第35話
クラブ突入後は目まぐるしく指示をだし、
怒号と無線に追われ続け――
気付けば、家のソファーに横になっていた。
今までの転移は眠ったらいう条件下であるため、今日もこのまま寝ればあちらの世界にいける。
(……一度、整理するにはいい機会、だな)
そのまま目を閉じる。
案の定、硬いベッドの感触で目を覚ます。
(……いつも通りだな)
ゆっくりと上体を起こす。
朝の光が、静かに差し込んでいる。
隣を見る。
ミア。リリア。エレナ。
三人とも、まだ眠っている。
規則正しい寝息。
乱れていない呼吸。
(……こっちも、いつも通りか)
視線を落とす。
脳裏に浮かぶのは、別の光景。
重低音。光。人の波。
そして――
黒いスーツの男。
(……“案内人”)
ポケットに入れられた感触を思い出す。
(……まだ、見てないな)
だが、今は、いい。
(……時間はある。少しずつ整理しよう)
小さく息を吐く。
ベッドから降りる。
三人を起こしつつ、まずはギルドに預けた少女の件から状況整理する。
朝のざわめき。
人の声。木と鉄の混ざった匂い。
扉を開けると、視線がいくつかこちらに向く。
(……もう慣れたな)
受付へ向かう。
「おはようございます」
「おはようございます。昨日は突然で申し訳なかった。それで彼女の様子は?」
一拍。
受付嬢が頷く。
「奥で保護しています。まだ眠りから覚めていませんが、様子を見られますか?」
頷くと後をついてくるように促され、案内される。
ギルド職員しか通れない廊下を進む。
足音がやけに響く。
(……静かだな)
扉の前で止まる。
「こちらです」
軽く頷き、扉を開ける。
室内には簡素なベッド。
その上に、少女。
包帯が巻かれ、身体のあちこちに処置の跡。
だが――胸は、上下している。
(……生きてる)
小さく息を吐く。
ミアが近づく。
「……まだ、起きない?」
「そうですね……」
エレナが様子を見る。
「命に別状はありません。ただ、かなり衰弱しています。目を覚ますには時間がかかるかと」
リリアが、じっと少女を見ている。
「……ひどい」
その一言に、全てが詰まっていた。
視線を移す。
腕。足。首元。
切り傷や打撲の跡だけじゃない。
(……魔物じゃないな)
逃げて、転んで、また逃げて――
服は解れ、破けてしまっている箇所もある。
(……追われてたか)
目を細める。
ただの被害者ではない。
(……何を見た?)
あるいは。
(……何があった?)
視線を切る。
「とりあえず三人はここにいてくれ。少し外に出る。目を覚ましたら知らせてくれ」
「はい」
エレナが頷くのを確認して、部屋を出る。
街の空気は、穏やかだった。
人が行き交い、声が交わる。
だが。
(……整理するか)
日本での出来事が頭をよぎる。
渋谷。クラブ。ドラッグ。
そして――
(……あの男)
ポケットに触れる。
(……何を入れられたか、戻ったら確認しなきゃな)
考えを整理するため、歩き出す。
人通りの多い露店通りを抜け、路地へ入る。
その途端、静かになる。
(……付けられてるな)
わずかな違和感。
ギルドを出てからここまで一定の距離で付いてくる気配。
音はない。
だが、確実に“いる”。
振り返るが、誰もいない。
「気付いたか。我に隠れる気はない」
そう言った瞬間、空気が、揺れた。
次の瞬間。
そこに“立っていた”。
「……なぜ?」
低い声。赤い瞳。角。
(……生きてたのか?)
「……ガルディアス」
ヴェルデナ魔王軍第五部隊隊長。
あの時、確かに倒した相手。
だが――
(……あの時ほどの威圧は感じない?)
圧が違う。
前のような、圧倒的な重さがない。
ガルディアスが、ゆっくりと肩を回す。
「ふむ……」
自嘲気味に笑う。
「我も"気配隠蔽"も落ちたものだ」
一拍。
「これも貴様に一度倒された影響だ。あの時の我と比べれば、今は見る影もないな」
「……それで?」
間合いを保ったまま問う。
「何しに来た」
ガルディアスが笑う。
「無論、気まぐれだ」
(……だろうな)
殺気は、ない。
だが、警戒は怠らない。
「安心してよいぞ」
続ける。
「今は戦う気はなのでな」
一歩、近づく。
「この状態で貴様と再戦しても、我が一方的に負けるだけだ。我が万全の状態に戻ってからでないとつまらん」
「……随分と正直だな」
「事実、であるからな」
視線がぶつかる。
「だが」
わずかに、口元が吊り上がる。
「貴様は、久々に“楽しめた”相手だ」
沈黙。
風が吹く。
ガルディアスが言う。
「であれば、我を倒した貴様に少しばかり、教えてやろうと赴いたのだ」
(……情報か)
構えは崩さない。
だが、耳は傾ける。
「先の魔王軍の動き、少し気になっているのではないか?もしくは、隣国から逃げてきたお姫様のこととかな」
「……何が、言いたい?」
短く返す。
ガルディアスが、空を見上げる。
「――戦争だ」
その一言。
「既に侵攻は始まっておる」
一拍。
「お姫様は運よく逃げ切ったが、な」
(……隣国)
エレナの説明が頭をよぎる。
「とはいえ、このままでは我にとって面白くない。我が仕える魔王様とは別の魔王――ボロスの仕業であるのでな。であるから、貴様にやつらの狙いをつぶしてもらいたい」
続ける。
「……それに、貴様の世界にちょっかいを出そうとしている連中も仲間だ。そやつらのしっぽも掴めるかも、しれんぞ?」
その声は、低い。
「……何を?」
「貴様が元の世界に未練がないのであれば、放っておくがよい。ただ、放っておけないであろう?」
「……俺に、何をしろと?」
だが、それ以上は言わない。
「我は貴様に求めておらん」
肩をすくめる。
「我が話せるのはここまで、だ。もし、多くを救いたいと考えているのであれば、行動するのだな」
無関係なはずがない。
ガルディアスが、こちらを見る。
「……もう一つ、戯言をいれば、魔族でも戦闘能力の低い種族は塵のように扱われる。我らデーモン族は戦闘力に優れた種族であるが故、上位の存在といえよう」
一拍。
「しかし、サキュバス族などの戦闘に向かない種族を卑下するのは、わが魔王は許容していない。適材適所というものがあるそうだ。だが、今、帝国を攻めているボロス魔王軍は力こそ全て、の下品極まりない考え方の集まりだ」
ガルディアスが笑う。
「……そういった“力を持たぬ魔族”を仲間にしてみるのも、悪くはないのではないかね?」
沈黙。
風が抜ける。
「……何をさせたい?」
「いや、戯言である。状況をつたえるための、な」
ガルディアスが背を向け歩き出す。
「次に会う時は――」
振り返る。
「もっと楽しませろ」
そのまま。
空気に溶けるように、消えた。
静寂。
何も残らない。
(……帝国は戦争状態、そこに地球にちょっかいを出している人物がいる?)
全部、繋がり始めている。
だが――
(……何もかも、足りない)
人手、情報、戦力。
今のままでは、届かない。
ゆっくりと息を吐く。
「……増やすか」
呟く。
仲間を、戦える者を、背負える者を。
視線を上げる。
空は、変わらない。
だが。
(……待ってくれない)
踵を返す。
やることは、決まった。




