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ひとつだけ約束

 私の言ったことが図星だったのか、そうかと思えば帝国兵はくるりと身を翻して立ち去っていった。

 逃げられた。だが、これでよかったのかもしれない。いくら死んだことになったからといって、私がローリー帝国に入り、むやみに帝国兵を殺害したと周囲に知られては面倒だ。フェジュやミリアはすやすやと眠っている。起こしはしなかったらしい。よかった。


「それにしても……」


 フェジュが帝国兵に狙われている? 理由はなんだ? ヤーデ姫の子息だからか? とすれば……ヤーデ姫もまだ危ういお立場……ということか?





「えっ、おれの両親に会いに行く?」


 数刻後、目を覚ましたフェジュに、私は昨晩ミリアと話し合った結論を伝えた。案の定、フェジュは良い顔をしていない。親に会いたくないのだろう。自分を売り飛ばした親の顔だ、見たくもないはずだ。


「なんで?」

「キミの母君は王国にとって重要な女性なのだ。会いに行って、王国に戻るよう進言したい」

「シンゲン……」

「戻ったほうがよいと勧めるということだ」

「母ちゃん、王国に行くのか?」

「まだわからない。会わないことにはな」


 ミリアは黙って会話を聞いている。その顔はいつになく神妙だ。ミリアにはつい先ほど、早朝のことを伝えていた。伝えたところで何が解決するわけでもなかったが。


「そっか……」

「キミが会いたくないのなら、このまま王都に戻ろうと考えている」

「……戻れるのかよ?」


 すフェジュは険しい表情を浮かべた。


「また女王に殺されるよ。オマエにだって、たぶん良いことは起きないだろ」

「キミが心配することではない。そこは私がなんとかする」

「なんとかできることじゃなかっただろ」


 たしかに王都に戻ってもこのままヤーデ姫に会いに行っても、ろくなことにはならない。それはフェジュにも理解できているようだ。


「でも……いいよ。会いに行っても」

「フェジュ。いいんですか? イヤならイヤだと言ってもいいんですよ。オマエが我慢することはないです」


 ミリアがフェジュに声をかけた。フェジュは首を振る。


「イヤだけど、いい。がんばる。けど、ひとつだけ約束しろ、ヴィクトロ」

「なんだい?」

「母ちゃんたちに会っても、おれはオマエと一緒にいる。離れない。会ったあとも。あいつらのところにはおれを返さないって約束しろっ!」

「わかった。もちろんだ」


 会うことは認めつつも、両親のもとにかえることは拒んでいるのか。何がこの子にそこまで考えさせているのかはわからないが、それもヤーデ姫に会えばわかるだろう。私たちはルーグに教えてもらった、ヤーデ姫とメンテリオの居場所を目指し出発した。





 その後。

 数日かけてアグマ領の奥地、ヤーデ姫がいらっしゃる家の前にたどりつくまで、帝国兵が襲ってくることは一切なかった。あの襲撃はなんだったのか、今もわからない。ただ、この数日間、私たちの近辺から視線のようなものを感じてはいる。きっと帝国兵だ。もしかするとバマリーン様のお屋敷を襲ったのも――いや、それはないか。体のいいスパイを自ら殺すことなど、ローリー帝国はしないだろう。するとますます怪しくなってきたのは――


「……殿下、お顔がとんでもなくシワくちゃになってます。ハンニャみたい。この一瞬のうちにまた老けたんじゃないですか?」

「違う。ミリア、違う。たしかに最近シワは気になっているが、これはただの頭痛のせいだ、すまん」

「気になっているのはシワだけですか……」

「……え? 『だけ』ってなんだ? もしかして、シワのほかにも何か老化の兆候が出ているのか!」

「いえ、気づいていないのなら……はあ、そうですか……」

「わざとらしく哀れみの目を向けるくらいならいっそハッキリ言え。そういうのが一番こたえるんだ。お願いだから言ってくれ」

「ま、それはさておき、とうとうヤーデ姫がいらっしゃる隠れ家に着きましたね」

「話を逸らすな! いや、着いたが……あとでちゃんと教えろよ、ミリア、いいな。フェジュ、疲れてはいないか? おなかは空いていないか?」

「コドモ扱いすんなっ。空いてねーし、疲れてもねーよ!」

「すぐキレるのは子どもと更年期の特徴です。ねっ、殿下」

「『ねっ』てなんだ、『ねっ』て。何もないのならなによりだ、フェジュ」


 フェジュに聞くと、両親と顔を合わせることも「がんばってみる」そうだ。えらい。私が思わず頭を撫でると、フェジュは照れくさそうに私の手首を掴むのだった。

 よし。


「たのもうッ!」


 私は隠れ家らしき家の、くたびれた雰囲気の扉を叩いた。


「殿下、掛け声がなんか微妙に違います。……ごめんくださーい、誰かいらっしゃいますかー?」

「――どなた?」


 ミリアの声に応答した女性の声。その声を聴いたフェジュは、ぎゅっと私のマントを握った。扉が内側から開けられた。

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