第96話
ネロの部屋を抜けた先、四十二階層の主部屋へ続く扉を開けると、そこは訓練場のような場所だった。
中央には四角の石造りの床があり、観戦席まで設けられている。
今までの階層主の部屋とは明らかに雰囲気が違う。
「……ここが四十二階層か」
中央には一人の男が立っていた。
ネロの言っていた人物で間違いないだろう。
遠目で見ると人族に見える。
年齢は三十代前半ほどで大柄ではない。
ケーヒスやネロのような威圧感も薄い。
だが、ただそこに立っているだけで、嫌な緊張感があった。
「やあ、君がゼロ君だね」
「……マルセルか?」
「そう。ルクス様の十指が一人、マルセル」
男は柔らかく笑った。
「ネロから聞いているよ。面白い人が来たってね」
「……お前は人族なのか?」
「元、だけどね。加えていえば、元ヒューマン。ついでに元異世界人さ」
その言葉に眉をひそめる。
元異世界人という言葉。
つまり、今はこの世界の住人として生きているということだろうか。
「まあ、細かい話は後にしよう」
マルセルはどこからか剣を握っている。
「まずは君の実力を見せてもらうよ。君は相応しいのか、それともここまでなのか」
「……分かった」
意味深な言葉に聞き返したい心を抑え、俺もマルセルに倣い剣を創造する。
その瞬間、マルセルの構えが変わった。
何か違和感のある構え、重心、呼吸。
(……なんだ?)
疑問を抱いた瞬間、マルセルが踏み込む。
だが、その軌道は読める、というか知っている。
もし攻撃するならと隙を作っていた場所、誘い込むための隙だから。
その罠にわざと打ち込んできたため、剣と剣がぶつかる。
「っ……!」
こちらも打ち返そうとするが、相手もこちらを誘い込んでいるのが分かる。
気持ち悪いほど、こちらと戦法が噛み合っている。
「驚いた?」
マルセルが笑う。
「俺の戦い方は相手を模倣することだよ」
「……なるほど」
「自分自身と戦っているようで気持ち悪いかな?でも、まだまだこれからだよ」
次の瞬間、マルセルが一歩引く。
誘われたと分かっていても、無意識に追おうとする。
だが、その瞬間――
「そこ」
マルセルの剣がこちらの動きを潰す。
マルセルの攻撃が来る位置が分かるので、やりやすい反面、全てが噛み合わない。
こちらが考えると同時に、マルセルも同じ結論へ辿り着いている。
なら、相手が模倣できないことをすればいい。
「魔法創造――拳銃」
手の中に拳銃を作る。
しかし――
「魔法創造――拳銃」
マルセルの手にも、同じものが現れた。
乾いた音が同時に響く。
弾丸が空中でぶつかり、弾ける。
「……嘘だろ」
「凄いね。君の能力は。でも、俺も凄いだろ?」
マルセルは穏やかに答える。
「俺のオンリーワンスキルは"完全コピー"。君の能力や思考をトレースできるんだ。ま、それ以上に、ゼロ君が考えそうなことは分かりやすいんだけど、ね」
「……何を?」
「ゼロ君さ、相手を殺さないようにしているでしょ」
マルセルの言葉に思い当たる節がある。
日本に生きていて、相手を殺す等考えることはない。
それが習慣として、この身体に染み付いている。
「俺もさ、最初は抵抗あったよ。でも、そんな甘い世界じゃないんだよね。って、次は魔法かな?」
こちらの攻撃の先読みまでしてみせる。
「ライジングアロー」
「ライジングアロー」
雷撃が正面でぶつかり、相殺される。
視界の中央で、力が消えた。
これまでの相手の中で一番やりにくい。
「……明らさまにやりにくそうだね。ま、俺の役目はそれもあるんだけど――」
マルセルが笑う。
そして、笑顔を消して真剣な顔でこちらを見る。
「でも、今日学んでほしいのは技術じゃない。ゼロ君に足りないものだ」
再び斬り合う。
こちらが右へ行けば、マルセルも右へ。
お互いに間合いを測りながら、銃を出せば、銃で相殺され、魔法を撃てば、魔法で相殺。
お互いに何をしても通らない。
まるで、自分自身と戦っているようだ。
マルセルは剣を振りながら言った。
「どうかな?そろそろ突破口が開けそうかな?」
すると、マルセルは一瞬、こちらの模倣をやめ、一気に懐に入ってくる。
反応が一瞬遅れた。
その隙を突かれ、肩に浅く剣が入る。
「っ……!」
血が滲む。
が、致命傷まではいかない。
なんとかすんでのところで交わしきった。
「おお!よく避けたね。意識的に模倣をやめたのに」
「……何が、したいんだ?」
「そっか。まだ、分からないんだね……」
マルセルの声に感情はなかった。
責めているわけではない。
ただ、事実を告げている。
「敵は待ってくれない」
剣が来る。
「君が迷えば、仲間が死ぬ」
次は蹴り。
「君が殺せなければ、殺される」
模倣をやめたマルセルに追い詰められ、剣が首筋で止まる。
何とか、マルセルの剣を剣で防いだものの、マルセルはこちらを殺そうとしている。
「この世界はそういう場所だ」
呼吸が荒いが、頭は冷えていた。
(……分かっている。いや、分かった気になっていただけか)
この世界は日本とは違う。
目の前の敵を逃がせば、次に誰かが死ぬかもしれない弱肉強食の世界。
合理的に考えれば、強いやつが弱いやつを食い物にする、それが正しい。
「少しは分かって貰えたかな?」
マルセルが剣を引きながら言う。
「君の考えを聞かせてもらいたいな。できれば、攻めてきてくれたら――」
「……それしか、ないのか?」
「覚悟、できない?」
マルセルが剣を下ろす。
そして胸元を指す。
「なら、撃て」
「……」
「ここを狙って、さ?」
「……何を言っている」
「俺を殺すつもりで撃て、って言ってるのさ」
マルセルは笑っていなかった。
「それができなければ、君はこの先、多くの人の命を救えないし、守れない」
拳銃を構える。
照準を胸に合わせる。
ここで撃てば、勝てるかもしれない。
だが、引き金にかけた指が止まる。
マルセルの言葉が頭の中で響く。
――殺せ、倒せ、迷うな、仲間を守るために――
それでも、俺は引き金を引かなかった。
銃を下に向けて、しかし、これで覚悟も決まった。
「撃たないの?」
「……ああ」
「何故?」
「……俺は警察官だ」
「そんな甘っちょろい。ここは日本じゃないよ。そんなんで仲間を、多くの人を助けることができるの?」
「……それでも」
「それでも?」
「俺は俺の信じた道を進む」
マルセルの目が細くなる。
「甘いね」
「……ああ」
「でも、それもまた答え、だね」
「……そうだな」
「なら、その甘ったれた考えで、俺を超えてみてよ」
「……いくぞ」
マルセルが静かに剣を構える。
今のマルセルは模倣を意識的にやめ、予想外な踏み込みで懐に飛び込んでくる。
今までより速い。
俺は反射的に【ゼロ】を使おうとした。
だが、そこで止める。
今までの【ゼロ】は何かを消す力だった。
だが、俺の考えが核となり、【ゼロ】が変わっているような気がする。
(……【ゼロ】が応えてくれるなら、それを信じて使うのみ!)
「【ゼロ・改】」
力が放たれる。
だが、今までとは感覚が違った。
マルセルの剣が俺の肩に届く直前、刃が消える。
今までは有機物に対してのみ発動できていた【ゼロ】が、無機物に対しても使うことができた。
マルセルの目が見開かれる。
「……へえ」
使ってみて驚いたのはこっちも同じ。
武器に対しても使えるということは、相手を無力化することと同義だ。
「なるほど」
マルセルが笑う。
「ゼロ君の思いにスキルも応えてくれたみたいだね」
次の瞬間、マルセルはもう一度踏み込んでくる。
今度は拳。
これに対して【ゼロ・改】は、"攻撃そのものをなかった"ことにする。
さらにマルセルは魔法を放つも、こちらに届くかどうかのところで"魔法の効力がなくなる"。
相手を無力化できればいい。
相手の攻撃が大切な仲間を襲うなら、その攻撃を"なかった"ことにすればいい。
「……ははは。こりゃ、随分と無茶苦茶なスキルだ」
マルセルの意識が一瞬乱れた隙を見逃さず、マルセルに向かって間合いを詰める。
マルセルは咄嗟に防御態勢に入るが、それで十分だった。
(……こちらの攻撃をマルセルの意識外に)
瞬間、マルセルはこちらの掌底の軌道を見失い、ガードが緩くなる。
その一瞬を逃さず、胸を打つ。
マルセルは咄嗟に後退しようとするが、こちらも動きを止めずにマルセルを肉薄にする。
(――予想できなきゃ、避けきれない、だろ?)
何発かはマルセルの驚異的な身体能力で防がれたものの、攻撃を受けたマルセルは後方へ飛び、石床に膝をついた。
やがて、マルセルが小さく笑った。
「……うん。合格だよ」
「……合格?」
「君なりの答えを見せてくれた。それだけで十分。でも、俺が言ったことも覚えておいてほしいんだ」
マルセルは立ち上がる。
「この世界は非情な世界なんだってこと」
「……ああ」
「俺も元は異世界人だったから、最初は殺さずをできる限り貫いたよ。でも、限界が来るのも早かったんだよね」
「……」
「俺には力がなかったから。模倣しかできなかったから、力を望むようになって、魔族になっちまった」
マルセルは俺を見る。
「それでも後悔はないし、今も本物の俺はルクスと一緒にいるだろうしね。楽しく過ごしていると思うよ」
「……だと、いいな」
「ふむふむ。その反応からすると、知らないって感じか。ま、俺はそこそこ強いから。そんじょそこらの雑魚に負けないから、どこかで会えると思うよ」
マルセルが笑顔で手を振る。
奥の扉が開く。
「さて、合格だし、先に進む?それとも、戻る?」
「……そうだな。一度戻ろうと思う」
「そっか。なら、次は何かお土産をよろしくね」
そう言ってから、マルセルは笑った。
出口へ向かう。
扉を抜ける直前、マルセルの声が背中に届いた。
「ゼロ君。君の【ゼロ】は、まだ変わる可能性を秘めている」
「……そうか」
「ああ。君の思いに応えてくれる、それがオンリーワンスキル。それを間違えるな」
短く頷く。
扉の向こうへ進む。
胸の奥に、まだ先ほどの感覚が残っていた。
俺はまだ、俺のままで戦えるのかもしれない。
そう思いながら、ダンジョンの外へ足を踏み出した。




