第10話
森は、異様なほど静まり返っていた。
風がない。
葉の擦れる音もない。
本来なら耳に入るはずの、小さな気配すら感じられない。
「……妙だな」
低く呟く。
静かすぎる。
それは“安全”ではない。
むしろ――
(……いる)
皮膚の奥がざわつく。
理屈ではない。
経験が、警鐘を鳴らしている。
来る。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。
予想以上に敵との距離は近い。
考える時間は、ほとんどない。
そのとき――視界に、淡い光が浮かび上がる。
【ステータス】
【追加職業スロット:解放】
【基本職から1つ選択可能】
「今かよ……!」
あまりにも突拍子もないタイミング。
だが――
(選ばなきゃ、終わる)
並ぶ職業に視線を走らせる。
剣士、戦士、盾使い、槍使い、弓兵、罠使い。
魔法使い、治癒術師……
農民、商人、初級鑑定士……
事務員、研究者、初級鍛冶師……
茂みが、大きく揺れた。
(来る……!)
時間がない。
だが、思考は止めない。
(……あれに頼るなら……)
あの力。
未だ正体は分からない。
(……■■■)
だが確実に、“何かに干渉する力”。
なら――
(魔法と相性がいいはず……)
結論は、一瞬だった。
「……魔法使い」
【職業「魔法使い」を取得しました】
頭の奥に、情報が流れ込む。
熱。流れ。振動。質量。
四つの属性。
その扱い方が、“理解”として刻まれる。
「……来るぞ」
次の瞬間、茂みが弾けた。
飛び出してきたのは、狼型の魔物。
だが明らかに異様だ。
目が濁っていて焦点が合っていない。
それでいて――殺意だけが、異常に濃い。
「……っ!」
横に飛ぶ。
爪が空気を裂く。
わずかに遅れていれば、確実に当たっていた。
(速い……!)
体勢を立て直す。
呼吸を整える。
(落ち着け……)
頭の中に流れ込んだ知識を引き出す。
だが――
(詠唱が必要か……!……くそっ!)
魔物が再び踏み込む。
距離が一気に詰まる。
「――風よ、集え、塊となりて弾けよ……ウィンドボール!」
言葉を紡ぐ。
と同時に、空気が収束する。
周囲の風が引き寄せられ、圧縮される。
魔法名を言い終えた次の瞬間、相手に向けた手から解き放たれた。
突風が魔物に直撃し、体勢が崩れる。
「――今だ!」
狼の攻撃が当たらない安全圏まで距離を取る。
(……倒す威力まではないか。使えねぇ。でも、『あれ』ならどうだ?)
集中は切らさない。
魔物はすぐに立て直す。
再び突進。
「チッ……!」
間に合わない。
その瞬間、手を前に出す。
(■■■)
一瞬だけ、感覚が変わる。
何かが“削れる”。
魔物の動きが、わずかに鈍る。
「……っ、しくった!」
転がるように回避。
距離を取る。
(今のは……!)
だが考える余裕はない。
「――火よ、集え。焼き尽くす力となれ……ファイヤーボール!」
手の先に、熱が集まる。
空気が歪む。
圧縮された炎が、球体となる。
「行け!」
放たれる。
直撃。
爆ぜる。
炎が、魔物を包み込む。
一瞬の静寂。
そして――崩れ落ちた。
「……はぁ……」
大きく息を吐く。
肩の力が抜ける。
膝が、わずかに緩む。
(……倒した、か)
しばらく様子を見る。
蹴飛ばしても動かない。
完全に沈黙している。
「……助かったな」
そのとき。
【レベルアップしました】
「……来たか」
見慣れた表示。
【魔法使い Lv1 → Lv2】
体の奥で、変化を感じる。
魔力の流れが、わずかに滑らかになる。
(少しずつだが、確実に強くなるな)
なら――
(積むしかない)
意識を向ける。
【ステータス】
名前:???
職業①:村人 Lv50 / Lv50
職業②:魔法使い Lv2 / Lv50
HP:249 MP:202
STR:79 DEF:25 INT:62
MDEF:56 DEX:90 LUK:25
スキル: スキルポイント:100
・取得経験値倍加 Lv1
・取得スキルポイント倍加 Lv1
「……100、か」
スキルポイントを確認する。
一覧を開く。
その中で、一つだけ異質なものがあった。
「……レベル限界突破」
説明はない。
だが――
(……何かの上限を外すスキル、だな)
この世界にあるレベル概念は、確認している限り職業の50が上限。
(それを越えられるなら――)
成長に、天井がなくなる。
「……取得」
【スキル「レベル限界突破」を取得しました】
【職業のレベル制限が解除されました】
体の奥で、何かが“外れた”。
見えない枷が砕ける感覚。
「……なるほどな」
視線を上げる。
「……町を目指さなきゃ、だな」
森にいればまた魔物に遭遇して危険度が増す。
どの方向に進むのが一番早く森を抜けられるかだが、見渡すと東側が少し明るい。
森を東に進むと、やがて、踏み固められた道に出る。
さらに道に沿って進むと視界が開け、遠くに何かが見え始める。
石の塀。見張り台。煙の上がる建物。
「……でかいな」
中世のヨーロッパ風の地方都市規模といえる街だ。
道を進み門へ向かう。
行商人と思しき人々とすれ違う。
近づくにつれ街の入り口がはっきりと見えてくる。
入口に兵士が立っている。
槍を持った兵士だ。
入ろうとする者をきちんとチェックしているためか視線が鋭い。
順々に案内されているが、チェックにかかる時間は一人当たり数秒といったところ。
そうこう観察をしているうちに俺の番になる。
「止まれ、どこから来た」
「……森、だな」
兵士の表情が変わる。
「……生きて戻ったのか?」
「……運が良かっただけだ」
「この街の住人じゃなさそうだな。入るには通行税が必要だ。銅貨三枚、払ってもらおう」
(持ってないな)
「後払いで頼めるか」
兵士の目が細くなる。
「逃げる気はない。入ってすぐ稼ぐ」
しばしの沈黙。
やがて――
「……いいだろう。だが、3日以内に詰め所に顔を出せ。そこで払ってもらう。これが仮の通行証だ。街を出るときにも必要だからなくすなよ」
「了解した」
門番が手渡してきた書類に名前を書き、門をくぐる。
人がいる。生活している。声がある。
街に辿り着けたことが何よりも嬉しい。
だが――空気が重い。
「……またやられたらしい」
「西の森だ」
「完全に押されてる」
武装した人の会話が聞こえるたびに、足が止まる。
(……戦争状態か)
ただの危険じゃない。
戦線がある。
聞こえてくる限りでは、押されている。
「……なるほどな」
現実とは違う形だが――
(……どの世界でも争い事は発生する、か)
戦争状態ということは、いつ・どういったことに巻き込まれるか分からない。
この世界の異常・歪みは見当つかないが、その余波が戦争なのは間違いないだろう。
「……まずは金だな。あと、靴はどうにかしねぇと……」
通行税。装備。情報。
全部に必要になる。
「……やることは決まった」
視線を巡らせる。
考えながら、歩き出した。
2026.04.12 文章を修正しました
2026.04.26 文章を修正しました
お読みいただき誠にありがとうございます。
ついに10話公開となりました。
これから物語はどんどん加速していきます。
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何卒よろしくお願い致します。 spichat




