第29話
目を開ける。
白い天井。
カーテン越しの光。
(……日本か)
ゆっくりと上体を起こす。
最近はこの日本と異世界の二重生活にも慣れてきた。
視線を横に向ける。
ミア。リリア。エレナ。
三人とも部屋にいる。
「……起きた」
ミアが気づく。
「……朝ごはん、食べる?」
リリアが少しだけ近づく。
「問題ない」
短く返す。
エレナが一歩前に出る。
「今日は鴨志田さんとのお話合いですよ。起きてください」
(……そうだったな)
軽く息を吐く。
この状況にも慣れてきた。
最初は俺に触れていたから転移してきたのかとも思ったが、そうではないらしい。
色々一緒に来ないように試してみたがどれも失敗に終わっている。
とはいえ、俺は仕事に行かなきゃいけないし、その間に部屋に閉じこもりっぱなしも窮屈だろうと考え、都立中学校への編入をさせた。
ルクスとエリナに相談した結果ではあるが、その方法は聞かないことにしている。
「で、何でお前はちゃっかり朝飯食ってんの?」
「おはようございます。いただいてます!」
ソファの方から声。
鴨志田。
すでに座っていた。
「……まぁいいや」
「小沢さんにはコーヒーです。」
エレナがいつものコーヒーを出してくれる。
だが、机の上には資料が並べられていた。
(……整理済みか)
「飯くいながらでいいから始めるぞ」
「了解です」
全員が座る。
自然な形だった。
完全に――“打ち合わせ”の空気。
「まず、高橋の件から」
鴨志田が口を開く。
「遺体は火葬されました。三日前です。これはお伝えしていますよね。」
「親族だけの通夜だったな」
「メディアにもあまり取り上げられていない事件っすからね。変に騒がれると大変っすから。で、司法解剖とは別で、検視官から見た所見が上がってきたっす」
鴨志田がスマホを渡してくる。
捜査書類の持ち出しは厳禁だ。
もちろん撮影もだ。
「……バレたら懲戒もんだぞ?だが、その書類見てないな」
「上が止めてるっぽいっすね。事件は被害者死亡、不審死のため終了。それを聞いた検視官が捜査の継続を訴えて出した書類っすから」
「……なんでお前が知っているんだ?」
「同期の日下部が居ますんで。検視官室」
(……なるほどな)
「検視官がおかしいっ言っているのが、献血の時に採血したと思われる針の穴っす。高橋は四日前に体調不良を訴えて自宅近くのクリニックに行ってましたよね。その時採血しているのも確かっす。でも、遺体にははっきりと針の後が残っていたらしいっす。四日前に採血されたとは思えないほどっはっきりと」
「……まぁ、上は終わりにしたいだろうからな。とはいえ、事件とどうかかわるのかは分からん」
「次っすね」
高橋の報告は以上のようだ。
鴨志田の報告が続く。
「連続強盗殺人の件っす」
空気が少しだけ変わる。
「警部も知っている通り、今回の計画を掲示板で募集した輩は逮捕しましたよね」
「あぁ。確か臼井の班に取り調べを任せていたな」
「自宅から押収したものにパソコンがあったの覚えてます?」
「……現場に行ってないが、押収物目録に確かあったな」
「ネットの掲示板、見てみたんすよ。で、これが正体不明Xっす」
そこには『募集:高額案件 20万~』というものに対して、『名無しの投稿者』としてメールアドレスが書いてある。
エレナが静かに反応する。
「……『力こそ全て』ですか。アストラディアの言語を日本語読みしていますね」
「マジっすか」
「……あっちの関係者、だな。不用意な情報は与えずに報告してやれ。で、あれ以降で本部に上がってこない不思議な事件はあったか?」
「知る限りでは――」
一拍。
「おかしな事件は起きてないと思うっす」
ミアが呟く。
「……止まった?」
「断定はできないっす。全て確認してるわけじゃないっすからね。うちら本部が動かない事件の方が多いし、俺が調べたのは東京二十三区で同期がいるところだけっすから」
(……それは仕方ない)
「相手も馬鹿じゃないだろう。何かあればマスコミも動くしな。ただ情報収集は継続だな。で、頼んでいた件は?」
「行方不明者っすね」
鴨志田が警察手帳を広げる。
「該当三名、特定できました。一人目、榊原 恭也、17歳、高校生。神奈川県横浜市青葉区在住。二人目、水瀬 遥、16歳・高校生。東京都練馬区在住。最後、三人目。藤堂 元康、28歳・会社員。交友関係の接点なしっす」
(……よく調べたもんだ)
「行方不明者届はそれぞれ、神奈川県警、警視庁、埼玉県警で受理っすね。知り合いの地域のヤツに調べてもらいました。ただ、一つ気になるのは、受理日が一緒ってことっすかね」
沈黙。
鴨志田が腕を組む。
「よくある偶然、に見えないこともないっすけど。榊原と水瀬は親御さん、藤堂は同棲中の彼女が通報者っす」
(……高橋と同じ)
「その三名はルクスさんと面識あるんですか?」
エレナか質問する。
異世界転移はルクスとエリナの『本』が原因と思っているからだ。
鴨志田に視線が集まる。
「そう言われると思って三人の行動範囲を調べたっすけど、なしって感じっすね」
鴨志田が肩をすくめる。
ミアが口を開く。
「……また別の方法」
真っ直ぐ。
リリアも続く。
「……実験?」
エレナは一拍置く。
「ですが現状、情報不足です」
現実。
(……その通りだ)
榊原恭也。水瀬遥。藤堂元康。
(……ヤツが挙げた三人と思わしき人物はいた)
だが、決定的なものはまだ見えていない。
「鴨志田」
「はい」
「この三人、最後に確認された場所は?」
鴨志田がすぐに答える。
「全部バラバラっす。榊原は学校帰り。最寄り駅のたまプラーザ駅の防犯カメラで最後。水瀬は塾帰り。自宅最寄りの練馬駅から帰宅中、途中のコンビニを出た後、足取りが消えるっす。藤堂は会社帰り。会社最寄りの代々木駅、自宅最寄りの川口駅のホームまでは確認済み。その後は防カメに映ってないっす」
(……まさに神隠し、だな)
「共通なのは、三人ともよく渋谷に遊びにいってたみたいっすね」
エレナが口を開く。
「……そこで接点がありそうですが」
「いや~、これが榊原はゲーセン。水瀬は買い物。藤堂はクラブと目的はバラバラっす」
「……渋谷、ね」
ミアが腕を組む。
「……誰かに会ってたとか?」
「どこも人が多いっすからね。特定は難しいっす」
「なら、最後に消えた場所を全部回る、か」
鴨志田が顔を上げる。
「今からっすか?今日、折角の非番っすよ?」
「事件になってないもの業務中に調べられるか?」
即答。
「まずは足を使わないとな」
立ち上がる。
三人も自然に動く。
ミア。リリア。エレナ。
もう迷いはない。
「まずは――榊原恭也の足取りからだ」
場所は、最寄り駅。
ただの失踪じゃない。
なら、必ず痕跡はある。
(……掴むぞ)
静かに、動き出す。




