間章① 初めてのおつかい
■ミア
外に出た瞬間、朝の光が思ったよりも強く差し込んでくる。
思わず目を細めながら手をかざし、異世界とはどこか違う軽い空気を胸いっぱいに吸い込んでゆっくりと吐き出す。
それだけで身体の中に溜まっていた何かが抜けていくような、不思議な感覚に包まれた。
通りにはすでに多くの人が行き交っており、それぞれが当たり前のように歩いている。
誰一人として周囲を警戒している様子はない。
肩がぶつかっても謝り、何事もなくすれ違っていく光景に、ミアは違和感を覚えながらも、その空気の柔らかさにどこか安心している自分にも気づいていた。
(……やっぱり、変な世界)
そう思いながらも、完全に嫌だとは思わない。
「……これで合ってる?」
ご主人様から借りたスマートフォンの画面を見ながらエレナに問いかける。
そこには買い出しのメモが表示されている。
書かれているのは「ミネラルウォーター」「歯ブラシ」に加えて、「カレーの材料」の下に「にんじん」「たまねぎ」「ジャガイモ」「豚肉」「カレールー」という見慣れない言葉だった。
「問題ありません、こちらの世界の料理の一つですね」
エレナが答え、リリアも小さく「……食べ物、楽しみ」と呟く。
三人で歩きながら、ミアはふと考える。
(……ご主人様、食べるかな?)
自分たちが作ったものを美味しいと思ってくれるだろうか。
そう考えた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。
(……いや、ちゃんとやる)
小さく首を振り、意識を切り替える。
店に入り、棚に並んだ野菜を手に取る。
玉ねぎ。じゃがいも。にんじん。
どれも見慣れない形ではないが、妙に整っている。
「……これでいいのか?」
少し不安になりながらも、エレナの判断に任せてカゴに入れていく。
レジに並び、前の人の動きを真似しながら会計を済ませると、店の外に出た瞬間にようやく肩の力が抜けた。
「……できた」
その声には、わずかな達成感と――
あの人に食べてもらえる、という期待が混ざっていた。
■リリア
袋を両手で抱えながら歩いていると、中に入っている野菜や肉の重みがじんわりと腕に伝わってきて、それが妙に現実的で、少しだけ嬉しく感じていた。
さっき見た店の中は、どこも綺麗で整っていて、並べられた食べ物も無駄なく配置されており、それを選んでいる時間はどこか安心できるものだった。
(……ちゃんとしてる)
そう思う。
この世界は怖くない。
少なくとも、今この瞬間は。
袋の中をそっと覗く。
玉ねぎと、じゃがいも、にんじん。
それに、お肉。
(……これで料理になるんだ)
少しだけ不思議に思う。
(……ご主人様、食べてくれるかな)
自然と、そんな考えが浮かぶ。
美味しいと思ってくれたらいい。
少しでも、役に立てたらいい。
それだけで十分だと思えた。
顔を上げると、ミアが前を歩いていて、その背中はやっぱりしっかりしていて、自分もちゃんと頑張ろうと小さく思う。
足元の整った道を踏みしめながら、リリアは袋を持つ手に少しだけ力を込めた。
■エレナ
二人の少し後ろを歩きながら、その様子を静かに見守るように視線を向ける。
二人ともこちらの世界での行動や判断に、大きな問題はない。
むしろ、想像以上にこの世界へ順応していることが分かり、内心で小さく安堵していた。
(……本当に、強い子たちです)
ミアは迷わず前に進み、リリアはその後ろで支えるように動く。
自然と役割ができている。
その光景に、ほんの少しだけ口元が緩む。
そして、意識は自然と別の方向へ向かう。
(……あの方は)
今は部屋で休んでいるであろう存在。
無茶をして、傷だらけになって、それでも何も言わずに背負い続ける人。
(……本当に、不器用な人です)
小さく息を吐く。
それでも。
そんなところも、嫌いではないと思ってしまう自分に、少しだけ困る。
――本当は。
もっと、近くにいたい。
支えられるだけではなく。
触れられる距離に。
そう思ってしまう自分がいることを、否定はしなかった。
(……直感は、正しかったですね)
ふと、思い出す。
最初に出会った時、この人なら私達を助けてくれると感じた。
少しだけ視線を細める。
(……でしたら)
そこに自分がいることも、間違いではない。
そう思うことに、躊躇いはなかった。
「戻りましょう」
静かに声をかける。
二人が振り返る。
「……うん」
「……わかった」
三人で歩き出す。
帰る場所は同じ。
そして。
迎える人も、同じだった。
2026.04.26 文章を修正しました




