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帰るべき場所へ  作者: BB
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第二章・祖国流転

 浮遊感の喪失、落下しているのか、水面が近づく。振り向く、父の微笑。

「父上」

 叫ぶようにリオンは飛び起きた。激痛。ベッドから落ちていた。

「ここは……」

 激痛に顔を歪ませながら辺りを見回した。そこは見覚えのない、粗末な小屋だった。

「……っつ」

 立ち上がろうと四肢に力を入れるが、上手く立ち上がれない。痛みが酷かった。衰弱もしていた。

 踏ん張りの利かない足に強引に力を入れて、這いずる様にベッドに倒れる。体を見ると一応の手当てがしてあった。

「…助かったのか……父上っ」

 生命の安堵と共に、父の事を思い出す。叫ぶと脇腹に鋭い痛みが走り、リオンはうずくまった。

 リオンは痛みが治まると同時に物音に気付く。気配が近づいて来る。咄嗟に武器を探す。近くには何も無かった。顔が強張る。扉が開いた。入って来たのは少女だった。

「おお、起きたのかい、兵隊さん」

 声は明るかった。元気という言葉がよく似合う笑顔に、リオンは警戒を解いた。

「君に助けられたのか、感謝する」

「礼なんていらないよ、先に身に着けているもんで、金目になりそうなもんはいただいたし、治療費代わりに」

 さらりと盗っ人発言をされるが、リオンは素直に頷いた。当然の請求だと思ったし、あの状態で見に付けている物は多寡が知れていた。

「ああ、でも、兵隊さんの胸にかかっている物は止めといたよ、大事そうに握っていたからね」

 言われて、リオンは胸の首飾りとして加工された真紅の石を見た。それはルディン石の結晶、別命、戦士の涙と呼ばれるものだった。よく考えれば、これだけは非常に高価な物だった。

「成人の儀の時に、父から頂いたものだ……そうだ、ルーンブルク軍はどうなったんだっ痛っつ」

 再び飛び起きそうになって、痛みにリオンはうずくまる。少女に支えられて、再びベッドに戻った。

「無茶しちゃ駄目だよ。肋骨が折れてるし、全身打ち身だらけなんだから、おまけに長い時間、水に浸かってて衰弱してるんだぞ」

「…あれから何日経っているんだ。此処に来て何日に?」

「ボクがキミを見つけてからだったら五日だよ。軍は敗走してルーンの都に残兵が集まっているって聞いたけど」

 ルーンはルーンブルクの中心だった。そこを制圧されれば、ルーンブルクは落ちたという事と同義だった。そして、母と姉もルーンにいた。

「ちち…いや、ダイン様は」

「…亡くなったって話だよ」

 沈黙が降りた。「死ぬ事は許さん」ダインの言葉が、リオンには遠くに聞こえた気がした。


 ルーンはざわめきに包まれていた。敗残兵の収容は丸二日続き、数は一万を超えた。

 それでも、四万の中の一万である。帝国軍にかなりの数が捕虜になっているだろうし、おそらくそれ以上に戦死者がいた。

 生き延びた一万の者達は、家族や恋人との再会に一時の安らぎを噛締めていた。しかし、彼らの多くは再び戦わなければならないと、悲壮な決意を固めていた。帝国軍はルーンの包囲を進めているのだ。

 ノックにラルファは静かな声で、どうぞと応じた。

「ラルファ様、兵の配置が完了しました」

「配給は済んでいますね」

「はっ、都の者総出で、我が軍は士気旺盛です」

 守備隊の指揮を任されている、ゲラインが落ち着いた声で答えた。その昔、ダインの片腕として戦地を駆け抜けた老将で、後方はゲラインと我妻ラルファがいれば何一つ心配がない、とダインに賞賛される存在であった。

「して、どうなさいます?」

 ゲラインが立派な白髪髭をしごいて言う。ラルファは遠くを見つめていた。

「あの人が望む事をする。それだけですよ…」

「御意」

 返答と共に、ゲラインは退室した。遠くをラルファは見つめていた、夫が死んだであろう風景を……。


 獣の毛皮が敷き詰められた豪奢な天幕にフリードリッヒは身を休めていた。

 どう攻めるか、考えることはそれだけであった。力攻めで攻めれば、ほぼ間違いなく勝てる。しかし、堅牢な都である、こちらも被害を受ける事は間違いなく、後の事を考えると、それは好ましくなかった。

 ルーンブルクはラスタニアを征服する為の最大の拠点になる場所だった。そして前線基地になるであろうルーンは、出来うる事なら、直ぐに使えるよう無傷で手に入れたかった。

 現在のラスタニアは、王の叔父が裏切る程に荒れていた。今が、征服の最大の好機、前線基地になる場所は荒らしたくはなかった。

 考えに耽っていると、天幕の外から声が聞こえた。

「王、失礼いたします。ルーンより使者が参りました」

「使者?誰が来た」

「ラルファ・バルトロウと名乗っております」

 外に出る。ジルベルトが頭をたれていた。フリードリッヒにとって、右腕とも言える騎士である。

「バルトロウ?間違いないか」

「カリエス殿に確認させました。間違いなく、ダイン将軍の奥方でございます」

「…面白い、会おうではないか」

 聞きしに勝る賢母かそれとも、フリードリッヒは護衛を引きつれ、使者の待つ天幕へと向かった。

「皇帝直々の会見、感謝いたします」

 ラルファは静かな瞳をした女性であった。瞳の奥に深い知性の色が伺える。なにより驚いた事に、護衛がいないようだった。天幕の外にも護衛らしき者はおらず、侍女らしい者が二人いただけだった。フリードリッヒは、十人以上の護衛に囲まれて入って来た自分が滑稽に思えた。

「用件を聞こうか?」

「降伏を願いに来ました」

 これから腹の探りあいが始まると思っていたフリードリッヒは怪訝な目をラルファに向けた。

「…ほう、それはまた。随分と早い降伏ではないか、我らはこれから攻囲しようとしたところだというに」

「抵抗し、粘ろうと思えば、一年は耐えて見せましょう。しかし、民は困窮し、兵はことごとく死に、苦しんだ分、帝国軍の無体は酷いものになる、違いましょうか?」

「…確かに、苦しめば苦しむ程に、兵が獣になるのを抑えるのは難しい。なれど、領主であり貴方の夫と息子を殺した我らを受け入れる事が出来ると?」

 沈黙はなかった。ラルファはよどみなく応えた。

「戦での死に、恨みを持ち出すのは筋が違いましょう、ただ、裏切り者は別です」

「…なるほど」

「どんな形であれ、我らは降伏いたします。ただ、我らの忠を欲すると言われるのなら、相応のモノを頂きたく存じます。そして、それは今の皇帝陛下にとって要らぬモノと思っております」

 静かな瞳の奥は知性だけではなかった、激しく燃える炎をフリードリッヒは見た気がした。

 ラルファはカリエスの首をよこせと言っているのだ。

 そして、ラルファの言うとおりに、カリエスはもう用済みであった。いや、むしろ傀儡の王を立てるつもりのフリードリッヒにとっては、邪魔以外の何者でもなかった。

「…いずれ、必ず貴方の忠を頂く事を誓おう」

 それは言葉としては些か可笑しかったがラルファは静かに頭をたれた。

「ありがたきお言葉、感謝いたします。あと、ダインのお首をお持ちでしたら返して頂けないでしょうか」

 フリードリッヒは頷き、従者にダインの首の入った首桶を持ってこさせた。

 ラルファは臆することもなく首桶を開き、塩漬けにされたダインの首を希少な宝石を扱うように持ち上げた。ほんの一瞬、ラルファの手が震えた。

 このとき初めて、フリードリッヒはラルファのダインに対する愛情の深さを垣間見た気がした。ラルファはダインを静かに胸に抱き寄せ、赤子にするように、髪を櫛づけた。表情は慈愛溢れる母親のようで、淡い恋心を持つ少女のようにも見える複雑な、とても複雑なものであった。

「この人の最後はどうでしたか?」

 ラルファが言う。顔を上げた表情は、元の知性を宿した静かな女性であった。

「……鬼神。一言で言うなら、この言葉しかない。いや、この言葉しか当てはまらない」

 フリードリッヒがたどり着いたのは、リオンが河口に落ちてからしばらく経ってから、針鼠のようになったダインの周りは、無数の屍が血の河を生み出していた。ダインが一歩踏み出し、大剣を振るうたび、兵が屍となった。ダインの傷は、死んでしかるべきもので、どのみち時間がたてば死ぬ事は間違いなかった。兵を引き上げさせ、死んだ後首をとればいい、フリードリッヒがそう考えた時だった。

 ダインの視線とフリードリッヒの視線が重なり合った。数千の兵に守られたフリードリッヒの体から、血の気が引き、体中が粟立った。

 来る。そう思った次の瞬間、飛ぶように、ダインが駆け始めた。油断していた将校の首を刎ね、馬に飛び乗り、一直線にフリードリッヒの元へ。突き出される槍をかわし、逆にその内の一本を奪い、右手に大剣、左手に槍、手綱は口に咥えた。駆け抜ける。それは刃の嵐だった。

 来る。事実、数千に守られているとはいえど、フリードリッヒは近づき過ぎていた。

「…ゴルム、止めよ。アレを止めるのだ」

「御意」

 ゴルムと呼ばれた巨漢は既に前に出ていた。戦斧を構える、獅子をも素手で殺したフリードリッヒの親衛隊長である。

 ゴルムの巨馬が棹立ちになり嘶いた。道が開く、両雄がぶつかりあった。交錯。耳を塞ぎたくなる斬撃音が響く。誰もが唖然とした。口で手綱を咥えるという、不安定な体勢でありながら、岩をも砕くゴルムの戦斧を右手の大剣で受け止め、左手の槍で、ゴルムの喉をダインは貫いていた。

 血を吐き出しながらゴルムはそれでも戦斧を振り上げた。ダインは槍を手放し、両手で大剣を振るった。その一撃は渾身の勢いで振り下ろされた戦斧を砕き、巨馬もろとも、ゴルムをも切り裂いた。

 馬が進み出る。誰も遮らなかった、否、遮れなかった。

 目を瞑った。死ぬ。フリードリッヒは本気でそう思った。しかし、刃は来なかった。

 目を開く。馬が立ち止まっていた。大剣が落ちる。ダインは、手綱を咥えたまま息絶えていた。

 死んでいる。そう判っていても、兵がダインに近づいたのはかなり時間が経ってからだった。


 「稀代のもののふだった。それは間違いない」

 フリードリッヒは軽く腕を摩った。思い出しただけで腕が粟立っていた。

 話を聞き、ラルファは、静かに微笑した。立ち上がる。

「……それでは、門を開けて、お持ち申し上げます」

 ラルファが立ち去り、しばらくしてから、ルーンの城門が開放された報告が斥候よりもたらされ、皇帝軍はルーンへと進軍を開始した。

 ルーン城の城頭には、ラルファがダインの首を神の身元へ送る様に天高く掲げた。それを見た兵士は武器を捨て、民は跪き、皇帝軍を受け入れた。

 これが、後に皇帝フリードリッヒの偉業の一つと云わる、ルーン一夜陥落の全てであった。



どうも、BBと申します。未熟な文ですが、読んで下さった方々には感謝の極みです。

よろしかったら、感想などを頂けるとモチベーションがあがるので、ちょっとした指摘でもいいので、評価して頂けると嬉しいです。(笑)


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