第21話
カーテンから差し込む光で目を開ける。
見慣れた天井だった。
白い天井。薄いカーテン。差し込む朝の光。
ほんの数秒、何も考えずにそれを眺める。
(……戻ってるな)
ゆっくりと上体を起こす。
机。椅子。本棚。
生活の痕跡がそのまま残る部屋。
異世界の匂いは、どこにもない。
(……さて、仕事だ)
そう思った瞬間だった。
右腕に、重み。
左腕にも。
さらに、腹の上。
(……いや、待て)
嫌な予感がする。
視線を落とす。
毛布が、不自然に膨らんでいた。
ゆっくりと、それをめくる。
「……は?」
ミアが、腕に抱きついていた。
反対側にはエレナ。
こちらも腕に絡みつき、静かに息をしている。
そして――腹の上には、リリア。
丸くなって、こちらにしがみつくように眠っていた。
「いや、待て。勘弁しろよ」
現実が、状況説明を拒否している。
理解が追いつかない。
だが、目の前にあるものは変わらない。
ミアが、ゆっくりと目を開けた。
「……ん」
少しだけ目を細めて、こちらを見る。
「……おはよ、ございます」
「…おはよ。いや、おかしいだろ」
即座に返す。
エレナも目を覚ます。
「おはようございます」
落ち着いた声。
まるで、この状況が当然であるかのように。
リリアも、もぞもぞと動いて顔を上げた。
「……おはようございます」
「なんでいる」
三人とも、きょとんとした顔をする。
こっちの方が変なことを言っているみたいな空気だ。
「…何を言って…」
「ここ、どこだか分かるか?」
エレナが周囲を見渡す。
壁。床。天井。
彼女たちにとって見慣れない素材。見慣れない構造。
「……先ほどまでの宿ではありませんね」
「……狭い」
ミアがぽつりと呟く。
「……変」
リリアが続く。
「変って言うな」
小さく息を吐く。
「……ここは、俺の世界だ」
静かに言う。
沈黙が落ちる。
「……異世界、ですか」
エレナが真っ直ぐこちらを見る。
「そうだ」
短く答える。
そこで、空気が変わった。
「……確認させてください」
エレナの声が、わずかに硬くなる。
カーテンを開け、外を確認する。
俺にとってはいつも通りの朝。
「ここは、どこですか?」
「地球。日本の東京って街だ」
静かだが、明確な警戒。
(……そうだよな)
当然だ。
昨日まで奴隷だった。
得体の知れない男に買われ、気づけば別の世界にいる。
信じろという方が無理だ。
「…やべっ。時間が。」
スマホを手に取る。
「もしもし。すみません、体調崩して……今日は休みもらっても大丈夫ですか?…はい…はい……すみません。お願いします」
短く終える。
通話を切る。
「これが、この世界での俺だ」
スマホを差し出す。
そこに写っているのは俺の警察礼服の写真。
エレナが受け取る。
画面を見る。
少しの沈黙。
「……容姿はかなり老けているようですが…嘘ではなさそうですね」
静かに返ってくる。
「疑ってたのか」
「当然です。雰囲気はご主人様ですが、容姿がいきなり変わったら疑います」
即答。
「加えて、突然現れ、力を持ち、そして別の世界に移動する存在を、無条件で信じるほど愚かではありません」
正論だった。
「……まあ、そうだな」
否定はしない。
ミアが口を開く。
「……でも、ご主人様でよかった」
リリアも、小さく頷く。
「……うん」
エレナが目を閉じる。
一瞬だけ。
そして。
「……色々聞きたいことはありますが、分かりました」
顔を上げる。
「あなたを、信じます」
まっすぐな視線。
「裏切られたら?」
あえて聞く。
エレナは、わずかに微笑んだ。
「その時は、その時です」
あっさりと言う。
「ですが今は、信じる価値があると判断しました」
(……こいつ)
口元が、わずかに緩む。
「分かった」
短く返す。
「じゃあ、外行くぞ。俺みたいなおっさんが部屋に若い娘連れ込んでいると、この世界では怪しまれる」
三人が顔を上げる。
「この世界、見せてやる」
それだけで、全員が立ち上がった。
外。車の音。人の声。
俺にとっては何気ない日常。
「……あれ、何?魔法?」
「あれは車だな。魔法じゃなくて”科学”の結晶だ」
ミア。
「……静か」
「こっちの世界には魔物なんていないからな。犯罪は起こるけど、悪いやつは俺みたいな”警察”が対処する。法に基づいてな」
「…ご主人様は衛兵みたいなもの…」
リリア。
「……大きな建物ばかり。凄いですわね…」
エレナ。
少し歩き、コンビニに入る。
自動ドアに驚きながらも店内に入る。
光。商品。整列。
ミアはジュースコーナーに釘付けになる。
リリアがお菓子コーナーを見た後、冷凍食品コーナーに。
エレナは店内が物珍しいのか色々と見て回っている。
「好きなの取れ。朝飯の時間だしな」
少しの躊躇。
それぞれが興味があるものに手が伸びる。
それから街中を散策した。
公園。駅。デパートでのウィンドショッピング。
あっちの服で歩かれても目立つだけなので、ユ〇クロの手頃な服を着てもらっている。
もちろん、彼女たちが着ていた服は紙袋の中だ。
時間もお昼になったので、手頃なファミレスに入った。
席に着く。
「この中から好きなもの選べ。こっちで注文するから」
それぞれ好きなものを頼ませる。
ハンバーグに、ステーキ。エレナは何故か天ぷら御膳。
料理が運ばれる。
「……いただきます」
三人が揃って言う。
(……ちゃんと覚えてるな)
食事が進む中。
エレナが静かに口を開く。
「……ひとつ、よろしいですか」
「なんだ」
「ご主人様は、“勇者”なのですか?」
一瞬、止まる。
「違う、と思う。勇者ってのはこんなおじさんじゃないさ」
即答。
「ただの一般人だ」
エレナが、わずかに息を吐く。
「……そうですか?」
だが、その目はまだ真剣だ。
「では、なぜ――」
言葉を選ぶように。
「なぜ、あの世界に関わるのですか?ご主人様はこちらの人間ですよね?」
一拍。
(……ああ)
理由は、もう決まっている。
「向こうの異変がこっちにも影響するらしいんだ」
エレナの視線が揺れる。
「……そうですか。あちらは各地で異変が起きています。魔物の活性化、領地の崩壊、国同士の戦争……」
一瞬、言葉が詰まる。
「……歴史的に見れば普通の事ですが、今起きている事柄は不自然な気はしていました」
静かな声。
(だからか)
教会の話。
時間がないという言葉。
「……じゃあ、やることは一つだな」
フォークを置く。
「原因を突き止める」
あっさりと言う。
エレナが、こちらを見る。
「……微力ながらお手伝いします」
視線が重なる。
「期待している」
短く。
ミアが目を見開く。
リリアが、じっとこちらを見る。
エレナが、息を止める。
その時だった。
視線を感じる。
(……誰かいる)
窓の外。
一人の男と目が合う。
「……昨日ぶり、ですかね。小澤様」
空気が凍る。
見られたくないところに遭遇されてしまった。
「こちらの方々は……なるほど。渡ってきてしまったのですね」
淡々と言う。
「一応、紹介しておく。日本在住の元魔王、ルクスさんだ」
「お嬢様方、よろしくどうぞ」
一拍。
「買い物ですか?」
「日用品の在庫が心許なくて」
そこでスマホが震えた。
着信:鴨志田
「……もしもし」
『鴨志田です』
声が硬い。
『お休み中申し訳ありません。緊急なので来てください。場所は、品川区東品川』
「事件か?」
『立てこもりと強殺です。ほぼ同時に起こるなんて厄日ですかね…』
一瞬、止まる。
『とりあえず来てくださいね』
「分かった。現地に向かう」
『了解しました』
通話が切れる。
ゆっくりと、息を吐く。
(……なんでこんな時に)
視線を上げる。
元魔王が、わずかに笑った。
2026.04.26 文章を修正しました




