王都に戻るかこのまま行くか?
「泣いてる場合じゃないと思うんですけど」
ルーグからフェジュについての話を聞き、バマリーン様のお屋敷についてあらかたルーグに教えたあと、私とミリア、フェジュは、エグオンスのアジトから少し離れた林の中で野宿を始めていた。フェジュは今、焚き火を頼りに眠っている。その向かい側に座り、私はミリアに、ルーグから聞いた話をそのまま伝えていたところだ。
またしてもついつい目を潤ませた私にミリアが言い放った言葉がこれだった。
「うむ。そうだな。そうなのだが……もっと温かい言いかたは知らないのか、ミリア?」
「だってルーグからヤーデ姫の所在、聞き出せたんですよね。なら一刻も早くそこへ向かってヤーデ姫を連れ戻すべきです」
そうなのだ。私はルーグからはヤーデ姫の所在も聞き出していたのだった。ルーグが言うには、ヤーデ姫はアグマ領の奥地――少なくともここから徒歩で三日はかかる――にいらっしゃるそうだ。フェジュの父、メンテリオと。
私が泣き止むのを確認したミリアはこう続ける。
「リベルロ王国はそのために戦ってるんだってこと忘れたんですか?」
「そうなのだが……ヤーデ姫を連れ戻しては、私たちがここにいたことやエグオンスと接触をはかったことがアダマーサに知られてしまう」
「そんなの今さらですよ」
「今さらだが聞いてくれ」
私は言葉を続ける。
「ましてやアダマーサはヤーデ姫が帰ってきたところで、ローリー帝国やメンテリオを許すだろうか?」
「どういうことです?」
「ローリー帝国やメンテリオがヤーデ姫に乱暴をしたなどと曲解されるかもしれん。ヤーデ姫の真意がどうあれな。『ヤーデ姫が帰ってきました、だから戦争はこれでおしまいです』とはいかぬだろう、そう易々と。十年続けてきた戦争の重みは……重いぞ」
「殿下、いつになく慎重ですね、見直しました。語彙は貧相ですけど」
「おまえは時たま私が上司であることを都合よく忘れるよな。まあいいが。話を戻そう。私はこの足でヤーデ姫にお会いするか、それともいったん王都に戻るかを悩んでいる。私が死んだことになったこともアダマーサに伝えたいし……」
「あたしはこの足でヤーデ姫に会いにいくことをお勧めします」
「それはさっき言った理由か?」
「それもありますけど。正直、アダマーサ陛下を信用できなくなりました、あたし」
ミリアは炎のゆらめきをじっと見ている。
「だってバマリーン様のお屋敷を襲ったのもエグオンスではありませんでしたし」
そうなのだ。ルーグにくだんの話をすると、ルーグは非常に驚いた表情で「それはマズい」と言った。
何がマズいのか。これはルーグの口ぶりから私が推測したことだが、バマリーン様とローリー帝国の上層部はつながっていた。直接の対面はなかったようだが、双方は書面で連絡しあっていたようだ。その書面を輸送していたのがエグオンスというわけだ。
つまりバマリーン様はローリー帝国のスパイだった。それがしかたなくやった行為なのか、自ら志願してやっていらっしゃった行為なのかは知らない。だがバマリーン様がローリー帝国に情報を流していたのが事実なら、彼女はリベルロ王国にとって害なす人物ということになる。
「なぜバマリーン様のご遺体だけが存在しないのかはわかりませんけど、密偵行為がアダマーサ陛下にバレて、陛下はそれを始末したということも大いに考えられます」
「そう考えるとしたら、どうしてそのことが私の耳に入ってこなかったのだ?」
「それは、殿下に知られたらまずいと思ったんじゃないですか、アダマーサ陛下が」
「なぜまずいのだ?」
「それは知りません。アダマーサ陛下が考えることはあたしにはわからない。殿下だっておわかりになってないでしょ」
「ミリア、さっきから私の心をえぐって楽しいか? アダマーサを疑うことがどれほど心苦しいか」
「殿下がアダマーサ陛下に疑念を抱き始めてるのならスゴク楽しいです、その調子です殿下」
何を言っているのだこいつは? さっきからズキズキ痛む私の心も知らずに。
「それに、バマリーン様ともっとも近しいのはヤーデ姫です。姫なら、もしかしたらバマリーン様の近状も知ってるかもしれないです」
「むう。そう言われると、そんな気がしてきたぞ」
「会いに行って損はないです。幸い殿下も死んだことになりました。ここアグマ領でも動きやすいはずです」
「しかしフェジュはどうする? もし両親に会いたくないとこの子が言うなら、私は強制はできんぞ」
「明日、提案してみましょう。強制したくないのなら……強制しなくていいと思います」
「なら、フェジュがイヤだと言えば王国に戻る。いいと言えばヤーデ姫に会いに行く。それでいいな、ミリア」
「はい」
こうして私たちは翌朝を待つことにしたのだが——
「誰だッ!」
不寝番をしていたところ、夜明け丁度、私たちを襲う何者かが現れた。
剣を持っていてよかった。相手の剣を受け止めることができた。
「……」
しかし困った。薄暗いことや、相手がみっちり布で顔を覆っていることもあり、相手が男か女か、何歳かすらわからない。もしやエグオンスかとも思ったが、彼らが所持している武器と目の前の剣は明らかに形状が違う。だが、この感じ、身におぼえがある。
「なるほど帝国兵か」
そうだ。戦場で幾度となく相手にしてきた武器の感触、身のこなし。こいつはローリー帝国の軍人だ。
そして、こいつ。
「いま、この子を狙っていたな?」
帝国兵は、このむさくるしいオヤジでもなく、(一見)か弱そうなミリアでもなく、明らかにフェジュを狙って刃を向けていた。




