第92話
「……開くぞ」
海藤のパソコンにあった意味深なフォルダを見て、田辺と担当者が頷く。
静かな部屋の中で、海藤智則のノートパソコンが机の上に置かれていた。
このフォルダには何か見せたくないものが隠されている。
これが、ベッドの下に隠した原因と確信している。
『X』、たった一文字のフォルダ。
(……ここまでの流れから、海藤は何かを掴んでいた可能性は高い)
カーソルを合わせてクリックする。
表示された内容を見た瞬間、思わず眉をひそめた。
「……なんだ、これ」
フォルダの中には大量のサブフォルダが並んでいた。
まず見に入ってくるのは北海道から東京までのフォルダ類。
そして下へスクロールすると、全国全ての都道府県名が並んでいる。
「……なんですかね?全国の都道府県ですが?」
田辺が呆れたように呟く。
「この男子高校生は確か中学時代には全国クラスの剣道選手だったのですよね。そしたら、ライバルとかの動画とかでしょうか?」
「その可能性も否定できないが……」
担当者はフォルダの中身を推測するが、田辺は懐疑的なようだ。
海藤という人物は物事に熱心な性格なのは今までの調べたことから明白だが、それでもここまでの事をするだろうか。
とりあえず、海藤がいた東京のフォルダを開く。
すると今度は名前が並んでいた。
高橋、藤堂、榊原、水瀬……
見覚えのある名前ばかりだった。
「……行方不明者の名前か?こっちでも知らない名前もちらほらあるが、やはり何かを調べていたのだろうな」
「そうですね。苗字だけなので確かなことは言えませんが、一つ開いてみましょう」
一つのテキストファイルを開く。
そこには海藤自身のメモが残されていた。
『藤堂元康』
『仕事帰りの駅にて失踪』
『ブラックカンパニーに勤務』
『荒川先輩の知人』
まずは個人情報が書かれており、その下には箇条書きで考察が書かれているようだ。
『成績は優秀だったので、皆から頼られる存在』
『頼まれたら断れない性格なので騙されやすいか?』
『会社に対して不満はあるみたいでよく愚痴を吐露していた』
『標的にされる可能性は高いと思う』
「……」
思わず画面を見つめる。
書かれている内容は確実に藤堂で間違いない。
しかし、海藤は何の因果か藤堂のことを調べている。
その事から、海藤は自身のルートを使って何かを調べていたことは間違いない。
(……その何か、が重要だが――)
嫌な冷や汗が止まらない。
担当者が別のファイルを開く。
次は大阪、続いて福岡、そして、北海道。
どのテキストファイルも書かれている内容は似通っている。
"失踪者"について海藤は調べていたのだ。
しかし、肝心の"何か"が文字として残っていない。
(……標的にされる、という言葉から、調べることになった原因がどこかにあるはずだ)
それにしても、日本でこれだけの失踪者がいた事に驚きである。
しかも、中には新聞の切り抜き画像やネットニュース的なもの、掲示板の書き込みなんてものまで紛れ込んでいる。
(何が海藤にそこまでさせた?友人?後輩?それとも――)
担当者と田辺は一つ一つきちんと見聞するのは大変と見込んだのか、まずは東京のフォルダ内だけでも全部確認することにしたようだ。
『剣道部主将』
『サッカー部副主将』
『ボランティア活動経験あり』
『後輩指導経験あり』
『地域活動へ参加』
過去や年代も関係なく、ひたすらに失踪者のことを追っていたのが分かる。
「警察より警察みたいなことやってんな」
田辺が感心したように呟く。
それについては同意だった。
普通の高校生がここまで調べるだろうか。
いや、普通ではない。
ここまで来ると執念だ。
ここで担当者がマウスを操作し、隠しファイルの存在を表示させた。
すると、一つのフォルダが表示される。
そこには全国マップが格納されていた。
ファイルを開くと、マップ上に針が刺されている。
見て理解できたことは、これらは失踪と失踪者と思われる人の居住地に指しているのではないか。
もしくは、最後に目撃された場所。
ほとんどの針は青色で刺されているのに、一つだけ赤色の針が刺されている。
「……おい」
田辺が低いトーンの声で問いかけてくる。
「何もんなんだ、こいつ?異常者と言われてもしょうがないぞ、これ。本当に高校生か?」
「……聞くな。分かるわけないだろ」
むしろこっちが聞きたい。
海藤は一体何を追っていた。
担当者がこちらに振り返ったので、赤色の針をクリックしてもらう。
すると、別のフォルダにハイパーリンクされていたようであり、その階層に飛ばされる。
タイトルは『源田』――
フォルダの中身はほとんどが新聞の切り抜きで、格納されているファイル数も今までの人物と比べられないほど多い。
担当者が一つの画像ファイルを開く。
その画像、いや、写真を見て納得した。
二人の男性が背後にある室内競技場で開催されているものに参加し、記念に撮ったであろう写真
看板には、第83回全国中学剣道大会――
海藤が中学三年生の時に個人で全国二位となった記念すべき大会だ。
(――すると、横にいるのは『源田』?)
肩を組み、二人していい笑顔で写真に写っている。
担当者に目配せし、他の画像ファイルもチェックしてもらう。
そこには、合同練習でもしていたのか、道場で座っている二人の写真や別の大会の写真もあった。
(……誰なんだ。『源田』は)
一通り画像をチェックし終え、テキストファイルを開いてもらう。
『源田 颯介、18歳、永遠のライバル』
『中学から下校中、バイクに跳ねられた』
『高校は部活に入らず帰宅部』
『リハビリを頑張っていたが、完全復活までは程遠い』
「これは……」
担当者が開けたファイルには『源田』の辛い過去が書かれていた。
『源田』は海藤と同じく中学時代に全国クラスの選手だったようだ。
しかし、不幸にも事故にあってしまい、生活に支障はないものの、剣道ができない身体となってしまったようだ。
仲の良かった海藤は頻繁に『源田』と連絡を取っていたが、高校一年の春から様子がおかしくなっていく様子が書かれている。
『何かに取り憑かれたようにある人を探しているようだ』
これが海藤が追っていたもの。
『源田』を変えてしまったものを追っていた。
そして、海藤は知りすぎてしまったのかもしれない。
いや、自分から飛び込んでいったという方が正しい。
友のために、その原因を探るために。
(……ここまでだと天晴だな)
しかし『源田』への考察は終わらない。
やり取りをしていたメッセージから、よく立ち寄っていた場所を特定し、その場所を自身のネットワークを使い調べていた。
『源田』がいたのは奈良。
東京にいる海藤では縁もゆかりも無い場所で調べるのも一苦労だっただろう。
ただ、気になる点が一つ――
(……『源田』は失踪しているのか?)
担当者が次のテキストファイルを開いたため、画面を見つめる。
海藤の文章は続く。
『源田』は高校二年の春には不登校になったようだ。
部屋が静かになる。
誰も喋らない。
「……随分と。仲良かった友人がこうなっちまうとくるものがあるよな」
田辺が呟く。
だが笑えなかった。
そこからは『源田』とのやり取りも減り、不登校の理由は分からずじまいのようだ。
こうなると嫌な予感が過ぎる。
ファイルの最後。
海藤が『源田』に対して言いたかった言葉が書かれている。
『……もう一度、会って話したかった』
視線が止まる。
担当者も息を呑む。
田辺が頭を掻いた。
「……これは、そういうこと、だよな?」
「……分からん」
だが、その次にあるファイルを見て、更に驚くことになる。
『源田』が消えた――
何があったかは分からない。
しかし、海藤の元に奈良県警から接触があったことが書かれている。
聞かれた内容は、『源田の居所』『事情を知っているかどうか』、そして、『源田の携帯に残されていた最後のメッセージ』。
『海藤君、ありがとう』
『源田』は海藤に何を伝えようとしていたのか。
しかも、『源田』は消える前、全てのメッセージを消していたらしいのだ。
だからこそ、海藤は友人のために原因を探った。
そして、突き止めたのだろう。
担当者がファイルの一番下にある『X』という画像をクリックする。
(……やはり、か)
そこに映っていたのは、雨のような丸い物。
『――勇者の雫』
誰に言うでもなく呟く。
そして、その写真には編集でわざわざ書いたと思われる言葉が書いてあり、俺は思わず目を見開いた。
『Xは薬物ではない。が、人を狂わせるのものだ』




