ーー試してやる。




