第105話
朝、目を覚ますと見慣れた冒険者ギルドの天井が見えた。
昨日は日本で過ごしたはずやのに、眠れば当然のようにピレネへ戻ってくる。
もう慣れたつもりやったけど、やっぱり不思議な感覚や。
身体を起こして辺りを見る。
隣ではユウナさんが既に起きとって、壁に立てかけていた剣の状態を確認しよる。
甲斐道さんはまだ寝とるように見えたけど、うちが動いた音で目を覚ましたらしく、ゆっくり身体を起こした。
「……おはよう、サクレさん」
「おはようさん。調子はどうや?」
「だいぶ良いよ。昨日よりも動けそう」
「……ボクも」
ユウナさんも短く答える。
エレナさんから聞いても半信半疑やったけど、旦那様のスキルのお陰で、二人の身体は目に見えて回復しとる。
せやけど、無理をさせてええ理由にはならへん。
旦那様からも、生きることを優先しろと言われとる。
その言葉だけは絶対に忘れたらあかん。
三人で身支度を整えて下へ降りると、既にアズラ様とその連れ、ナーレさんが待っとった。
テーブルの上には簡単な朝食と、街の地図が広げられとる。
「おはようございます」
「おはようさん。朝から随分と準備ええな」
「時間は無駄にできませんからね」
アズラ様はいつもと変わらん穏やかな笑みを浮かべとる。
せやけど、その目は笑っとらん。
昨日確認したロックドラゴンの姿が、アズラ様の頭にも残っとるんやろう。
うちは席に座り、パンを一口齧る。
「それで、今日はどないする?」
「――その前に一つ、調査したご報告があります」
ナーレさんが周囲を確認し、声を落とす。
「巫女様は既にサウスノーランドにご出立されているようです」
「……あの出不精の叔母さんが」
「はい。ここ最近、お姿を見ていないので調べたところ、一週間前程に出ていかれたようですね」
「行き先はなんで分かったんや?」
「……巫女様に近しい人物からのお話が聞けまして」
叔母が何を考えてサウスノーランドへ向かったんかは分からへん。
ただ、当分戻ってこないのであれば、今は好機とも言える。
「おらへんなら社を調べよか?今しかあらへんし」
うちが言うと、甲斐道さんが少し考えてから頷いた。
「叔母さん本人がいないなら、危険は少ないと思う。でも、警備は残ってるんだよね?」
「はい。巫女様直属の者が社を守っています。あまり目立つのは推奨できません」
「……正面から入るのは無理」
ユウナさんの言う通りや。
叔母がおらんからといって、堂々と入れる場所ではない。
「せやったら、裏から入れる道があるんやけど、そこならどうや?」
うちは地図を引き寄せ、社の裏手を指さす。
「昔、巫女の修行で使っとった道や。うちのもんしか知らんから、今も塞がれてへんかったら、中まで行けると思う」
「では、そこから侵入しましょう」
アズラ様が即座に決める。
「私の部下には周辺の警戒を任せます。中へ入るのは、人数を絞った方がいいでしょう」
社へ向かうのは、うち、甲斐道さん、ユウナさん、アズラ様の四人。
ナーレさんにはギルドへ残ってもらい、何かあればすぐ連絡してもらうことになった。
朝食を終え、目立たんよう時間をずらしてギルドを出る。
社の裏手へ続く道は、草木に覆われとった。
昔は修行のため何度も通った道やけど、今はほとんど使われとらんのやろう。
記憶を頼りに進み、岩壁の前で足を止める。
「……ここや」
蔦を退けると、人一人が通れる程度の細い隙間が現れる。
中へ入ると、湿った土の匂いが鼻についた。
「こんな道があったんですね」
甲斐道さんが周囲を見回す。
「巫女と一部の神官ぐらいしか知らん道や。叔母さんも知っとるはずやけど、今は使われてへんと思う」
「罠は?」
「昔はなかったんやけど、今は分からへん。でも、叔母は不器用やし、やってへんやろ」
うちの言葉を聞いた上で、アズラ様が先頭へ出て、魔力の流れを確認しながら進む。
途中、何度か足を止めたものの、罠らしいものは見つからなかった。
しばらく歩くと、石造りの壁に突き当たる。
壁の一部を押し込むと、小さな音を立てて奥へ動いた。
その先は社の地下や。
壁には見慣れた巫女の紋様が刻まれとる。
せやけど、奥へ進むほど違和感が強くなっていく。
「……なんの場所でしょう?」
「うちは知らん。こんな場所、あらへんかった」
修行していた頃、社の構造は大体把握していた。
それでも、こんな地下空間は見たことがない。
途中から壁の造りも変わっとる。
古い石造りから、妙に滑らかな黒い素材へ。
明らかに後から付け足された場所や。
「……魔力が濃いですね」
アズラ様が足を止める。
通路の先に、重そうな扉があった。
扉には魔法陣が書かれとって、明らさまに力ずくで開けたらあかんと分かるし、簡単には開かんようにしとる。
「……厳重、だね」
「この先にあるものを隠しておきたのでしょうね。任せてください」
アズラ様が扉へ手を触れる。
魔法陣が一つずつ浮かび上がり、しばらくして音もなく消えていった。
「……相変わらず、とんでもないな」
「魔王ですから」
何でもないことのように答え、アズラ様が扉を開く。
その先にあったのは、小さな祭壇のような部屋やった。
せやけど、巫女の儀式で使う神聖な雰囲気はない。
黒い台座の上に、赤黒い石が置かれとる。
人の頭ほどの大きさで、脈打つように淡い光を放っとった。
その周囲には細い管のようなものが何本も伸び、壁や床へ繋がっとる。
「……なんや、これ?」
近付こうとした瞬間、アズラ様が腕を伸ばして止めた。
「触れないでください」
いつもの穏やかな声とは違う。
警戒を隠そうともしてへん。
「これは、巫女の祭具ではありませんね?」
「当たり前や。こんなん見たことあらへん」
アズラ様は石の周囲をゆっくり歩き、流れる魔力を確認する。
甲斐道さんとユウナさんも部屋の中を調べ始める。
うちは石を見つめたまま動けんかった。
何故か分からへん。
でも、この石を見ているだけで、胸の奥がざわつく。
「……外部から魔力が流れ込んでいます、ね」
「外部から?って、外?」
「ええ。複数の場所から、細い魔力の道が繋がっています」
アズラ様が目を閉じる。
その表情が徐々に険しくなった。
「おそらく、この地に集まっている魔力を吸っていると思われますが……」
「どういうことや?」
「あくまで推測ですが、この地は岩龍のお膝元ですから……」
アズラ様は石へ視線を戻す。
「ロックドラゴンが倒した魔物。その魔力の一部が、この石へ集められています」
「……それを、どうするの?」
甲斐道さんの問いに、アズラ様は床へ伸びる管の一つを指さした。
「この先に送っています。既に送り先はここにはありませんが、魔力の残滓から人族へ繋がっていた可能性が高いですね」
この装置を用意したのが叔母やとしたら、送り先なんて一人しかおらん。
「……叔母さん」
自分で戦いもせず、ロックドラゴンに魔物を倒させ、その力だけを集めていた。
(……なんのためや?)
うちから巫女の力を奪ったのに、それだけでは足りひんくて、さらに魔物の力まで欲しがった。
「最低や……」
拳に力が入る。
「それだけではありません。この石は魔力を集める際、周囲へ特殊な波動を放っています」
「……嫌な感じがするけど、それ?」
ユウナさんが石を睨みながら言う。
「……魔物を呼び寄せてしまってます。魔物を引き寄せるのは本来の目的ではなく、副次的な効果でしょうけど……」
魔物が集まり、ロックドラゴンが倒す。
石が力を吸い上げれ、叔母へ送られる。
そして、また魔物が集まる。
「……叔母様、何がしたいんや」
うちは石へ近付き、叩き壊そうと拳を振り上げる。
「待ってください!」
アズラ様に腕を掴まれた。
「何で止めるんや!これを壊したら魔物も来なくなるんやろ!」
「可能性はあります。ですが、この石は既にロックドラゴンたちと深く繋がっています」
「なら、なおさら――」
「壊した結果、彼らにどのような影響が出るか分かりません」
その言葉で、拳を下ろすしかなかった。
ロックドラゴンを助けるために壊して、逆に命を奪ってしもうたら意味がない。
「それに、この装置を作った者の目的も分かっていません」
甲斐道さんが石を見つめる。
「……サクレ。叔母様はこんなものを作れる人?私には裏があるようにしか思えないんだけど」
「……実験、かも」
ユウナさんが小さく呟く。
アズラ様も静かに頷いた。
「魔物から集めた魔力が、人族へ適応できるのか。その確認をしている可能性があります」
アズラ様が出会ったという黒いスーツ。
叔母やったら自分が利用されとると分かっていても、力のために協力する可能性はある。
そして、この石が置かれた。
「……黒服が、持ち込んだかもしれへんのか」
「断定はできませんが……」
部屋が静かになる。
魔物を呼んでいる原因は分かった。
せやけど、すぐに壊すことはできへん。
「……なら、どうする?」
甲斐道さんが問いかける。
うちはもう一度、石を見る。
この状況を変えるには、ロックドラゴンだけに街を守らせる訳にはいかん。
戦える者を増やす必要がある。
「冒険者や」
口にすると、全員の視線が集まる。
「まず、捕まっとる冒険者を助ける。街を守れる人数を増やして、それからこの石をどうするか考える」
アズラ様が微笑む。
「ええ。それが最善でしょう」
「決まりやな」
叔母はサウスノーランドへ向かった。
黒服の目的もまだ分からへん。
それでも、一つだけ確かなことがある。
この街を守るために、まず助けなあかん人たちがおる。
うちは石に背を向け、扉へ向かって歩き出した。
次に探すのは――捕らわれた冒険者たちや。




