第97話
ふかふかのマットレスに枕。
心地よい感覚に包まれながら目を覚ますと、最初に聞こえてきたのはこの世界の鳥の鳴き音でした。
アストラディアでは聞くことのない、規則的で、けれどどこか慣れてきた音。
ご主人様の世界。
私たちアステリアとノクスにとっては、既に慣れてきた場所となりました。
この世界では、アストラディアでは経験することのない未知の技術がかなり進歩しています。
魔法が使えなくても、科学という分野が進歩するだけで、これだけの大都市を永続的に維持することができています。
今日は私がいちばん早く起きたようなので、テレビのニュース番組を見ながら、皆が起きてくるのを待ちます。
「……ん?」
リビングでゆっくりコーヒーを飲みながら寛いでいると、洗面室の方から騒がしい声がしました。
この時間に起きてくるとなると、セラかリリア辺りが怪しいところですが、こんなに騒がしくなるでしょうか。
時計を見ると、まだ朝の六時。
アステリアで騒がしいのはミアですが、まだ起きるには早いような気がします。
すると、インターホンを鳴らす音がリビングに響きます。
「……はいはい」
こんな時間から尋ねてくるとしたら、ノクスの誰かでしょう。
私は確認することもなく玄関を開けると、そこに居たのはノクスのユズでした。
「おはようございます。どうしたのですか?」
「おはようございます。あの、新しいメンバー来ていませんか?」
ユズが言った言葉の意味を理解するのに数秒かかりました。
この部屋は一つ誰も使っていない部屋があり、ユズが「失礼します」と断りを入れてから、その部屋に突入していきます。
部屋に入ると、知らない人が三人。
「ここにいたのですね」
「あ、ユズさんやん。よかったわ~」
「とりあえず色々と説明したいので、警戒しないくて大丈夫です」
「……あの、ユズさん?ここって日本?」
「はい。間違いなく」
私の知らないところで、会話がどんどん進んでいきます。
「こちら、ご主人様の第一パーティ、アステリアのリーダー、エレナさん」
「……はじめまして」
「エレナさん。こちら、元巫女のサクレさん、アズラさんに保護されていた黒髪さん、そして、ラグナードからピレネを目指していた甲斐道さんです」
ユズさんから三人の紹介をされたので、お辞儀で応えます。
何となく今の紹介で事情は読めてきました。
ご主人様が新しくメンバーを集めたのでしょう。
ただ、一人は日本に来たことを逆に嬉しく思っていそうですが。
「ご紹介のあった通り、私はアステリアのエレナと申します。現在はラグナードで活動中です。それで、現状の説明を行いたいのですが、いかがでしょう?」
空き部屋でこのまま説明を続けるのも場違いな気がしたので、三人を連れリビングへ向かいました。
甲斐道という女性以外はキョロキョロと目線が色々なところを彷徨っています。
逆に冷静なのは甲斐道という女性。
「……では、皆が起きる前にある程度説明しておきたいのですが、大丈夫ですか?」
「あの、ご主人様というのはゼロ様のことで間違いないですか?」
「はい。私たちは全員ご主人様の奴隷です。ご主人様の能力で、私たちはみな、寝ると日本と異世界を行き来するようです」
甲斐道という女性が率先して質問をしてくれます。
ユズは回答をする気がないようなので、私が答えてしまいます。
「……せやと、ここは異世界なんやな?」
「そうですね。私たちがいた世界からすると異世界ですね」
「信じられへん……」
普通はこんな感想になりますよね、と安心します。
このサクレというエルフ?は正常な思考をしていそうです。
この人が能力を奪われた巫女なのでしょう。
(……また、個性豊かなメンバーですね)
二人の事情は大体把握しました。
ユズの方を見ると、私の考えていることが正しいと頷いているように見えます。
サクレさんはまだ整理が付いていないようなので、甲斐道さんをメインに話を続けていきます。
「この部屋は?」
「私たち、アステリアの拠点になります。ノクスは下の階に拠点がありますよ。ご主人様は向かいのワンルームにお住いです」
「……本当に帰ってきたんだ」
この甲斐道という方は、ご主人様と同じ日本の出身だったようです。
ということは、ルクス様と関係がある方でしょうか。
その部分は後々聞くとしましょう。
「……それで、そちらの方は?」
「えっと、エレナさん、その人は話せないかも……」
「……昨日まで全然身体が動かなかったのに、今日は嘘みたいに軽いから、声、出せるよ」
黒髪さんの声は消え入りそうなほど小さいですが、意思疎通は問題ないようです。
それにしても、あまり表情が変わらない方です。
サクレさんは頭を抱え、甲斐道さんは嬉し涙を流しています。
「何かご質問はないのですか?」
「……ある程度、理解したよ。契約を結んだ男の人は凄い人で、二つの世界を行き来できる。今、目の前にいるのは私の先輩で、ここは先輩の家……」
「そうですね」
この黒髪の女性は物事を客観的に判断するようです。
うちのルナのような存在でしょうか……
「……もちろん色々分からない部分はあるけど、受け入れられないほどじゃないから。あと、名前、分からないよね?私の名前はユウナ」
「……ユウナ。なんとも日本っぽい名前ですね」
「……異世界人の血を引いているって聞いた。この黒髪もその影響」
その事実にはユズさんも驚いていました。
まさか二人も異世界と関わりのあるメンバーがいるパーティとは思いませんでした。
すると、頭を抱えていたサクレさんが立ち直ってきたのか、説明を始めてくれます。
「……せやな。確かに受け入れられんほどちゃうな。うちはサクレ。元巫女でゼロ様は旦那様や。たぶん、このパーティのリーダーななるちゃうかな思うわ。よろしゅう」
サクレさんが私に握手を求めてきたので、それに応えます。
(……それにしても、旦那様とは?)
サクレさんは話好きなようで、それからユウナさんのこと、甲斐道さんのことを次々と話してくれます。
そして、三人がスカウトされた理由も。
「……ピレネを三人とアズラ様で、ですか」
「みたいやで?旦那様の考えは、やけどな。実際、こんなとんでも能力があるんやったら、そう言い切ったのも合点がいくけどな」
「……ピレネ以上にサウスノーランドを重要視しているということでしょうか」
ピレネの脅威は魔物の群れと黒スーツのみ。
魔王軍の侵攻作戦が実行されていないとなれば、ということなのかもしれませんか、分かりません。
それよりも、さっきから"旦那様、旦那様"言っているサクレさんの方が気になります……
「……そんで、うちらは何したらええんや?」
「こちらの世界では特に何も。普通に日常を生活していますよ。リフレッシュには好都合ですね」
日本の生活に慣れることも、また、ご主人様に迷惑をかけないためでもあるのですが、それは説明せずともよいでしょう。
私個人としては、是非ともこちらの科学を学び、アストラディアに普及させたいところではあります。
話をしていると既に六時半になったので、私は会話を失礼して、ご主人様に渡すお弁当を作ります。
もうそろそろすれば、セラやリリア辺りが起きてくることでしょう。
「エレナさんは料理もできるんやね?」
「こちらの世界にはレシピ本というものがあるので、簡単ですよ」
私がお弁当を作っていると、予想通りリリアとセラが目覚めたようです。
洗面所の方から、いつも通りの音が聞こえます。
「さて、メンバーも起きてきましたし、それぞれ紹介していきますね」
セラとリリアがリビングに入ってきたところで、新しく加入した三人に紹介して、軽い挨拶を交わします。
今日はセラとリリアが朝食当番なので、そのままキッチンで作業を始めます。
ユズも一度部屋に戻るということで、退室しました。
「その、甲斐道さんはこちらの世界の人で間違いないですか?」
「そうですね。戻ってこれたことに感動です」
「……あまり嬉しくないですか?」
「……嬉しいですけど、同じくらいどう反応すればいいのか分かりません。それに、いなかった間に私がどんな扱いになっているのか……」
とりあえず甲斐道さんは、前までの姿ではないので、少しずつ情報を集めて、どう行動するかを決めるそうです。
その辺はご主人様に相談ですかね……
「……さて、朝食、食べてしまいましょう。他のメンバーを起こしてきますので、セラたちのお手伝いお願いします」
三人とも頷いてくれたので、ミアたちを起こしつつ、ご主人様にお弁当を届けに行きます。
あの表情を見て、私は胸の奥が少しだけ温かくなりました。
ご主人様が繋いだこの不思議な日常を、私は守りたいと思いました。




