第32話
この二重生活にも、だいぶ慣れてきた。
目を開けると石造りの天井、そして硬いベッドの感触。
一日が二日分になってから二倍疲れるかと思ったが、そうでもない。
(……戻ったか)
ゆっくりと身体を起こす。
朝の光が差し込んでいる。
視線を横に向ける。
ミア。リリア。エレナ。
三人とも、すでに起きている。
「……おはよう」
ミア。
「……おはようございます」
リリア。
エレナが一歩前に出る。
「おはようございます、ご主人様。本日の予定ですが――」
(……いつも通りだな)
「ギルドだな」
「はい。昨日の依頼の続きになります」
「わかった。問題ない」
立ち上がる。
朝の街は結構騒がしい。
朝市が毎日のように開かれているので露店からの客引きの声、人の流れも活発だ。
日常が少しずつ戻ってきている。
だが――
(完全には戻ってない)
冒険者ギルドに入る。
「おはようございます。本日も依頼ですね?」
「ああ」
いつも対応してくれる受付嬢から依頼票を受け取る。
「本日は北部山岳地帯の間引き依頼になります」
エレナは先に内容を聞いていたのか補足する。
「フォレストウルフとロックゴーレムの出現数が増えています」
「分かった」
受付を済ませ、街を抜ける。
草原を越え、山の麓へ。
山の麓は森になっているが、隣国への経路でもあるのである程度は視界が確保された場所もある。
「……来る」
ミアが言う。
フォレストウルフ、最近はこいつばっかり倒している気がする。
「行く」
ミアが先陣を切る。
剣が振られる。
ミアに求めているのは速効性。獣人の彼女の身体能力を活かした戦い方。
一体、倒す。
リリアが続く。
「……今」
追撃してきたもう一体。
リリアはスピードこそミアに劣るものの、状況判断能力に優れているため、第二陣の先陣を任せている。
そしてエレナは全体指揮。
先陣に加えてもいいが、彼女の常に冷静な佇まいを考えると、遊撃を任せている。
「追撃なし、ですね」
(……今の完成形、だな。少なくとも、この三人はもう“戦える”)
森をさらに進むと山道が見える。
ロックゴーレム。
非常に硬く、物理防御特化の魔物。
だが動き自体は遅い。
「ミア、足元」
「……分かった」
ミアがゴーレムの体勢を崩す。
そこにリリアの正確な突きがゴーレムの核を貫く。
(……問題ない)
順調に依頼を消化していく。
そして――
「……これで終わりだな」
多少の疲れは見えるものの、以前に比べまだまだ余力十分な三人が頷く。
街へゆっくりと帰還している、その時だった。
「……誰かいる」
リリアが指をさし、静かにつぶやく。
示された方に視線を向ける。
遠く。
街に向かってくる影。
小さい。
ただ、遠目に見ても足元がふらついているのが分かる。
(……子供?)
ゆっくりだが、着実に近づいてくる。
姿がはっきりする。
少女。
ボロボロの服が見え、更に近づいてくるとはっきりと血で汚れているのが視認できる。
体力も限界寸前で、片足を引きずりながらも進んでいる。
「……っ」
ミアが息を呑む。
少女がこちらを見る。
目が合う。
――その瞬間。
何かを伝えようとしたように、口がわずかに動く。
そして、力が抜けたように倒れる。
「まずい。助けるぞ」
「はい」
すぐに駆け寄る。
意識はないものの、胸が上下していることから呼吸はある。
着ているものを見ると、誰かに襲われたためにできた破れている箇所と、必死になって逃げてきたのが伺えるボロボロさが目を引く。
「……ひどい」
リリアが言う。
擦過傷が無数、全身に渡ってつけられている。
「魔力の残滓があります……追われていた可能性が高いです」
エレナが少女の服についている痕跡から確認する。
(……戦闘直後、か。冒険者っぽくは見えないが……)
動きやすそうな服ではあるが、魔物と対峙するには心もとない装備。
首にはネックレスのようなものが見えるが、今は後だ。
「とりあえず、運ぶぞ。」
「……うん」
ミアが肩を支える。
リリアが反対側。
(……だいぶやつれているな。何があったんだ?)
街に入る際に一悶着あったものの、無事にギルドまで運んでこれた。
扉を開ける。
少女を支えているのを見て、ギルド内のざわめきが止まる。
「医療班を呼んでくれ」
即座に言う。
受付嬢が動く。
「すぐに!」
そこからの対応は早かった。
担架が運ばれ、少女が乗せられる。
「奥へ!」
受付嬢の案内で、使われていない一室に運ばれていかれる。
少女を支えていた二人に視線が集まる。
当然だ。
(……目立つな)
少女を支えていたため、服のあちこちに血痕がついている。
このまま視線を集め続けても周りに迷惑をかけるため、運ばれた部屋の前で待機する。
しばらくして受付嬢が部屋から出てきた。
「応急処置完了しました。命に別状はありません」
小さく息を吐く。
「よかった」
リリアが呟く。
ミアも頷く。
「……安心、ですね」
エレナが続ける。
「状態はかなり悪いですが、安静にすれば回復するかと」
「身元は?」
「……それは彼女の意識が戻った時にでも」
(……異世界でも個人情報の管理はちゃんとしているんだな)
少女の無事が確認されたので、依頼の報告を済ませる。
「確認しました。ありがとうございます。明日もよろしくお願いしますね」
「……仕事終わりにバタバタさせて申し訳ない。彼女をよろしく。さて、帰るか」
三人が頷く。
いつもの宿のいつもの部屋に入る。
ミアがベッドに倒れる。
「……疲れた」
リリアも続く。
「……うん」
エレナが軽く息を吐く。
「本日はこれで終わり、ですか?」
「そうだな」
椅子に座る。
目を閉じる。
浮かぶのは――
渋谷。バー。黒スーツ。
そして。
今日の少女。
(……ただの冒険者じゃない)
あの傷。あの状態。
(……逃げてきたのは確実だな……でも、何から?)
ゆっくりと息を吐く。
「ゆっくり寝よう。おやすみ」
三人が頷く。
ベッドに横になる。
意識が沈む。
次に目を開けるのは――




