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フェジュが売られた経緯

 当然と言えば当然か。ローリー帝国からしてみれば、リベルロ王家は当時のローリー皇帝に逆らい独立戦争を起こした一族。また、リベルロ王家特有の魔法で幾人ものローリー兵が命を落としたという。かの尊きアダマーサ一世陛下も、ここでは悪魔と呼ばれてもしかたない、か。不服だが、ここで折れるべきは私のほうだな。


「すまない、取り乱した」

「あ? やけに素直じゃねえか、ヴィクトロ」

「いや。あなたの言い分が正しいと思っただけだ、ルーグ」


 私は姿勢を整えた。


「しかし、フェジュのことは大目に見てはもらえないだろうか? フェジュはまだ子ども。未熟な者を敵地に送ったあなたにも非があると思うが」

「そうだな。魔法の実力を過信したアタシにも責任があるな」

「おや、素直だな」

「からかうんじゃねえよ、ヴィクトロ。テメェはアタシの意見を認めた。なら、アタシも同じことをしねえとフェアじゃねーだろう」


 シカリースにも感じたことだが、このルーグ、話せばわかる人なのか? よくわからない。


「あの」

「なんだい、嬢ちゃん。恭しく挙手なんかして」

「先ほどルーグ、あなたはフェジュと殿下を『この世から葬り去る』と言いました」

「ああ、言ったぜ。それが何か?」

「ならばこのふたりがいなくなればいいんですよね」

「まどろっこしいな。何が言いたい、ミリア」


 私が促すと、ミリアは腰に手をあてて言葉を続けた。


「つまりふたりが『死んだことになればいい』ってことです。違いますか?」

「はっはーん、裏工作したいってことかい、ミリア嬢ちゃん。考えたなあ」


 ルーグはおもしろそうに笑った。


「ま、考えたのはそこまでなんですけどね」

「なんだ、その方法を思いついたんじゃないのか、ミリア」

「そこは殿下も一緒に考えてください、ご自分の命なんですから」


 ミリアの言うとおりだ。うーむ。


「何かいい方法ないのかよ、ヴィクトロ。おれ死ぬのはイヤだ!」

「安心しろフェジュ、私だってイヤだ」

「ガキがふたりに増えたみてーだな……」


 シカリースが何が呟いていたが聞かなかったことにしよう。私はあらためてルーグに向き合った。


「よし、こうしよう。私のシュバルを差し上げる」

「シュバル?」


 ルーグが数回まばたきをした。


「ちょっと待て。ただのシュバルでテメェらふたりの命を勘弁しろって言うのか、ヴィクトロ?」

「ふふん、私のシュバルはただのシュバルじゃあないぞ!」


 それから私はしばし、私のシュバルの魅力をぞんぶんに語った。まず毛並み、たてがみの美しさ。それはまさに獅子のようであると。次にたくましさ。それはまさに走る岩壁のようであると。最後に、なんといっても脚力。それはまさにほかに喩えようがないほどの俊足、瞬足、瞬速であるとッ。


「すなわちリベルロ王国いち、いや世界一のシュバルと言っても過言ではない!」

「わかったわかった、もうわかった!」

「あと数年は現役」

「わーかったッつってんだろ!」


 ――そうして私のシュバルは私やフェジュの命と引き換えにルーグへと差し出すことになった。

 『ヴィクトロ・アール・リベルロのシュバルだ』と言えば、クライアントは私が命を落としたと納得してくれるだろうから……とルーグは言っていたが、おそらくこれはルーグの厚意によるものか大きかったと思う。なぜならクライアントを騙すことになってまでフェジュと私の命を勘弁してくれたのだ。


「かたじけない。恩に着る、ルーグ」


 私は深深と頭を下げた。


「敵国の傭兵団に頭下げる王族がいるか。もういいよ。そのかわり、テメェが死んだことになった影響で引き起こる面倒事の責任は、アタシらは一切負わねーからな」

「ああ。気づけば敵にも味方にも嘘をついてまわっている。まったく不甲斐ない男だな、私は」

「あー、そういう湿っぽいのはよしとくれ、嫌いなんだ。ついでにバマリーンのことやフェジュの親についても答えるのはやめとくよ」

「それでは困る!」

「だってテメェ、情報料として払える金銭も持ってねーんだろ? ツケ払いは受け付けてねえよ」


 ルーグは片手をひらひら泳がせた。


「でもルーグ、バマリーン様のことは知ってるようですね」


 ミリアが口を挟んだ。


「あちゃあ、バレたか」

「リーダー、そういうウッカリはやめてくれよ、ホント」


 ルーグのそばでシカリースが肩をすくめている。


「あーあー、そうだよ、知ってるよ」


 観念したらしく、ルーグはこれまた素直に認めた。


「けどこれだけは言っとく。バマリーンの屋敷の惨事だかナンだかについてはアタシゃこれっぽっちも知らねえぜ。つーかアタシらもバマリーンと連絡がとれなくて困ってんだ」

「バマリーン様はエグオンスと連絡を? 頻繁にか?」

「アタシらとっていうか、アタシらは仲介役ってとこかな。それ以上は言わねえ、ほんとに言わねえ」


 やはりエグオンスは文書を運んでいただけのようだ。


「ではエグオンスがバマリーン様のお屋敷を襲ったわけではないのだな?」

「……は!? 襲った? バマリーンは襲われたのか!?」


 ルーグが前かがみになり食いついてきた。


「おっと。これから先を知りたいなら、フェジュの両親についての情報と交換だ。どうだろう、ルーグ?」

「うわっ、ズルいぞテメェ!」

「ズルくない。取引だ」


 するとルーグはしばしのあいだ思案した。そしてこう言う。


「わーった。わかったよ。フェジュの母親の何が知りたい。それとも父親のほうか?」

「どっちもだ。それから……ミリア、フェジュと少し席を外してくれないか」

「ハイ。おい、外で遊ぶぞです、フェジュ」


 フェジュは何か言いたげにしていたが、おとなしくミリアに連れられて退室していった。どうにもフェジュは自分の口で語りたがっていないようだから、色々とスムーズに話を聞くにはこうするのが一番だと私は考えたのだった。


「さて、あらためてルーグに訊きたい。フェジュはなぜヤーデ姫から売られたのだ? ヤーデ姫は今どこにいらっしゃる?」


 私が尋ねると、ルーグはふたたび頬杖をついた。


「フェジュを売りつけてきたのはフェジュの父親。変人学者のメンテリオって男だ」

「メンテリオ? 聞かない名だな」

「そりゃそうだ、貧乏学者な上になんの実績もない落ちぶれ学者だからな」

「なぜヤーデ姫はそんな男と……」


 おいたわしや、ヤーデ姫。姫がさらわれたときの状況は知らぬが、きっとローリー帝国にさらわれ、無理やり子を身ごもらされたに違いない。おのれメンテリオ、許さぬ!


「ヤーデ姫がゾッコンだったって話はローリー帝国の一部じゃ有名だぜ」

「なんだと!?」


 私はガクッと姿勢を崩した。


「なんでも、さらわれてきた姫を介抱したのがメンテリオなんだと。資財を投げ売って、ローリー帝国からヤーデ姫を『買った』らしい。ヤーデ姫も情が移ったんじゃねーの?」

「か、買う……リベルロ王国の姫君であらせられるぞ! それに、人を買うなどと……」

「リベルロ王国じゃどうなのかは知らねえが、ローリー帝国じゃ人の売り買いは普通だぜ。ウチの傭兵もかつてはみんな売られてきたガキどもだ。ヤーデ姫が奴隷にならなかっただけマシと思えよ」

「ど、奴隷……」


 ダメだ、言葉にならない。そこへ追い討ちをかけるようにルーグは言う。


「ヴィクトロ、テメェだって、さっき自分のシュバルで自分とフェジュの命を『買った』じゃねぇか。メンテリオがやったことは、それとおんなじこった」


 何も言い返せない。


「フェジュは……あの子はメンテリオの研究費のために売られたとか、そんなところか、ルーグ?」

「おっ、察しがいいな、ヴィクトロ。本人が言うにはそうらしい。たしか、何かの石の研究のためだとか言ってたな」

「そんなことのためにフェジュを……」


 フェジュがいくらで売られたのだとか、石がなんなのかだとか、そういったことはこの際どうでもよかった。ただフェジュの気持ちを思い、人を売り買いするということと、メンテリオとかいう学者と、いたわしいはずのヤーデ姫へと芽吹いた確かな怒りを感じると――


「だーっ、泣くことねぇだろ、何もよォっ! マジでやめろよ、そういうの! いい歳した大の大人が……」


 向かい側でルーグの声が聴こえる。ただし私は力なくうつむき、しばし一筋の涙を流すことしかできなかった。

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