第36話
2026.4.25 文章を修正致しました
街の空気は、いつもと変わらない。
露店の声。行き交う人の足音。朝の光。
(……本当に、戦争中なのか?)
そんな錯覚すら覚える。
だが――
(ヤツが噓を言う必要性は、ない)
ガルディアスの言葉が、頭から離れない。
帝国への侵攻。別の魔王軍。
そして――地球。
整理するために外に出たのに、逆に情報過多になっている。
小さく息を吐く。
「……戻るか」
来た道を戻りがてら、目についたものを買う。
手に持った食料袋を持ち直し、扉を開ける。
ざわめき。
だが、こちらを見る視線が明らかに増えている。
普段と違う空気。
(……何かあったか?)
構わず受付へ。
「……どうかしたのか?」
「エレナさんが探しに出ましたよ。あーー」
「ご主人様!」
言葉を遮るように聞く。
エレナが小さく頷く。
「……目を覚ましました」
「そうか。それはよかった」
「はい。ただ、まだ現状の理解ができていないようで。少し警戒されています」
「……一回、話してみよう」
エレナに案内される。
静かな廊下を抜け、少女が保護されている扉の前までくる。
「……入るぞ」
扉を開ける。
ベッドの上から少女が、こちらを見ていた。
包帯だらけの身体。
だが、その目は鋭い。
(……意識はしっかりしていそうだな)
一歩、距離を取る。
「……君をここまで運んだ者だ。怪しい者じゃない」
沈黙。
エレナが補足する。
「あなたは街外れで保護しました。傷だらけでしたので手当てもしています」
少女の目がわずかに揺れる。
「……ここは」
「ベルナスの冒険者ギルドだ」
短く返す。
一拍。
「……そっか。なんとか来れたんだ……」
少女が涙を流しながら呟く。
「……私は、セラ=デラ=サザラント」
一拍。
「サザラント帝国、第一王女です」
寝たままであっても仕草は一流。
「とりあえず無事に目覚めてよかった。当分は安静にしてもらってーー」
「そういうわけにはいきません!急がないと」
(……なんだ?)
ミアが心配して聞く。
「……何を急いでいるの?」
セラがあっせた様子で早口になる。
「我が帝国は、魔王からの侵攻を受けています。各主要都市は何とか持ちこたえていますが、それも時間の問題なのです。その折、一人の男性からこの街に優秀な冒険者がいるとお聞きしてーー」
セラの声色から相当状況は悪くなっているのは察しがついた。
(……まさか、ガルディアスのヤツーー)
「その方と合わせていただけませんでしょうか?」
一拍。
いつも受付してくれる受付嬢と目が合うが、すぐに逸らしてしまう。
こんなところで目立つのはキャラではない。
「それでしたら、たぶん、ゼロ様かと」
受付嬢が淡々と答える。
受付嬢をもう一度見ると、ニヤニヤした悪だくみが成功した顔をしている。
「この街を魔王軍の侵攻から救った英雄ですので」
「その方はどこにいらっしゃいますか?」
長い沈黙。
受付嬢に目で訴える。”言うな!”と。
そして――
「そちらにいらっしゃるのが、ゼロ様、ですよ」
受付嬢が指さす。
セラも探していた本人が近くにいると思わなかったのか驚いた顔をしている。
(……まぁいい。とりあえずはーー)
「俺がゼロだ。同じ説明は二度しなくていい。それで、俺に何をしてほしいんだ?」
「……帝国を、助けてください」
「……どうなんだ?」
受付嬢に視線を動かし、この状況の打開策を促す。
俺は冒険者ランクCではあるが、国境を超えるとなれば、前に説明された、国からの越境許可が必要という話では不可能だ。
緊急事態に託けて帝国に入っていいものかどうかの判断は、できない。
「……ギルド長含めての判断になると思いますが、事態の緊急性を鑑みると応援は可能かと思われます」
「その場合、三人は連れていけないか?」
「……ミアさん達の実力は本物なので、一時的にランクC扱いとして任務に就いていただいて、達成後にランクをCに上げるという方法がなくもないですけど……ギルド長判断ですね」
三人と視線を合わせる。
「準備しておいてくれ」
セラの目が揺れる。
「……よろしいのですか?危険性がどのくらいかも分からないのですよ?」
「それに見合う報酬はもらえるのだろう?それにーーこっちにも行きたい事情がある」
即答。
「では、すぐにギルド長に手配しますねーー」
「その必要はありませんよ。ギルド長権限で許可します。ただし、出発は2日後でお願いしますね。色々と手を回す時間をください」
途中から扉のところにいた男が口を開く。
部屋にいる全員の視線がその男、ギルド長に向く。
薄黄色の長髪に切れ長の耳、長身でいかにもイケメンである。
「割り込んですいません。ギルド長のハセルと申します。とはいえ、このような依頼だと結構な金額になってしまいますが、よろしいのですか?」
「……現状、手元には」
「なるほど。依頼者には後払いでも構いませんが、ギルドに対しては仲介料として一定額の先払いが必要なのはご存じでしょうか?それですと、ギルドとしてクエストを受けることは出来かねますね。今や、ゼロ様は当ギルドのNo.1です」
セラの顔色が悪くなる。
「勘違いしないでいただきたいのは、決して受けさせたくないわけではないのです。セラ様は危険を冒して隣国までやってきた」
一拍。
「なので、諸々の手筈をごまかすためにも、ゼロ様の”奴隷”になってはいかがでしょう?」
(……おいおい)
「……そうなるだろう、とは思っておりました。私一人で請け負っていただけるのであれば、お願いします」
「おいおい。勝手に話を進めるな」
「ゼロ様……あなただからこそお姫様を任せるのですよ」
三人を見てニヤリとする。
「分かった」
「では、奴隷商に向かいましょう。契約を交わさなければなりませんので」
セラはまだ傷が完治していないのでエレナが背負って移動することになった。
ギルドの正面は目立つので、今回の出入りは裏口からだ。
廊下をギルドマスターを先頭に進んでいく。
ミアがぽつり。
「……仲間が増えた」
「そうだな」
だが。
「エレナ」
「はい」
「奴隷商で、もしいい人材がいれば二人、追加するかもしれない」
一瞬、空気が止まる。
だが、誰も反対しない。
エレナが静かに頷く。
「……私達でパーティを組ませるため、ですか」
「理解が早くて助かる。もちろんサポートはするが、今後を考えると人数を増やしていきたい」
「分かりました。ご主人様の隣にいても不自然じゃないくらい強くなります」
ギルドの裏出口を抜け、路地を抜けると奴隷商の前に出た。
重い空気。値踏みする視線。
(……慣れたくはないな)
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
前にも見た小太りの店主が現れる。
「すみませんが、この娘をこの方の奴隷にしていただきたく」
「そうなりますと、奴隷契約の仲介料でーー」
ギルドマスターと店主が話し合っている間、店内をゆっくりと見て回る。
店内は以前エレナ達を買った店外とは違い、綺麗にされている。
「ーーゼロ様がお買い上げとなった場合ーー」
「それでしたらーー」
まだ話は終わりそうにないので、店外を見に行く。
ーー店外は入れ替わりが激しいのか、以前の奴隷たちとは違っていた。
(……気になるのは、あの二人、だな)
一人目は、長い銀髪と尖った耳。
華奢な体ではあるものの、環境の悪い店外でありながらも、背筋を伸ばした立ち姿は目を引く。
二人目は、店外にいるものは目の前を人が通れば何かしらリアクションを起こすものだが、一切そういった仕草を示さなかった者。
(……背中の羽に、尻尾)
地面に座り込み、目も生気がないように見える。
(ーーできれば助けてやりたいが……)
中での話が終わった商人が店外にいるのに気づ出てくる。
「何か気になる奴隷でもおりましたでしょうか?」
「あの娘とあの娘は?」
「一人目はエルフですね。まだ幼く、口減らしに引き取りました。お値段はお安い部類ですね。二人目はヴァンパイアでして、魔族領での戦争孤児となります……魔族ではありますが、人族とも友好的なのですが、この前の件が他の街でも広がっており、買い手がつかないままここまで流れてきたというわけです」
「……このまま買い手がつかない場合は?」
「……幼いですが、娼館か鉱山送りか、ですね」
(……このまま放ってはおけないな)
「わかった。どちらも買わせてもらう」
商人に購入の意思を示し、店内に戻る。
店内に戻ると机の上に書類が準備されており、すでにセラとの契約準備はあらかた終わっていいるようだ。
セラはミアやリリアと楽しく談笑している。
「エレナ、あの二人も仲間にする」
「エルフと……」
「ヴァンパイアだ」
「どちらも魔法、後衛寄りですね」
「編成は後で考える。とはいえ、バランスは悪くないだろう」
二人の方を見る。
エルフは背筋を伸ばしたまま、静かにこちらを見ている。
ヴァンパイアは相変わらず反応が薄い。
(……まだ距離はあるな)
「名前は?」
短く聞く。
だが――エルフは一瞬だけ迷い、ヴァンパイアは視線を逸らした。
「……後でいい」
それだけ言って視線を切る。
鑑定で見てもいいが、それだと距離を取られるだろう。
ここは本人から言い出してもらうのが一番だ。
無理に聞き出す必要はない。
(……時間はある)
セラ。
そして、新しく加わった二人。
人数が増えた分、やることも増える。
セラも含め三人の服はボロボロだ。
(……まずはエレナ達と同様に服屋、だな)
二日後には帝国へ向かう準備が整うだろう。
だが、その前に――パーティの方も必要がある。
装備も、環境も。
戦いの前の、わずかな時間。
それをどう使うかで、結果は変わる。
(……急がないとな)
これから何をするかを考えながら、静かに、歩き出す。




